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【プロの眼】ミャンマーとインド 、有望市場の境界とは

ゲームビジネスのプロ 佐藤翔(1)

今回より執筆させていただく、ルーディムス代表取締役の佐藤翔と申します。本連載では、私がこれまで五大陸のコンテンツ市場を訪問し蓄積してきた知見を基に、アジアのコンテンツ市場にまつわるユーザーやインフラ、流通に関わる諸事情をお話ししていきます。コンテンツ産業は経済全体の一部分にすぎませんが、最先端の技術、最新の文化、そして何より最近の流行に関わるため、各国の消費者についてさまざまな事情や本音が見える興味深いビジネスです。連載を通じて皆さまがアジア市場を理解するための補助線となり、コンテンツビジネスに少しでも関心を持っていただければ幸いです。

インド東部、コルカタ市の電気街で見つけた昔ながらの海賊版ゲームソフト(筆者提供、以下全て同)

インド東部、コルカタ市の電気街で見つけた昔ながらの海賊版ゲームソフト(筆者提供、以下全て同)

私は10年ほど前に中東ヨルダンのゲーム業界団体で地元企業の欧米進出支援のサポートを行って以来、アジアやアフリカ、ラテンアメリカ、東ヨーロッパなど新興国のゲーム産業を中心に調査してきました。昨年9月に会社を立ち上げ、各種調査やマッチングなどを行うことで日本のコンテンツ企業などが海外に進出するお手伝いなどをしております。

アジアは東・西・南・北・中央と一通りの地域に自分の足で行き、さまざまな調査やインタビューを積み重ねました。現地のユーザーがゲームを始めとするコンテンツをどのように楽しんでいるのか、市場進出を考えるとすればどの地域が望ましいのかなどを日本のゲーム会社などにお伝えし、アドバイスしてまいりました。

さて、一口にアジアと言っても、ユーザーのコンテンツに対する嗜好(しこう)は地域によって大きな違いがあります。

アニメや漫画、ゲームといった日本発のコンテンツがタイやインドネシアなどの東南アジア各国で親しまれていることは良く知られています。最近はVチューバー(※)グループの「にじさんじ」がインドネシアで人気となり、さまざまな二次創作がユーチューブにアップロードされています。

(※バーチャル・ユーチューバーの略。コンピューターグラフィックスで描いた仮想のキャラクターによるものという体裁で動画投稿や配信を行う人)

一方、同じアジアでも、インドでは日本コンテンツの人気はいま一つです。インドの大多数の人々にはボリウッド・ムービー(インド映画)が重要なコンテンツで、国外のコンテンツを見ている人は少数派だからです。

アメリカに留学し、欧米文化に親しんだ若者はハリウッド映画のようなグローバルコンテンツを好みます。そうしたグローバルコンテンツを好む人の中でも、さらに少数が日本のコンテンツに親しみ、日本アニメなどを見ているという形になっています。

バングラデシュの首都、ダッカのゲームセンターの壁に書かれた絵。米国のアニメコンテンツと共に日本のドラえもんや、セガのゲームキャラクターであるソニック・ザ・ヘッジホッグが描かれている。

バングラデシュの首都、ダッカのゲームセンターの壁に書かれた絵。米国のアニメコンテンツと共に日本のドラえもんや、セガのゲームキャラクターであるソニック・ザ・ヘッジホッグが描かれている。

アニメのイベントなどが開催される場合も、グローバルコンテンツを扱うコミコン(※)の一部分として開催されることが多かったりします。つまり、インドにおける日本コンテンツのファンは少数派の中の少数派なのです。

(※コミック・ブック・コンベンションの略。漫画を中心としたアニメ、ゲーム、映画などの文化イベント)

これまで、インドでは『ドラえもん』が放映されたり、『巨人の星』のクリケット版が作られたりと日本アニメを定着させる試みがいくつかなされてきましたが、インドのアニメファンに聞く限り大きな成功にはつながっていません。

また、私たちはイスラム圏であるパキスタンやバングラデシュなども調査してきましたが、この地域もやはりボリウッドがメジャーなコンテンツであり、日本コンテンツの人気はいま一つです。

パキスタンのさらに西方、イランやアラブ圏に行くと再び日本のゲーム・アニメ・漫画が親しまれている地域となるのですが、ともかく南アジアは日本コンテンツがうまく入り込めない地域となっているのは間違いありません。

■入手は民家でダウンロード、ミャンマーに根付く裏流通

東南アジアでは日本コンテンツの人気がある一方、南アジアではいま一つ。この違いの境目はどこにあるのでしょうか?

