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【アジアで会う】村橋靖之さん ジェトロ・ニューデリー事務所所長 第400回 踏みしめた5カ国の「大地」(インド)

むらはし・やすゆき 1964年、山口県生まれ。慶応大学法学部卒。89年日本貿易振興会(現日本貿易振興機構=ジェトロ)入会。93年にマレーシア・クアラルンプール事務所に異動。99年にイスラエル・テルアビブ事務所、2009年にサウジアラビア・リヤド事務所、15年にトルコ・イスタンブール事務所にいずれも所長として着任。19年から現職の、インド・ニューデリー事務所所長(インド総代表)を務めている。学生時代にはワンダーフォーゲル部に所属。趣味はアウトドア、野球。

現在のインドは、5カ国目の海外赴任地となる。うち3カ国は中東だが、最初に踏み出したのはマレーシア。人事の采配とはいえ、「幸運だった」と振り返る。というのも、学生時代に訪れた国はいずれも東南アジアだったからだ。

「海外に漠然とあこがれていた」というが、その飛び込み方は大胆だ。大学4年の夏(87年)、デンソーがスポンサーとなった青少年育成を目的とした国際交流事業「オペレーション・ローリー」(84~88年に実施)に参加。パプアニューギニアに隣接するインドネシア最東部の州(マルク州)に派遣され、世界から集まる学生ら200人と3カ月にわたってボランティアなど野外活動を行った。就職活動真っただ中の7月に出発し、帰国は10月。「進路未定のまま、留年覚悟の旅になる」と親を説得した。

2度目の大学4年(88年)には「同じ轍(てつ)踏まぬ」で、ジェトロに内定後の秋に内閣府の国際交流事業「東南アジア青年の船」に乗り込んだ。シンガポール、マレーシア、ブルネイ、インドネシア、タイ、フィリピンの6カ国に寄港しながら洋上で3カ月を過ごした。

沢木耕太郎の紀行小説「深夜特急」(初版86年)が世に出た時代。若者がにわかに東南アジアを目指した時期とも重なる。が、途上国への思いをかき立てたのは、当時付き合っていた彼女が「ぜひ読んでみて!」と差し出した、犬養道子の著書「人間の大地」だった。アフリカの飢え、貧困、不平等が胸に突き刺さり、大学のゼミではアフリカ政治を専攻。と同時に、民族、宗教の多様性が絡みあう濃い旅へと身を投じた。

■砕けた「和平」

「多民族国家といっても、民族が融和しているということではないんですよね」。初の海外赴任地、マレーシアで痛感したことだ。同国にはマレー系、華人、インド系の主に3つの民族が暮らし、宗教ではムスリム(イスラム教徒)が多数派だが、キリスト教、仏教、ヒンズー教徒も一定数いる。だが、食事会や結婚式などの私的なイベントにマレー系と華人が一堂に集うことはなく、「一つの国に共生していても、民族、宗教は根本的に混ざり合わない」。マレーシアは、その後の中東3カ国にも共通するムスリム、そして民族、宗教に根差した紛争をひもとく上での基盤ともなった。

あこがれの海外に輪郭が備わったのはイスラエル。同国とパレスチナの「2国家共存」を目指したオスロ合意(93年)締結後、和平合意締結への期待が高まる中での赴任となったが、直後にパレスチナ人による民衆蜂起「第2次インティファーダ」(00年)が発生。パレスチナ過激派による自爆テロが相次ぎ「和平ムードは一気に砕けた」。日本企業の誘致に向けた共同での工業団地の開発は立ち消え、イスラエルとパレスチナの物流も交流も途絶えた。 積み上げられた信頼関係があっという間に崩壊していく様を目の当たりにした。

「イスラエル人は過去の経験から命を奪われることへの恐怖に敏感だ。一方、パレスチナ人は長い間イスラエル人による占領にあらがってきた。強い方(イスラエル)が困らなければ、和平に向けての推進力は生まれない。いつかは対等、いつかは共存というのは幻想なのかもしれない」。自身に再確認するように言葉をつなぐ。

和平の暗転を経験し、悲嘆や落胆のやりどころを未来に求めた。イスラエル、パレスチナの青少年を日本に招き、交流の場として非営利組織(NPO)「ピースフィールドジャパン」を立ち上げ、理事長の顔も持つ。

■「世界」はそもそも厳しい

中東3カ国を経た先の、インドはどう映るのか。これまでの駐在国とは桁違いに大国で多様な民族、宗教が混在している中で、やはりヒンズー対イスラムという大きな宗教対立がある。カースト制度など階層による職種が存在することには驚いた。一方、パキスタンや中国など隣国との緊張感やテロのリスクなどを「普通」に受け入れていることは中東にも通じ、「世界の常識にも思えてくる」。

インドはIT・ソフトウエア技術やモノをつくる力を持ち、地理的にはアフリカも狙える優位性がある。さまざまな観点から、日本の将来にとって間違いなく最重要国の一つで、大きな可能性を秘めていることを実感している。日本人にとってインドのみならず、新興国は生活環境、ビジネスリスクの双方で厳しく映る。だが、「こういう厳しさは世界では当たり前でむしろ日本が特別なのかもしれない」。

今月下旬、3年に及ぶインド駐在を終え、後ろ髪をひかれながら帰任する。「その次は?」と尋ねると、「宿屋のおやじさん」。意外な答えと思いきや、「それぞれ宗教や民族が異なる人たちが集まり、お互いを知り、尊重しあえるような場を作れればいいな」。これまで常に民族や宗教を起因とする争い、憎しみ、悲しみに触れてきただけに、「人」としてお互いの存在を認め合う平和な世界が訪れることを願っている。(インド版編集・久保亮子)


関連国・地域: インド
関連業種: マクロ・統計・その他経済政治社会・事件

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