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【有為転変】第121回 黒塗りの潜水艦文書(下)

前回、フランスのネイバル・グループ(旧DCNS)によるオーストラリア向け新型潜水艦の事業計画書で、当初約束していた国内造船大手ASCとの共同開発が、オーストラリア国防省に却下されていたという不可解な点について書いた。当然ながら国内の防衛産業にとっては、共同開発は願ってもない機会のはず。それが反故(ほご)とされ、黒塗りで伏せられた背後には、タブーとされる原子力が絡んでいると個人的に勘ぐっている。

昨年くらいからオーストラリアでは、原子力潜水艦を導入すべきとの意見があらためて目立つようになってきた。独立研究センター(CIS)やアボット前首相がその旗振り役である(アボット氏は、野党党首や首相時代を含めた6年間は、原子力潜水艦についてはあからさまに主張していなかったのだが)。

原子力潜水艦は従来型エンジンと比べ潜航速度が2倍以上速く、何よりも海上に全く浮上せずに長期間潜航できるため、オーストラリアには最適とみられている。パース近郊にある潜水艦ベースから広大な太平洋海域を渡り、北東アジアまでを見据える非常に長距離の潜航が重要とされる点で、オーストラリア海軍は他国とは異なる特徴を持つとされているためだ。

では、オーストラリアはなぜ原子力潜水艦を導入しないのか。

■存在しない原子力インフラ

2014年当時の労働党政権時に、米国からバージニア級原子力潜水艦を購入、もしくはリースすべきだとの見方が政府内にもあり、その可能性が検討されたことがあったが、いつのまにかフェードアウトした。その理由は明らかにされなかった。

だが一部識者らによると、その背景として、国内に原子力インフラがないことが挙げられている。原子力に関する施設や技術者、ノウハウ、メンテナンス体制が存在しないことが致命的だという。太平洋に面する国で、原子力潜水艦を保有するのは米国、中国、インド、ロシアだが、いずれも国内に核施設を備えている。

オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)のピーター・ジェニングス所長は、「もしオーストラリアが原子力潜水艦の導入にかじを切った場合、民間や海軍で10~15年の受け入れ整備期間を必要とするだろう」と指摘している。

インフラがないことのほか、原子力に関するタブーを指摘するのは、オーストラリアン紙のグレッグ・シェリダン編集委員である。オーストラリアの「原子力アレルギー」は、ラッド労働党政権下の08年にインドへのウラン輸出を規制したり、国内医療施設から出された少量の放射線廃棄物の貯蔵施設さえも確保できないことに表れてきた。その方向性を、与野党共にいまだに転換できないでいる、と言う。ましていわんや、アデレードで原子力潜水艦を共同建造しようものなら、国民が反発することが想像できる。

そのためオーストラリアはこれまで、原子力潜水艦の導入は現実的には不可能だとの路線だったのだが、最近になってそれが見直されているという。

■遠隔地でも原潜運用は可能?

オーストラリア防衛産業協会(AIGDC)のクリス・ジェンキンス会長は、少なくともインフラの欠如に関しては、近年の原子力潜水艦はメンテナンスが非常に効率的にできるようになっており、陸上での原子力インフラは必要なくなったと指摘する。米軍の原子力潜水艦もグアムに拠点を置いて遠隔運用されており、オーストラリアに拠点を置いても何ら問題ないという。このことこそ、近年アボット前首相が、原子力潜水艦を求める声を強めてきた背後にあるのではないか。

筆者は当連載で2年前に、オーストラリアの新型潜水艦入札は、原潜を唯一持つフランスが有利な出来レースだった可能性がある、と指摘した(第99回「潜水艦と政治力」)。新調する潜水艦はディーゼルエンジンでの最新型潜水艦が基準だったが、計画通りディーゼルのままであっても、最初の1隻が進水するのが2035年、12隻目は2060年になるとみられている。

半世紀近い期間がある以上、オーストラリア国防省は途中から原潜に切り替える余地を残した。つまり、原潜バラクーダを改良する案のフランスが断然有利だ。ペイン国防相自身が、黒塗り部分を公開すれば「外交関係に損害を与える」と言っていたのは、日本が含まれるのだろう。

今回の国防省による文書隠ぺいは、そのことを裏付けると感じている。原潜の余地を残すならば、ノウハウが全くないオーストラリアACSとの共同開発は事実上、不可能である。だが入札の過程で、アデレードの防衛族議員らから「国内での建造」という大前提が持ち上がり、議会での体面上はそれに従わざるを得なかった。

日本は原潜を導入できない。原子力基本法で、原子力の利用は平和目的に限ると規定されているからだ。ということは、原子力が船舶の動力として一般的に利用されるまでは、日本は原潜を持てないということである。まして、東北大震災の後で原発への反発が渦巻く現在では、議論さえ無理だろう。

オーストラリアも似た状況なのだが、国民の反発は大して後を引かない国だ。潜水艦の国内建造コストが膨大になるようだから、フランスの原潜をリースすることにした、などという事態がいずれ来るかもしれないと思っている。(了)【NNA豪州・西原哲也】


関連国・地域: オーストラリア
関連業種: 社会・事件

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