それを知るため、私は2年ほど前、東南アジアの西端にあるミャンマーを調べに行きました。東南アジアに属する国でありながら、植民地時代は英領インドの一地域として扱われていたこともあり、さまざまな文化にインドの影響が色濃く残っている国です。コンテンツの嗜好(しこう)性についてはどうなっているのでしょうか?

結論から申し上げますと、ミャンマーでは日本のコンテンツは大変人気があります。ただ、彼らはお金がなく、インフラも整っていないため、正規の方法でコンテンツを消費していないのです。

ミャンマー最大都市ヤンゴンの「映像ダウンロード屋」に置かれたノートPC店

ミャンマー最大都市ヤンゴンの「映像ダウンロード屋」に置かれたノートPC店

ホワイトボードに最近の入荷作品が書かれている

ホワイトボードに最近の入荷作品が書かれている

例えば、左上の写真は、最大都市ヤンゴンの中心部にある「映像ダウンロード屋」です。

ここに来た「お客様」は、店内に置かれているノートパソコン(PC)を操作し、自分の気に入ったアニメがあると紙に書いて店員にオーダーします。お客が持参するパソコンの外付けハードディスク(HDD)に、店員がアニメのデータを丸ごと入れてくれるという仕組みです。

写真右上のホワイトボードには、最近「入荷」したテレビ番組やアニメの最新のエピソード数が書かれています。PCの中には多数のアニメが保存されており明らかな著作権侵害とはいえ、日本のアニメがミャンマーでは人気であることがうかがえました。

私が入った店では、男女関係なく若者が備え付けのノートPCでアニメを探す姿を見掛けました。価格は1話いくらではなく、例えばデータ1ギガバイト当たり3,000チャット(約230円)などと容量によって決まる量り売りのような仕組みとなっていました。『NARUTO』のように以前から海外で定番となっている日本の有名作品だけではなく、『銀魂 銀ノ魂篇』『だがしかし2』など、ここ2~3年に放送されていたアニメもラインアップに上げられていました。

ヤンゴンのテーマパーク「ハッピーワールド」で見た日本のゲームキャラクターによく似たキャラクター

ヤンゴンのテーマパーク「ハッピーワールド」で見た日本のゲームキャラクターによく似たキャラクター

また、ヤンゴンを代表する寺院であるシュエダゴン・パゴダ(仏塔)の南向かいには「ハッピーワールド」という市内有数のテーマパークがあります。

もっとも、テーマパークとは言っても実際は大きめのアーケードゲームセンターに、子供向けのアトラクションと公園が付属している程度の場所です。家族連れや子供たち、僧形(そうぎょう)の人たちが、ビデオゲームや日本の百貨店の屋上に昔あったようなコイン式の電動遊具などに興じる姿を目にすることができました。

表玄関には日本の人気コンテンツのキャラクター像が立っています。IPホルダー(知的財産権の保持者)にきちんと許可を取っているとは思えないのですが、ミャンマーでも日本のキャラクターが受け入れられていることはよく分かる状況となっていました。

こうしたコンテンツは、何もヤンゴンなどの都市部だけで受け入れられているわけではありません。ミャンマーの住宅地では、写真左下のように「ゲーム・ムービー・テレビ番組・アニメ」などという看板が掛かった家を見掛けることがあります。

ミャンマーの住宅地で不審な看板を掲げた民家

ミャンマーの住宅地で不審な看板を掲げた民家

民家内ではコンテンツを有料でダウンロードさせている

民家内ではコンテンツを有料でダウンロードさせている

家にお邪魔すると比較的高性能のPCが置かれ、ゲームや映画、アニメを有料でダウンロードさせるサービスをしているのです。PCやスマホに詳しくなかったり、自宅のインターネット回線の通信速度が遅かったりする人たちに対して、ちょっと良いPCを持つ家の人が小遣い稼ぎにコンテンツを提供しているわけです。

こちらの「店」は周囲の家に住む人をターゲットにしています。『グランド・セフト・オート』や『アサシンクリード』シリーズのような海外の著名なゲームに加え、『バイオハザード』シリーズのような日本のゲームも売られていました。こちらも料金は先述のアニメダウンロードショップと同じく従量課金となっていました。

