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【プロの眼】アジアに根を張る インド人街と料理

インド食文化のプロ 小林真樹(3)

海外渡航が難しくなった新型コロナ禍の現在、日本では改めて国内にあるものを見直す人たちが増えています。アジアに滞在している皆さんの身近にも、それぞれの国で独自に進化したインド人街や、そこで食べられている料理の中に、今までは気がつかなかった意外な発見があるかもしれません。

NNAカンパサールを読んでいる皆さんは、アジア各国に駐在・生活する方も多いと思います。アジアの都市部には、大なり小なりインド人のコミュニティが存在します。

さまざまな事情を抱えながらインド亜大陸を後にした彼らはアジア各国に定住し、やがて生活圏や商圏となるインド人街をそこに形成していきます。

ひと口にインド人街といっても一様ではなく、タイではタイ式の、シンガポールではシンガポール式の、何世代にもわたる定住によって変化した各国各様のインド文化がそこには見られます。

■インド系のるつぼ、シンガポール

古くから南インド・タミル地方からの移民が多いシンガポール。タミル語が公用語の一つとなっているほどです。インド人街のリトルインディアにはカレーの店が集まり、新型コロナ感染症の流行前までは大勢の観光客でにぎわっていました。

朝のリトルインディア。テタレ(ミルクティー)と共に朝食を食べるインド系男性たち=シンガポール(筆者提供、以下全て同)

朝のリトルインディア。テタレ(ミルクティー)と共に朝食を食べるインド系男性たち=シンガポール(筆者提供、以下全て同)

中でも名物になっているのが、入植直後の貧しいタミル移民が市場で廃棄される魚やその尾ひれで作ったごった煮料理がルーツといわれるフィッシュヘッド・カレー。バナナリーフ・アポロやムトゥース・カリーといった高級店が、その代表格です。

この国のインド人街の魅力は、何といっても年代や地域を超越した雑多なインド亜大陸の人々が織りなす濃密な空間です。

タミル系移民だけではなく、アフガニスタン国境近くからやって来たパシュトゥーン人、過密な人口と大河で知られるバングラデシュ人、ヒマラヤのふもとから来たネパール人といった人々。

安定した経済に吸い寄せられるように集まり、それぞれが隣り合わせにコロニーを形成し、郷土料理を食べさせる小店などを開いています。

このダイナミックな移民の味や混交ぶりの中にこそ、アジアにおけるニューヨークともいえるシンガポールならではの醍醐味(だいごみ)が感じられるのです。

■ご当地料理に定着、マレーシア

マレーシア、インドネシアではスズ鉱山やゴム農園などが大規模に開発され、労働力として多くのタミル系が入植しました。マレーシアの場合は英国領だった20世紀初頭に特に多く入り、現在は4、5世代目の子孫が両国のインド人街を構成しています。

クアラルンプール市内には、ブリックフィールズ、マスジッド・インディア周辺、バンサール、という大まかに三つのインド人街が存在します。

マレーシア生まれのインド料理、ナシ・カンダールの店=マレーシア・クアラルンプール

マレーシア生まれのインド料理、ナシ・カンダールの店=マレーシア・クアラルンプール

最も大きいのがブリックフィールズで、通りを歩くとシンガポール同様にインドのチェーン店の看板も多く見かけます。

活気があって通りでもひときわ存在感を放っているのがマレーシア生まれのインド料理、ナシ・カンダールの店。

マレー語でナシは「米」、カンダールは「てんびん棒」を指します。入植当時、彼らの祖先が同胞向けの食事の行商に使ったもので、それがインド系の庶民的な食堂メシの通称となって定着したそうです。

マレー系の店と同じく、まず皿にライスを盛って、ずらりと並ぶバットに入ったおかず類を載せてもらう仕組み。香辛料の効いたうまそうな料理は、名前が分からなくても指差し注文できるのが外国人には助かります。

ナシ・カンダールの店は既に現地化されてインド人街以外の場でも多く見かけます。客層もマレー系や中華系などを問わず、雑多なマレーシア人たちが普段使いする街中のありふれた大衆食堂となっています。

