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【アジアの本棚】『東南アジア歴史散歩』

最終回

著者は東南アジア史、特にインドネシアの専門家。『オランダ東インド会社』(講談社)といった優れた専門書も書いた。本書は1984年から2年間、日本貿易振興機構(ジェトロ)の月刊誌に連載した東南アジアについてのエッセーを1冊にまとめた。

タイやミャンマーでのゾウにまつわる王室文化の歴史から、戦前にメッカ巡礼を果たした日本人ムスリム(イスラム教徒)の話、フィリピン建国の英雄ホセ・リサールの日本との縁、日本とインドネシアの民話の共通性に至るまで、「へえ~」と思う歴史トリビアが満載で楽しい。35年前の出版だが、現在もネットなどで古書として入手可能だ。

著者がエッセーを連載した80年代半ばには日本企業の東南アジア進出が加速し始めていたが、対アジアの世間一般におけるイメージは社会不安や低い生活水準といったことに集中しており、いま以上に無理解と偏見に満ちたものだった。(当時、名古屋でまだ珍しかったインドネシア料理店からタクシーに乗った時、年配の運転手に「そんなものを食うと腹を壊さんかね」と真顔で聞かれたのを覚えている)

一方で、松任谷由実がシンガポール・ラッフルズホテルのテラスに着物で座る姿をジャケットデザインにしたアルバム『水の中のASIAへ』(81年)を出し、香港を振り出しにアジア各地を歩いた沢木耕太郎の紀行小説『深夜特急』(86年)が人気を集めるなど、若い世代にはアジアへの関心も高まり始めていた。

本書はそうした時代に、東南アジア文化の魅力を示してくれる貴重なガイドブックだった。アジア報道を志して通信社に入ったものの、地方で事件や選挙取材に追われていた私自身にとっても、鶴見良行『マラッカ物語』(81年)と並び心に残る本になった。

東南アジアに関する本は、現在も多数出版されているが政治経済の専門書が多く、こうした遊び心のある本はあまり見当たらないように思う。

著者は、本書の後書きで「日本と東南アジアの交際には残念ながら『肩のこる』話題の方が圧倒的に多い」が、「こうした気楽な本で東南アジアへの親しみを感じてくださった読者が(中略)厳しい東南アジアの日本観にもたじろがずに対処して行かれることを心から祈っている」と語った。収録されたエッセーには、東南アジアへの無理解に対するいらだちも時々顔を出すが、アジアに関心を持つ人が増えることを願う気持ちがそれ以上に強く表れている。

マクロデータや決算数字ばかり読んでいると、私たちは頭が疲れてしまう。どこかに「人間」が出てこないと、地域や歴史に関心を持ち続けるのは難しい。経済メディアであるNNAでも、各地の記者が現地生活の雑感を書くコラム「テイクオフ」は常によく読まれている。

アジアに赴任しても言葉の壁などから地元の人や文化との接点が無いという人もいると思うが、現地に関心を寄せるきっかけとして本書のような「面白い本」は大事だと信じる。東南アジアに赴任する友人や後輩に何回もこの本を貸したが、必ず手元に戻って来た。何かの縁があるのだろう。著者は本書出版の翌年に58歳の若さで世を去ったが、存命ならその後どんな本を書いたのだろうか。

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

今春でNNA顧問を退任し、この書評も今回が最終回になります。自分が面白いと思ったアジア関連本をランダムに紹介してまいりましたが、ご愛読ありがとうございました。北京からデリーまで各地で皆様に頂いたご厚情に改めてお礼申し上げます。またアジアのどこかでお目にかかれれば幸いです。

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『東南アジア歴史散歩』

永積昭 著 東京大学出版会

1986年6月10日発行 1,650円(税抜き1,500円)

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【本の選者】岩瀬 彰

1955年東京生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、共同通信社に入社。香港支局、中国総局、アジア室編集長などを経て2015年にNNA代表取締役社長。20年3月~21年3月、NNA顧問。

※特集「アジアの本棚」は、アジア経済を観るNNAのフリー媒体「NNAカンパサール」2021年4月号<http://www.nna.jp/nnakanpasar/>から転載しました。


関連国・地域: 日本アジア
関連業種: 社会・事件

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