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【プロの眼】滞在先で紛争発生 命と安全どう守る

戦場のプロ 傭兵・高部正樹(5)

近年、世界情勢は混迷を深めています。ざっと見るだけでもアフガニスタンでのタリバンによる政権転覆、ミャンマー国軍の軍事クーデター、ロシアがウクライナに侵攻し、経済破綻したスリランカは民衆が政府になだれ込みました。駐在や出張の日本人もいつ危険に巻き込まれるか分かりません。いざという時に、どう行動するべきなのか。お伝えします。

村が危なくなったため後方に避難しているミャンマーのカレン人(筆者提供)

村が危なくなったため後方に避難しているミャンマーのカレン人(筆者提供)

Q1.滞在先で革命や暴動、紛争が起きたら?

A1.速やかに逃げてください

戦争状態になれば、民間人にできることはほとんどありません。仕事や生活基盤を理由にぎりぎりまでとどまろうとする人がいますが、自分や大切な人の命を失うことに比べたら何でもありません。

兆候が見えた時が避難のタイミングです。ウクライナの例なら、ロシアが国境に兵力を集結し始めた段階。侵攻開始後では遅過ぎます。ロシアは空軍やミサイルなど遠距離用の兵器が豊富で、数百キロメートル範囲なら攻撃が及びます。戦闘が始まると各地は避難民であふれ、避難も難しくなりました。外国人はなおさらです。そうなる前に避難を完了しているのが理想です。

混乱の発生時は焦りや緊張で判断力が低下し、デマや不明な情報に振り回されがちです。そんな時は立ち止まり、状況整理が必要です。落ち着きがなく、断定的な口調の人は要注意。実際に自分で見たのか確認しましょう。また、いろいろな情報源から情報を得ることで、デマに振り回されるリスクを減らせます。

アフガニスタンで避難民を発見(全身を白い布で覆った右から3人目)。向かう方向が途中まで一緒なので同乗させた(筆者提供)

アフガニスタンで避難民を発見(全身を白い布で覆った右から3人目)。向かう方向が途中まで一緒なので同乗させた(筆者提供)

ある程度、とどまらなければならない人は「この町まで敵が迫ったら」など、余裕を持って逃げられるデッドラインを必ず決め、遅くとも脅威がそこに達したら避難します。「まだ大丈夫かも」と、先延ばしにするのは絶対にNGで大抵は逃げ遅れます。

家族は早い段階で逃がします。混乱時は人数が多いほど行動が難しく、体力のない女性や子供は足手まといになります。これは家族だけでなく、自らの安全確保のためにも重要です。私は、戦地で逃げ遅れたことを後悔する避難民を何人も見てきました。そうならないためには、大げさなくらい早めに避難することに尽きます。

Q2.逃げるなら陸路か、それとも海路や空路がいい?

A2.空路が理想的です

どんな紛争地も空路は「安全の指標」です。特に発展途上国の動乱では、地上を敵が埋め尽くしても空はがら空きということがほとんどです。便数削減や空港閉鎖といった空路の状況の悪化は、そのまま他の手段での避難も難しくなっていることを表します。情報が手に入りにくい時に一つの参考となるでしょう。

空路は状況が悪化すれば真っ先にまひするのが弱点です。例えば、昨年のアフガニスタンはタリバンに地方を押さえられ、首都カブールは四面楚歌(そか)に。空路以外の脱出手段を失った市民が空港に殺到しましたが、民間機はすでに撤退しており大混乱に陥りました。軍用機での退避も認められましたが、運がよかっただけです。もしタリバンが拒否したら、ほぼ脱出は不可能でした。

ミャンマーのサルウィン川とモエイ川での船舶交通。大きい川がある場所は小型船による交通網が発達し、楽に早く移動できる重要な交通手段。大勢の避難民の足にもなっている(筆者提供)

ミャンマーのサルウィン川とモエイ川での船舶交通。大きい川がある場所は小型船による交通網が発達し、楽に早く移動できる重要な交通手段。大勢の避難民の足にもなっている(筆者提供)

海路は、ミャンマーのように海軍力が整備されていない国の場合、例えば小型船舶で隣国のタイやバングラデシュに向かうというのは一つの手段だと思います。

陸路は、空路に比べて危険や困難が伴います。当局が管理する鉄道があるなら、一気に遠くに避難できるのでそれを使います。公共交通機関が停止していたら車や徒歩になりますが、燃費には要注意。普段の5分の1以下と思う方がよいでしょう。陸路は暴徒や強盗の脅威もあります。信頼できる現地人の案内や集団で行動するなどの対策が必要になります。

Q3.避難用に備えておくと良い物は?