■コンパクトな通りに屋台、インドネシア・スマトラ

無数の島からなる広大なインドネシアで、インド系が最も多く住むのがスマトラ島のメダン市です。

スマトラ島のインド人街「ジャラン・ヒンズー」。屋台や露店が多いのが特徴=インドネシア・メダン

スマトラ島のインド人街「ジャラン・ヒンズー」。屋台や露店が多いのが特徴=インドネシア・メダン

小さな村が点在するに過ぎなかったスマトラ島ですが、19世紀にタバコやゴムの農園開発により多くのインド系労働者も流入。その集荷地が現在の北スマトラ州の州都メダンでした。

メダンのインド人街はジャラン・ヒンズーという通りで、1884年に建立された古式ゆかしいマリアンマン寺院が目印です。

名称こそ「インド人通り」という意味ですが、シンガポールやクアラルンプールのインド人街に比べるとかなりこじんまりしています。

通りに並ぶ屋台や露店を見ると、米料理のナシ・ビリヤニのようにマレーシアのナシ・カンダールの店と共通するものがある一方、鶏を炭火でローストしたアヤム・バカールや、羊肉入りの炊き込みご飯であるナシ・ケブリなど、名前だけではインドネシア料理との区別がつかないものやアラブ圏由来の料理などもたくさんあることに気付きます。

インド系の店員と話してみても、母語のはずのタミル語が話せない若者たちも既に少なくありません。食だけではなく文化そのものの現地化が進んでいることが分かります。

■観光向け新店増える、タイ・バンコク都心

日本人にもおなじみ、ほほ笑みの国タイ。近年目立つのがインド人観光客です。インドの好調な経済を背景に、旅行先として身近になったタイを選ぶ人が急増しているのです。

タイにあるインド料理店。観光客向けのきらびやかな内装が印象的=タイ・バンコク

タイにあるインド料理店。観光客向けのきらびやかな内装が印象的=タイ・バンコク

バンコク都心部のプラトゥーナム地区は手ごろな衣料品市場で有名ですが、ここ数年はインド人観光客が集中。コロナ禍前などは、夕方ごろ界わいを歩くとあまりの人の多さにまるでインドにいるかのように錯覚したほどです。

このプラトゥーナム地区や高級店の並ぶスクンビット地区ではインド料理店が増えています。繊維関係の貿易業を営む古くからの印僑たちが、増大する観光客を当て込んで飲食業に進出しているのです。

中には、本国にはない独創的なメニューを考案したり、インドで製作される「ボリウッド映画」風の店構えにしたりと、アイデアをひねっています。

インド人観光客の解放感を刺激するような非日常的な料理を提供する店が目立つのは、そのオーナーが元々飲食店の経営者ではないからかもしれません。バンコクは自由な発想で新しい感覚のインド料理が生み出される場ともなっているのです。

ここまで東南アジアについて紹介しましたが、重慶大厦(チョンキンマンション)という一棟の雑居ビルにインド系移民が濃密に集中する香港や、ソウル・東大門の北側を中心にネパール人経営のインド料理店が集まる韓国など、東アジア各国でもインド人街は独特の魅力を放っています。

このように自身に身近なインド人街を見つけ、本場とは一味違う味を堪能するのもまたインド料理の楽しみ方なのです。

インド系移民が集まる雑居ビル「重慶大厦」=中国・香港

インド系移民が集まる雑居ビル「重慶大厦」=中国・香港

ソウルにあるインド料理店=韓国・ソウル

ソウルにあるインド料理店=韓国・ソウル

<筆者紹介>

小林真樹(こばやし・まさき)

インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表。1990年ごろからインド渡航を開始。以降、毎年渡印を重ねる。最大の関心事はインド亜大陸食文化。食器の仕入れを兼ねてインド亜大陸の各地を、営業を兼ねて日本全国各地を、くまなく食べ歩き踏破している。近著に『日本の中のインド亜大陸食紀行』(阿佐ヶ谷書院)、『食べ歩くインド』(旅行人)。

※特集「プロの眼」は、アジア経済を観るNNAのフリー媒体「NNAカンパサール」2020年12月号<http://www.nna.jp/nnakanpasar/>から転載しています。


関連国・地域: インド日本
関連業種: サービス社会・事件

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