もちろん著作権的には大問題ですが、ミャンマーにおいてはこうした家内制手工業のようにコンテンツがダウンロードされ、一般に流通しているのは紛れもない事実なのです。

■インド市場の異端児、「セブンシスターズ」

さて、日本コンテンツの人気がいま一つの南アジアですが、インドの各地方をいろいろと見て回ると一つだけ例外となる地域があることに気付きました。それはインドの北東部で「セブンシスターズ」と呼ばれる、アッサム州を中心とした七つの州です。

第二次世界大戦中、日本はインパール作戦でビルマ(現ミャンマー)から英領インドに進出しようとしたことがありますが、まさにその戦略目標となったコヒマやインパールがある地域です。

これらはインドの他の地域とは異なり、日本のコンテンツが大きな存在感を持っています。地域の人口は5,000万人足らずとインド全体に比べれば小さな市場ではありますが、日本コンテンツとの親和性がかなり高いようです。

例えば、インドで日本のアニメグッズ販売を行っているJIスタイルという会社は、オンライン販売をする前にまずはインド各地におけるイベントへの出展を行うそうです。インド北東部、ミゾラム州の州都アイザウルでの「アニメ・コスプレ・コン・ミゾラム」というイベントに出展したところ、8,000人以上が来場したとのことです。

また、現地の「プロジェクトZ.E.R.O.」というアニメ関連のファンページには、約2万5,000もの「いいね!」が付いています。約13億の人口を誇るインドにおいてミゾラム州の人口は100万少々しかないにもかかわらず、アニメやコスプレといった日本コンテンツへの熱量を持つユーザーがこれだけいるのは驚くべきことです。

私がアッサム州グワハティへ訪問した際も、日本のアニメや韓国のドラマなどのコンテンツ関連商品が売られているのを目にしました。この地域はインドというよりもミャンマーに似た嗜好性のようです。

■印北東部の政治的反発、映画の好みにも影響か

なぜインド北東部だけが異なる傾向なのかというと、この地域では中央への政治的な反発が強く、宗教や民族、文化もかなり異なるという要素が大きいと思われます。

ナガランド州、ミゾラム州、メガラヤ州はキリスト教徒が多数派です。アッサム州やトリプラ州を除けば、インド・ヨーロッパ語族よりもシナ・チベット語族のチベット・ビルマ語派やオーストロアジア語族が多くなっています。また、インド中央政府の支配を嫌い、アッサム州を含む各地で分離独立運動が行われています。

こうした土壌においては、ボリウッド映画のようなインドのマジョリティーのためのコンテンツはあまり好まれず、日本のアニメや漫画、韓国のドラマ、中国映画など東アジア産のコンテンツが好まれています。

インド北東部ほどではありませんが、インド東部のコルカタなども北東部からの移住者が多いためか、そこそこ大きなアニメファンのコミュニティーがあります。

もし、皆さまが日本のコンテンツを生かしたインド市場への浸透をお考えになる場合は、ムンバイやデリー、インド南部からではなく「ミャンマー+インド北東部+東部」から攻めていく、というのも一考に値するアイデアかも知れません。

<筆者紹介>

佐藤翔(さとう・しょう)

京都大学総合人間学部卒、米国サンダーバード国際経営大学院で国際経営修士号取得。ルーディムス代表取締役。新興国コンテンツ市場調査に10年近い経験を持つ。日本初のゲーム産業インキュベーションプログラム、iGiの共同創設者。インドのNASSCOM GDC(インドのIT業界団体「NASSCOM」が主催するゲーム開発者会議)の国際ボードメンバーなどを歴任。日本、中国、サウジアラビアなど世界10カ国以上で講演。『ゲームの今 ゲーム業界を見通す18のキーワード』(SBクリエイティブ)で東南アジアの章を執筆。ウェブマガジン『PLANETS』で「インフォーマルマーケットから見る世界」を連載中。

※特集「プロの眼」は、アジア経済を観るNNAのフリー媒体「NNAカンパサール」2021年4月号<http://www.nna.jp/nnakanpasar/>から転載しています。


関連国・地域: ミャンマーインド日本バングラデシュ
関連業種: IT・通信メディア・娯楽社会・事件

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