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【農業通信】豪農業、カギはテクノロジーにあり 豪アグリテック協会会長インタビュー

農業大国のオーストラリアでは、優れたアグリテック企業が次々と誕生している。その半面、エコシステムの欠落や政府支援の不足、資金調達の壁など、多くの課題が商用化や業界全体の成長の足かせとなっているようだ。今月の「アグリ&フードTECH最前線第15回」では、アグリテック(農業テクノロジー)を取り巻く問題や今後の見通しについてオーストラリアン・アグリテック協会の創設メンバーであり会長のアンドリュー・コピン氏に話を聞いた。【オセアニア農業食品専門誌ウェルス編集部・石渡由香利】

――経歴と協会を立ち上げた背景を教えて下さい

私はオーストラリアの農業一家で生まれ育ちました。その後30年近く、企業の財務部門や投資銀行業務に携わってきましたが、8年前、農業分野に立ち返ろうと決め、業界をどう改善できるか模索し始めました。

協会は2年前に立ち上げました。国内に多くの素晴らしい農業テクノロジーが存在しているにもかかわらず、アグリテックは一産業としてみなされていません。農業でもエネルギー産業でもなく、産業界のはざまに落ちて重要な機会を逃している。協会は、アグリテックを産業として焦点を当てることで、スタートアップが政府やステークホルダーに働き掛ける際の支えになろうとしています。

また、投資家に対しては案内役の役割も果たしています。例えば、初歩的なことですがワイン用のブドウ栽培のテクノロジーに注力したい場合は、クイーンズランド州に行っても意味はなく、南オーストラリア州に行くべきです。また、畜産牛向けと青果向けとでは注目すべき企業は異なります。私たちは、投資家が求めているアグリテック企業を見つけられるよう支援し、協業を望む人たちとつなげていきます。

農業や研究分野の経歴しか持たない人と比べ、私は商魂たくましいというか、商用化にこだわっています。世界には多くの優れたアイデアがありますが、全てが生産者に価値をもたらすものとは限りません。私が重要視しているのは、生産者の生産性、収益性、持続可能性を向上させるテクノロジーサービスです。

オーストラリアは、オーストラリア科学産業研究機関(CSIRO)や各大学、民間部門の研究開発機関などを通して、研究とイノベーションの分野で世界をけん引しています。今私たちがやろうとしているのは、研究や知的財産を商用化して、オーストラリアだけでなく世界の生産者に現実として結果をもたらすということです。

――アグリテックの最近の傾向は?

顕著なのは、アグリテックの採用や認知が加速度的に広がっているということです。全国農業者連盟(NFF)は、オーストラリアの農業部門の生産高を2030年までに1,000億豪ドル(1豪ドル=約84円)規模に拡大する目標を掲げていますが、これにより農業従事者は「現在約650億豪ドル規模でしかないのにどうやって達成するんだ?」と、はっとしたのでしょう。そして、この疑問のカギはテクノロジーにあることに気づいたのです。私は、アグリテックの利用により、生産高を200億豪ドルは押し上げられると考えています。

さらに、世界のアグリテック製品市場が7,000億米ドル(1米ドル=約109円)と巨大であり、年間約8%の速度で成長していることも見逃せません。つまり、国内だけでなく海外にも需要があるということです。オーストラリアの持つ優れたイノベーションや研究を商用化できれば、生産高への追加200億豪ドルにプラスで、200億豪ドル規模のアグリテック輸出産業を創出できるでしょう。

テクノロジーの傾向で言うと、政府は、農業のデジタル化による生産性の向上や、カーボンニュートラルを達成するための技術に注目しています。また青果部門向けのテクノロジーが特に強く、IoT(モノのインターネット)分野のほか、センサーなどのハードウエア、衛星を使った測量技術などの分野でも、競争力のある多くのスタートアップが出てきています。

特に青果など作物向けの技術は浸透してきていると感じますが、畜産関連などは比較的進展が遅いようです。ただ、新型コロナウイルス流行により国境が閉鎖されてからは、農業部門の人手不足が深刻化していますので、テクノロジーの採択に目を向けるきっかけとなっていることは確かです。

――スタートアップが直面する主な課題は何でしょう

ことアグリテックに関しては、顧客にアプローチして契約を取り付けるまでのリードタイムが長いことが課題です。

例えばフェイスブックに広告を投稿して生産者に商品を宣伝しようと思っても、80%の生産者はフェイスブックをやっていないので、無駄ですよね。アグリテックの認知度が高まっているとは言っても、今の利用者は早期に技術を導入する初期顧客「アーリーアダプター」に限られている状況です。顧客に販売するまでのリードタイムが長ければ、損益分岐点に達するまでの道のりも長い。そのため、粘り強く続ける精神が必要となってきます。

また、投資が少ないことも問題です。オーストラリアには、アグリテック分野の投資家が多くはいません。1つだけ、テネイシャス・ベンチャーズというアグリテックを専門とするファンドが存在しますが、これも1年ほど前に立ち上がったばかりです。投資が少ないのには理由があって、今言った通り、リードタイムが長いからです。プロの投資家はなるべく早いリターンを求めますからね。つまりは、農業に何らかの形で関与する場合、長期的なタイムフレームを覚悟する必要があるということです。

――世界におけるオーストラリアのアグリテックの立ち位置は?

