オーストラリア・ニューサウスウェールズ(NSW)州政府の投資促進サポート部門、インベストメントNSWの北アジア担当シニア・トレード&インベストメント・コミッショナーにこのほど、マイケル・ニューマン氏が就任した。州政府の東京事務所を開設し、来年初めにも、運営開始を予定している。ニューマン氏は駐日代表を務め、11月初旬に日本に赴任する予定だ。【NNA豪州編集部】
――マイケルさんのキャリアについて教えてください
日本の日興証券(当時)でキャリアをスタートさせた後、ロンドンや日本で25年間金融業界で働きました。世界金融危機の後、証券会社は厳しい規則が敷かれたので仕事がやりづらくなり、自分でコンサルティング会社を設立し、5年間経営していました。
――インベストメントNSWはどんな組織ですか
NSW州の日本貿易振興機構(ジェトロ)のようなもので、日本企業に利用してもらい、NSW州政府や地元のオーストラリア企業を必要に応じてつなげる仲介役を果たします。
NSW州政府の仕事は「企業との懸け橋」という点で似ています。日本企業への支援では省庁をまたいで、何百人もが私をサポートしてくれています。私のマインドセットは「異なる観点から捉える」です。皆が同じことを考えていると、付加価値を生み出すことはできません。NSW州政府の駐日代表としても同様の考え方です。「どうやって他州とは違うビジネスモデルを立ち上げるか」、そして「付加価値あるサービスをどうやって提供できるか」という視点で考えます。
――NSW州が他州と比較して投資に適している理由は?
オファーできるものが違います。金融業界で考えると、グローバルな金融機関の9割がシドニーにオーストラリア本部を置いています。お金が集まるところでは、ビジネスは立ち上げやすいのです。「流動性が流動性を引き付ける」というように、NSW州は良いビジネスチャンスが生まれやすいマーケットなのです。またNSW州のみ米格付け会社ムーディーズのトリプルAの評価を維持しています。新型コロナウイルスの感染流行前だと、オーストラリアに到着する国際線の半分がシドニーに到着していました。経済状況も一番良く、長期的に考えると失業率も低い方です。NSW州政府自体がビジネスフレンドリーな政府です。
――言葉の壁やビジネス文化の違いなど、オーストラリアに投資する日本企業特有の課題はありますか?
オーストラリアでは日本語を学ぶ生徒が一番多く、オーストラリア人でも日本語を話せる人が多いです。そのため、言葉が問題になることは特にありません。言葉以上に問題なのが、高度な技能を有する労働力を集めることで、NSW州は両方備わっています。
私は1985年から日本語の勉強を始めました。教育省は学校教育でのアジア言語学習を導入しました。以前はフランス語やドイツ語などの古典言語を学ぶという方針でしたが、政府は将来的なオーストラリアとアジアとの関係強化を見据え、日本語や中国語、韓国語、ベトナム語などの語学教育を導入しました。私の時代だと、ほとんどの生徒が日本語を選択しました。
また、ビジネス文化の違いを埋めるために、ジェトロや豪日経済委員会(AJBCC)のような団体も日本とオーストラリアの両国の企業にアドバイスを提供しています。
――オーストラリアに投資する日本企業にコロナの影響はありますか?
人の移動は制限がありますが、ビジネスチャンスは大きな影響を受けていません。水素やクリティカルミネラル(重要鉱物)、農業などの分野は、コロナがあってもなくても投資は継続します。影響が出ているのは観光です。投資に関してコロナによる悪影響はなく、機会はそのまま存在します。
多くの日本企業が単独で成功していますが、特に不動産開発企業などでは、地元のオーストラリア企業と提携したり、合弁企業を設立したりなどする例もみられます。
水素分野ではNSW州計画・産業・環境省(DPIE)がオンラインのデジタルコラボレーションプラットフォームを設立し、参入企業が地元企業を探すことができるようになっています。
インベストメントNSWに声をかけていただくと、われわれが必要なニーズを伺い、有意義なアドバイスを提供します。「ジョブズ・プラス」というプログラムがあり、申請が認可され、4年以内に30人以上を採用した場合、給与税がゼロになります。日本企業もこの制度を利用できます。
――NSW州が投資誘致のために改善を考えている点は?
