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【有為転変】第141回 進むも地獄、退くも地獄(中)

フランスの公約無視やコストの大幅増などで混乱するオーストラリアの新型潜水艦事業についての続き。気になっていると前回言及した点の一つは、荒唐無稽な夢想ではあるが、もしもオーストラリア政府がこの事業を当時、日本に発注していたら、現在の問題はどうなっていただろうかということだ。

日本とフランス、ドイツが3つ巴で激しい受注競争を繰り広げていた2015年を振り返ってみたい。

当時、フランスとドイツはオーストラリア国内での建造や最先端技術の提供を早い段階で「確約した」というのに、日本は最も消極的でけしからんという論調がメディアでは一般的だった。

風向きが変わり始めたのは、日本が官民挙げてオーストラリアに乗り込んでからだ。15年9月に、日本の防衛省、三菱重工などの官民合同訪問団はアデレードに入り、そうりゅう型潜水艦の説明会を開催した。

そこで日本は「オーストラリアでの全面的建造」を含めて検討していることを明らかにした。これは、出遅れていた日本がようやく追い付いた、という印象を与えた。その時の記者会見は、筆者もよく覚えている。

■「日本人は約束を守る!」

時の訪問団長は、陸海空軍自衛官のトップである統合幕僚長を務めた斎藤隆・防衛省顧問。会見では、地元メディアからやや意地悪な質問が相次いだ。

会見の中盤で、ある記者は「日本は本当に潜水艦技術を提供してオーストラリアで建造できるのですか?」と質問した。オーストラリアで建造するのは不安もある、という日本側の回答を引き出したかったのかもしれない。

その時だ。斎藤氏は不愉快そうに眉間にしわを寄せ、机を叩かんばかりに語気を強めて発言した。

「日本人というのは、約束したら絶対に守る国民です!できないことを軽々(けいけい)に言うことはありません!」

その発言は通訳者を通じて「淡々と」訳されたので、発言の背後にある「日本人としての矜持(きょうじ)」といった精神性までオーストラリア人記者たちに伝わったかどうかは、はなはだ疑問だ。翌日の各メディアでは、その発言に触れたメディアは皆無だったからである。

だが日本人なら、言質よりもあの態度を見れば、日本の意欲は本物だと納得できるだろうにと、こちらは無念に思ったほどだった。

そしてその後、三菱重工の宮永俊一社長(当時)もトップセールスに動き、アデレードにある政府系造船会社ASCをはじめ、パース、キャンベラ、シドニー各地の産業関係者や議員団を訪問した。会見では「(最先端技術を)喜んで提供する用意がある」と明言した。そして現地法人も設立し、準備を本格化する構えを見せていた。

■ある史実

さて、冒頭の夢想に戻る。

もしも日本が受注していたら、直後から、重工・エンジニア系からサービス企業まで、すそ野の広い分野でアデレードに直接投資が相次いでいたのは間違いない。そこがフランスとは大きく異なる面だろう。だがそこで、地場企業の明らかな技術レベル不足が分かった場合、三菱重工はどうしていただろうか。

海上自衛隊の「そうりゅう」型潜水艦

海上自衛隊の「そうりゅう」型潜水艦

紹介したい史実がある。三菱重工は1970年代に、中国から、大型ドレッジャー(しゅんせつ船)3隻を受注したことがある。

秘密主義の中国は当時、使用海域や水深、土砂条件など最も重要な情報を開示せず、ドレッジャーのしゅんせつ能力などのスペックが決められない。「とにかく最新型を」という要請を無理に飲んで建造して納入したが、案の定、ドレッジャーは現場で故障してしまった。

通常なら、使用条件を隠して製造させた中国側に責任があるが、その時に三菱重工は中国をおもんぱかり、故障した3隻を自ら無償で修理し、故障していない箇所も新品同様にしてまで再度納入した。同社の利益はすべて吹き飛んだ。

また同社は80年代にかけて、がれきのようだった中国の江南造船所を、同じく無償で全面支援した経緯がある。背景は単に、当時の古賀繁一会長が「李先念・国家主席に直に頼まれたから」というものに過ぎなかった。数世代遅れの旧型船しか作れなかった江南造船所は、三菱重工の支援により外国向けの輸出船を建造できるまでに成長し、貴重な外貨獲得手段になった。その江南造船所は今や、中国で空母さえ作る最新の造船所である。

今回の潜水艦事業でも、「新型潜水艦を作れない国に、日本が何十年もかかって築き上げた最先端技術をやすやすと提供していいのか」という懸念は、同社内でも議論になったに違いない。

それでも請け負ったのなら、日本は国を挙げて「武士に二言なし」の態度を貫いたのではないか。

地場建造割合を90%と当初公言していたフランスのネイバルは、「事情を知らなかったから」と頬かぶりし、豪仏の企業文化の違いにさじを投げ、パリの本社はオーストラリアとの技術協力さえ渋っているという。(続きは来週金曜日の3月6日に掲載します)【NNA豪州・西原哲也】


関連国・地域: オーストラリア
関連業種: 社会・事件

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