嘉糠洋陸 著 岩波書店 岩波科学ライブラリー251
2016年7月発行 1,200円+税
出張や駐在でアジア各国を訪れるビジネスマンやその家族にとって、健康問題は最も重要な関心事の一つである。異国の土地には日本で見られないような風土病が存在する。特に熱帯や亜熱帯の地域では、蚊が媒介する伝染病を十分に警戒せねばならない。
本書は衛生動物学を専門とする著者が、書名通り「なぜ蚊は人を襲うのか」にテーマを絞り、蚊の生態を解説したものである。血を吸う理由、吸血や産卵、病原体が伝染するメカニズムや人類と蚊の歴史など、一冊丸ごとを蚊の話で埋め尽くす。
専門用語を連発するような理系書にありがちな難解さはない。実験と観察と科学的な知見に基づきながらも平易に書かれ、予備知識がなくともリズム良く読み進められる。
「平安時代に隆盛の絶頂にあった平家の武将、平清盛は蚊由来のマラリアで死亡した」「明治維新期の偉人、西郷隆盛は蚊由来の寄生虫症のため馬に乗れなかった」など、日本史上の重要人物も蚊による病に苦しんでいたことが紹介されている。ならば、世界史の偉人たちに対しても蚊がどれほどの苦悩を与えていたのか、想像に難くはない。
蚊の正しい対策とは、まずは蚊の気持ちをよく知ること。ヒントは十分に詰まっている。蚊に親しむあまり、ときに情熱的な、ときに優しいまなざしを蚊へと向ける著者。一冊を読み終える頃には、その愛着が読み手にも伝染していることだろう。
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清盛の最期は、マラリアの熱禍だった(本書より)
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<著者紹介>
嘉糠洋陸(かぬか・ひろたか)
1973年生まれ。医学博士。東京大学農学部獣医学科卒業、大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了。理化学研究所、米国スタンフォード大学などを経て、2005年に帯広畜産大学教授。11年から東京慈恵会医科大学熱帯医学講座教授、14年から同大衛生動物学研究センター長を兼任。専門は衛生動物学、寄生虫学。
<目次 のぞき見>
蚊が血を吸うわけ
病気の運び屋として
蚊との戦いか、共存か
フィラリアと西郷隆盛
※このウェブサイトの書評特集「アジアに行くならこれを読め」は、アジアを横断的かつ深く掘り下げる、NNA倶楽部の会員向け月刊会報「アジア通」2016年12月号<http://www.nna.jp/lite/>から転載しています。毎月1回掲載。
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