日本企業からの投資を呼び込むには、現地でのサポートが必要かと思います。各種行政手続きの「サービスNSW」は非常に利用しやすいです。10年前ほどにサービスNSWを設立したときには、どのように良いサービスをNSW州民に届けることができるかがテーマでした。インベストメントNSWも同じ仕組みを導入し、スムーズな手続きを提供しようと思っています。
現在国境封鎖により、日本企業の社員がオーストラリアでの労働ビザ(査証)などの発行を受けても、渡航認可を受けることは難しいです。そこでわれわれが政府に渡航を認可するよう働きかけを行います。このような形でのビジネスサポートも可能なので声をかけてほしいと思っています。われわれはサポートレターを書くなど渡航認可に向けた働きかけを行います。
――NSWで今後成長するとみられる分野は?
水素とクリティカルミネラル、農業セクターなどが成長するとみられます。医療技術やライフサイエンス分野も。テクノロジー、フィンテック(ITを活用した金融サービス)、金融セクターもシドニーは強いです。われわれはジェトロやシドニー総領事館と日本とオーストラリアのスタートアップをどのようにプロモーションできるかという話をよくします。
――インベストメントNSWの目標は?
NSW州にとって日本は最大の輸出相手国です。駐日代表としてナンバーワンをキープできるよう、日本との関係を強化していきます。
また、19年の日本からオーストラリアへの直接投資は1,160億豪ドル(約9兆4,000億円)でしたが、今後、日本企業がNSW州により一層投資をしてくれるよう支援していきます。
インベストメントNSWは世界を6地域に分け、21カ所のオフィスを設立し、55人のスタッフを置いて投資誘致を行っていきます。NSW州として世界からの投資誘致をサポートします。この計画の第1ステップとして今回日本の東京オフィスを設立します。
新たな投資コミッショナーを採用する計画の中で、私が最初の1人でした。どの国も大切ですが、現在NSW州にとって日本と韓国との関係は一番大事です。今後は米国、欧州、インド、中国で設立する計画です。
――日本企業はオーストラリアにいったん投資したらなかなか撤退しません。安定した市場として好まれていますが、一方でリスクもささやかれています。現在の政権は自由党で保守政権ですが、また労働党に変わってしまうかもしれません。政権交代が及ぼすリスクはありませんか?
特に変わらないと思います。日本がパートナーとして大事であることは自由党も労働党も認識しています。われわれは独立機関で、NSW州民のためにサポートしていくということは変わりません。州政府としては、ビジネスの立ち上げをサポートし、日本の企業と協力することに変わりはありません。
――一方で、オーストラリア企業の日本投資は進みません。これはなぜでしょうか?
日本は参入しづらい市場と見られていますが、ビジネスチャンスは多く存在します。フィンテック分野で日本にアプローチするオーストラリア企業は多いです。日本企業はオーストラリア企業のテクノロジーを使って、日本の顧客にサービスを提供できます。日本企業とパートナーシップを組んでビジネス開発を行う方式が、オーストラリア企業には適しています。
日本には大手ビールメーカーがありますが、最近クラフトビールも作っており、市場が拡大し、クラフトビールのお店も増えてきていると聞いています。オーストラリアのメーカーも数は少ないですが、日本への輸出に成功しています。
NSW州のブティックビールブランドは150ありますが、日本の消費者は選択肢が多いことを好むので、このようなブランドも今後日本のビール市場に機会があるのではないかと思います。
日本にいた時は季節などの限定版ビールを楽しんでいました。例えば、アサヒの「冬の贈り物」やキリンの「秋味」、サントリーの「ザ・プレミアム・モルツ(限定版)」、サッポロの「サッポロクラシック」などがありました。消費者の楽しみです。チャンスはあると思います。オーストラリアに投資する日本のビールメーカーは多いですが、もっと種類を増やせば消費者も喜ぶかと思います。
私の夢は若い時から日本とオーストラリアの懸け橋になることでした。やっとNSW州の駐日代表として今、懸け橋の役割を果たすことができ、本当にうれしく思っています。(聞き手=岩田直子)
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