A3.浄水キットがなければ正露丸でも

【浄水キット】

水の枯渇は想像以上に体力や精神力を奪います。錠剤のほか、最近はストロー式やボトル型の手軽な浄水キットもあり、少々の汚水も飲める用意が望ましいです。何もない時は、くんだ水に正露丸を数粒入れると臭いは気になりますが十分飲めます。ビルマ(現ミャンマー)に出征した旧日本軍兵士の方に聞いた方法で、試してみると確かに生水をそのまま飲むよりは安全でした。ただ、あくまで他に方法がない場合の緊急用と心得て下さい。

胸にトーチライトをぶら下げた高部氏。ライトには赤いフィルターを装着。赤い光は遠くまで届かないため紛争地では必須(筆者提供)

胸にトーチライトをぶら下げた高部氏。ライトには赤いフィルターを装着。赤い光は遠くまで届かないため紛争地では必須(筆者提供)

【服装】

がれきはガラス片が混ざり、砲弾の破片はカミソリのように鋭くなっています。安全確保や日焼けによる消耗を防ぐためにも服装は長袖長ズボン、底が厚めの歩きやすい靴は必須です。手には厚手の手袋、できれば革製がよいです。

【リュック】

両手が使え、機動性を確保できます。衣服などは圧縮袋を使うとコンパクトで防水効果も得られます。余裕があれば新聞紙も。着火剤となり、衣服の間に挟めば防寒になります。詰め方は要注意。検問の際など、触って固い物があると検査されます。どんな難癖をつけられるか分かりません。そういう物は衣服などで包み、真ん中に入れておきます。

【携帯ソーラーパネル】

最近は直接スマホに充電できるものもあります。長期避難になっても通信できる手段を確保しておくことは重要です。

【ナイフ】

応急処置、缶切り、多少の工作などいろいろ。護身用を兼ねた大型のものも否定しませんが訓練しないとまともには扱えず、荷物検査では凶器として警戒されます。扱いやすい小型のものがよいです。

Q4.戦闘に巻き込まれたら?

A4.市街地では「跳弾」に要注意

跳弾とは、発射後に固いものへと当たり急激に方向を変えた弾丸のことです。コンクリートや建物に囲まれた都会では高頻度で発生します。多くの場合、跳弾は壁に沿って飛んできますので、壁にぴったり身を寄せるのはかえって危険です。そうした場所は、壁から数十センチ体を離して移動します。壁に寄る場合は、しゃがむなど姿勢を極力低くします。

移動する際はだらだら動き続けるのではなく「短距離をさっと移動して停止」を繰り返します。人間の目は動く物には敏感ですが、動かないものは意外なほど目につきません。アフガニスタン時代、隠れ場所もない中で敵のヘリコプターに接近されたことがありましたが、地面に伏せてじっとすれば上から丸見えでも大抵やりすごせました。

ボスニア・ヘルツェゴビナでの国連保護軍の検問。紛争地では敵も味方もこのような検問や警戒を実施し、身元確認や所持品チェックされることが少なくない(筆者提供)

ボスニア・ヘルツェゴビナでの国連保護軍の検問。紛争地では敵も味方もこのような検問や警戒を実施し、身元確認や所持品チェックされることが少なくない(筆者提供)

昼間の移動は比較的高い場所、夜間は低い所を移動します。昼の高所は状況把握が容易に、夜は低い場所に入れば闇が姿を隠してくれます。逆に、夜の高所は夜空を背景に姿が浮かび、驚くほどよく分かるので要注意。さらに最近は、常に上空でドローン(無人機)が監視していると思って間違いありません。人は真上の警戒はおろそかになりがちです。可能な限り建物や森の中などを移動しましょう。

また、軍隊が駐留していた施設は周囲によく地雷が敷設されています。そういう場所は柔らかそうな土の上を避けます。それでも行く場合は、既にある足跡や地面にしっかり埋まった石などに足を置いて進みます。

Q5.兵士やゲリラが家に踏み込んできたら?

