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【有為転変】第149回 MMTは幻想か

昨年半ば頃から米国では大きな話題となっていたのに、日本やオーストラリアの主要メディアではさほど盛り上がらなかった話題が、最近になってオーストラリアの全国紙で取り上げられるようになってきた。現代貨幣理論(MMT)のことだ。その背景には、新型コロナを契機に、膨大な支出増と歳入不足で財政赤字が雪だるま式に膨れ上がり、打ち出の小づちを求めていることがあるのだろう。新型コロナを機に進む財政構造改革で、MMTに再び光が当たり始めている。

28日付シドニー・モーニング・ヘラルドに掲載された風刺画を見て、思わずうなってしまった。オーストラリアのモリソン首相とフライデンバーグ財務相が話している。「模範を示すためにも、そろそろ我々もマスクをする時かな」「そのようだね……」。そして、2人がおもむろに付けたのは、新型コロナ用のマスクではなく、英国のサッチャー元首相と米国のレーガン元大統領の顔をかたどったマスク(面)だった――。

モリソン首相とフライデンバーグ財相の会話。「マスクを付けるべきかな」「そうだね」――。28日付SMHに掲載された風刺画。

モリソン首相とフライデンバーグ財相の会話。「マスクを付けるべきかな」「そうだね」――。28日付SMHに掲載された風刺画。

フライデンバーグ財務相は23日に発表した連邦財政報告で、来年度の財政赤字が1,845億豪ドル(約13兆8,970億円)に膨れ上がるとの見通しを明らかにしている。この赤字幅は戦後最悪の水準だ。

同財相はその翌日、ナショナル・プレスクラブで開かれた会見で、10月の新年度予算案の基となる財政政策について聞かれている。その際に、「サプライ面では、サッチャー元首相やレーガン元大統領の財政政策に刺激を受けている」と話したことが話題となっていた。スタグフレーションや高い失業率に直面して「新自由主義」的な政策を採った、米英のかつてのリーダーに「インスピレーションを受けた」という。

だが、新自由主義は、経済面で国家の介入を可能な限り無くし、緊縮財政や小さな政府、自由競争社会にするという主義だ。いささか戸惑うのは、新自由主義はデフレを招く経済政策であり、新型コロナの経済危機の渦中で、オーストラリアが現在目指している政策とは正反対だろうと思われることだ。

オーストラリア政府が危機対策として導入した給与補助策「ジョブキーパー」や失業給付金「ジョブシーカー」などの政策は、手厚い国家の介入を示す。また5月には、過去最大規模となる190億豪ドルの10年国債入札を実施。今年度は1,500億豪ドルと国債発行をさらに増やす見通しだ。こうした政策は、むしろMMTの方により近いと思われる。

■MMTと似た制度も

実際、最近は全国紙でMMTについて論じる記事が多くなっている。

MMTは、ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授などが提唱している経済理論で、「自国通貨を発行する政府は、インフレを制御できる限り、累積債務の規模にこだわらず、財政出動が可能」という理論だ。

要するに、通貨発行権のない地方政府や共通通貨を持つ欧州諸国はダメだが、米国や日本、オーストラリアなどは可能で、国債をどれだけ発行しても心配いらないということになる。「自国通貨建ての債務なら、どれだけ債務が増えても財政は破綻しない」ためだ。

国債残高が長年にわたって膨張しているのに一向にインフレにならず、長期金利も上がらず、財政破綻していない日本がその正しさを証明している、と言われる。

昨年、その理論を知った時には衝撃を受けたものだが、あまり日本国内では盛り上がらなかったことに失望し、MMTには現実的な欠点があるのだろうかと、支持派と批判派の主張を比べていた。

実はオーストラリアにも、MMT提唱者の一人として、「MMT」の名付け親でもある、ニューカッスル大学のビル・ミッチェル教授がいる。ミッチェル教授によると、1970年代のオーストラリアでは、MMTと似たある制度が導入されていたという。出荷する羊毛量にかかわらず、羊毛農家の収入を安定させる「羊毛価格スキーム」だ。

同じように、MMTは、政府が一定の補助金(賃金)を支払ってすべての就業希望者を雇い入れる「就業保証プログラム」を提唱する。経済危機に支出を拡大し、逆に好景気に縮小することで、雇用安定機能を果たすと主張している。この賃金は、事実上の最低賃金となり、民間部門の労働条件改善にもつながるという。このことはまさに、オーストラリアが舵を切るジョブキーパーのような政策と似ている。

■増えるMMT支持者

オーストラリアの経済団体エコノミック・ソサエティー・オブ・オーストラリア(ESA)がこのほど、国内の主要エコノミスト50人を対象に実施したアンケートで、「たとえ公的債務が飛躍的に膨れ上がっても、経済危機にあれば政府は財政支援を続けることに同意するか」との問いに、「同意する」と回答した割合は、実に88%に上った。実際、MMTの支持者もオーストラリア内で増えているという。

政治家ではなく、財務官僚が国の財布をガッチリ握る日本と違って、オーストラリアはMMT支持派の政治家が政権首脳にいれば、案外たやすく実施してしまいそうな国だ。ただしその際には、タカ派の超右派やグリーンズの超左派が、際限なく予算を要求しそうで怖い気もするが。【NNA豪州・西原哲也】


関連国・地域: オーストラリア
関連業種: 社会・事件

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