野嶋剛 著 新潮社
2011年6月発行 1,200円+税
中国と台湾にある「故宮博物院」という同じ名前の博物館。商標権の侵害で訴訟合戦になっても不思議ではないが、ふたつの故宮は互いの存在を否定もせず、「我こそは本家」と声高に叫ぶこともせず、ただ黙々と同じ名前を名乗っている。
故宮博物院は、1925年に北京の紫禁城で設立されたが、その後、国共内戦を経て分裂した経緯がある。本書では、政治・外交を専門とするジャーナリストである著者が、関係者の証言や歴史書などを基に、故宮問題の背後にある歴史と政治指導者の思惑を解き明かした。故宮の分裂の過程だけでなく、台湾内の異なる政権下における故宮の位置付けや、世界に離散した文物の中国国内への回流といった、分裂後の展開まで体系的にまとめられているのが特徴だ。
本書の発行後、著者が注目していた故宮文物の「日本展」が実現し、2016年には台湾で2度目の政権交代が起きた。ふたつの故宮をめぐる状況はいまも動き続けているが、本書はこれらの意義を再確認するための指南書にもなる。故宮に収蔵されるのは、古代から清朝にいたるまでの中華文明の文物だ。しかし本書を読めば、故宮そのものに刻まれた中国の近代史と両岸関係の今が見えてくる。
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政治にとって、文化は時に非常に使い道のあるツールになる(本書より)
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<著者紹介>
野嶋剛(のじま・つよし)
1968年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。在学中に香港中文大学、台湾師範大学に留学。92年に朝日新聞社入社後、佐賀支局などを経て2001年からシンガポール支局長。その間、アフガニスタンとイラクで戦争報道を経験。東京本社政治部、台北支局長などを経て、16年4月からフリーに。中華圏の問題を中心に幅広い分野の執筆活動を行っている。主な著書に『イラク戦争従軍記』『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』など。
<目次 のぞき見>
二〇年前に台北故宮で感じた違和感
文化行政の主導権をめぐる女の戦い
文物流出で世界が知った中華文化
いまも続く南京と北京の「確執」
「中華人民共和国の故宮」の歩み
※このウェブサイトの書評特集「アジアに行くならこれを読め!」は、アジアを横断的かつ深く掘り下げる、NNA倶楽部の会員向け月刊会報「アジア通」2017年1月号<http://www.nna.jp/lite/>から転載しています。毎月1回掲載。
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