A5.できることはない

チャンスがあれば脱出を試みますが、そのような状況では街は相手の制圧下なので成功することはほとんどないでしょう。下手に抵抗して相手を興奮させたり、最悪パルチザン(非正規軍)と疑われたら他の人も危険にさらします。そこまで事態が及んでしまえば、できることは多くありません。

虐殺など最悪の状況が進行していたら、もはやこれまでと抵抗する選択肢もありですが、それはあくまで「蜂の一刺し」。生存はノーチャンスでしょう。避難ルートが生きているうちに脱出するしかありません。

Q6.軍人やゲリラに声を掛けられたら?

A6.必ず立ち止まる。撮影は絶対NG

銃の乱射や略奪など統率がとれていない集団は要注意。ささいな感情で銃を人に向けます。まずは絶対に目立たないこと。建物を出ず、服装や行動も現地に合わせます。急激な動きも控えてください。急に走ったり曲がったりする行動は目立ち、彼らが一番嫌うものです。

たむろするアフガニスタンのムジャヒディン(イスラム戦士)。「紛争地はいたるところにこういう集団がおり、陸路で誰にも見つからないことは考えられません。陸路を選ぶくらいなら空路で早めに避難するべき」と高部氏(筆者提供)

たむろするアフガニスタンのムジャヒディン(イスラム戦士)。「紛争地はいたるところにこういう集団がおり、陸路で誰にも見つからないことは考えられません。陸路を選ぶくらいなら空路で早めに避難するべき」と高部氏(筆者提供)

もし声をかけられたら、言葉が分からなくても必ず立ち止まる。間違っても、ふらふら近づいてはいけません。相手も内心は緊張しており、下手に動けば発砲されます。指示があれば従いましょう。反抗してもいいことはありません。

私は、アフガニスタンでは「ビスミラー ラハマニ ラヘイム・・・・」で始まる一節を真っ先に教わりました(慈悲深きアッラーの名において、という意味らしいです)。効果のほどは疑問ですが、もし対立組織に捕まったら言うようにと教わりました。宗教色が濃い地域では「あなたたちの宗教をリスペクトしている」という姿勢を見せることが大事です。

また、スマートフォンは状況把握や避難プランの作成に便利ですが、避難中の撮影はやめるべきです。検問ではスマホは高い確率で調べられます。万が一、画像や動画が見つかれば敵味方を問わずスパイ容疑をかけられることになります。SNSの投稿も問題外。バズりたい気持ちは分かりますが避けましょう。

Q7.もし高部さんがロシア侵攻時のウクライナにいたら?

A7.空路で避難します

通常通り動いている間に空路で避難します。民間人、しかも外国人が陸路で避難するということがどれだけ大変なのかを知っているからです。余裕のある間は味方の軍や警察が協力してくれますが、差し迫ると後回しになります。そうなると避難は更に困難になります。

脅威が近づいてからでは手遅れです。取り残された民間人がどれほどひどい目に遭うか、ウクライナからもたらされた報道で十分理解できると思います。

いろいろ書きましたが、大事なことはただ一つ「余裕ある段階で逃げる」ことです。ウクライナの報道を見ても「なぜもっと早く避難しなかったのか」という思いが胸を突きます。理由はあるのでしょうが、決断の遅れは命の危険に直結します。紛争地から避難するのに、早過ぎるということはありません。

<筆者紹介>

高部正樹(たかべ・まさき)

1964年、愛知県生まれ。高校卒業後、航空自衛隊航空学生教育隊に入隊。航空機の操縦者として訓練を受けるも訓練中のけがで除隊。傭兵になることを決意し、アフガニスタン、ミャンマー、ボスニアなどで従軍する。2007年、引退し帰国。現在、軍事評論家として執筆、講演、コメンテーターなどの活動を行う。著書に『傭兵の誇り』(小学館)、『戦友 名もなき勇者たち』(並木書房)など。自身をモデルにしたコミックエッセー『日本人傭兵の危険でおかしい戦場暮らし』が雑誌『本当にあった愉快な話』(竹書房)で連載中。

※特集「プロの眼」は、アジア経済を観るNNAのフリー媒体「NNAカンパサール」2022年8月号<https://www.nna.jp/nnakanpasar/>から転載しています。


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