青果部門のテクノロジーやIoTにおいては特に、世界の最前線にあると言えるでしょう。オーストラリアの農業は世界と比較してレジリエンス(回復力)があり、過酷な環境で生き残るためこれまでに多くのことを学んできました。オーストラリアには多くのイノベーターがいますし、レジリエンスはイノベーションやアイデアの根源ですから、アグリテックのレベルも世界クラスです。

問題はどちらかというと、必ずしも全ての企業が海外展開を視野に入れるわけではないということです。また、投資が少ないので海外進出したくてもできないことが課題です。オーストラリア国内だけでは、グローバル企業となるには市場が小さすぎますので、事業拡大のためには海外展開を必ず考えるべきです。

海外投資家にとって、オーストラリアのアグリテックに投資するということは、オーストラリア国内での成長を促進するだけでなく、海外市場への進出を後押しすることになり、巨大な投資機会であると言えます。イスラエルや北米のスタートアップと比べ、オーストラリアのアグリテックは評価額が低い傾向にありますので、世界レベルの真に質の高いアイデアを、値打ち価格で買えてしまうことも多いでしょう。

――政府にはどんな支援を求めますか

まず、オーストレード(Austrade)やアグリフューチャーズ(AgriFutures)などの政府機関は、国内のアグリテックの開発を支援するため素晴らしい働きをしています。最近、連邦政府のリトルプラウド農業相と会話する機会がありましたが、農業におけるより優れたデジタル経済の創出を重要視していることは間違いありません。政府は特に、研究開発や国内の生産者への技術導入の面に注力しており、この点においてはよくやっていると思います。

ただ、アグリテックに関する包括的な戦略の打ち立てについては疑問が残ります。先ほども触れましたが、アグリテックを一産業として確立する動きがないので、世界をリードする技術として国際市場にアピールすることが難しいのです。

また、デジタルイノベーションの促進に取り組む連邦政府のモリソン首相や農業省だけでなく、エネルギー省などほかの省庁も、アグリテックのさらなる進化を支援する必要があります。なぜなら、アグリテックは農業部門の生産性を向上させるだけでなく、炭素排出を削減するなど、エネルギー部門やさまざまな産業に関わりがあるからです。ただ現状、閣僚が朝起きてアグリテックのことをまず考えるかというと、残念ながらそうではありません。ニュージーランドやイスラエル、英国などは、アグリテックを一産業として発展させるための明確な計画を策定していますが、オーストラリアは州ごとの支援プログラムは充実しているものの、連邦レベルでの戦略は発展途上です。

――オーストラリアのアグリテックは今後どうなっていくでしょう

世界の大手企業は、オーストラリアがイノベーションに優れていることを知っていますので、アグリテック企業への投資や買収を狙っている国際企業は多いはずです。これに加え、政府がエコシステムの構築を進めていけば、今後2~3年で数十億豪ドル規模の企業が複数出てくるだけでなく、「アグリテック版アトラシアン(オーストラリア発の世界的法人向けソフトウエア会社)」とも言える巨大企業も誕生するでしょう。

現代には、人口増加による食糧需要の拡大、温室効果ガスの排出削減、水資源やエネルギーの効率的利用など、テクノロジーの利用により解決できる多くの問題があり、業界にとっては追い風となっています。これらの問題はオーストラリアだけではなく万国共通ですから、今後アグリテックへのニーズが増えるとともに、企業は強い意志を持って新技術の開発を進めていくでしょう。

オーストラリアのアグリテック業界は非常に協調的で、協業に対してオープンです。人工知能(AI)やマシンラーニング、ロボティクスなど今注目度の高い技術は日本が得意としているのではと思っていますが、こういった技術をオーストラリアのアグリテックと統合すれば、ユニークなソリューションを生み出すことができる可能性があります。

優れたアイデアは多くありますが、ほかのテクノロジーや専門性を取り入れていかなければ、真に素晴らしい技術にはなりません。日本の企業にとっては、オーストラリアのアグリテックと協業することで、大きな商業化の機会が開けると考えており、そのために私たちの協会を大いに活用してもらえればと思っています。(了)

オンライン取材に応じたコピン会長

オンライン取材に応じたコピン会長


関連国・地域: オーストラリア
関連業種: 農林・水産

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