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【4000号特集】アジア経済はいずれ回復する 中尾ADB前総裁に聞く

新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を受けたアジア経済は、調整局面を経て再び堅調な成長に向かう――。アジア開発銀行(ADB)総裁として約7年間にわたりアジア諸国の成長を目にしてきた中尾武彦氏(現みずほ総合研究所理事長)は、コロナ禍でも「グローバルな人やモノのネットワークが大きく逆戻りすることはない」と強調する。開放的な貿易・投資体制の下で成長を遂げた東南アジア経済を取り巻く現在の状況や、今後予想される課題などを聞いた。

コロナ禍でも「グローバルな人やモノのネットワークが大きく逆戻りすることはない」と語る中尾武彦前ADB総裁=10日、東京(NNA撮影)

コロナ禍でも「グローバルな人やモノのネットワークが大きく逆戻りすることはない」と語る中尾武彦前ADB総裁=10日、東京(NNA撮影)

2020年4~6月期の東南アジア諸国連合(ASEAN)主要国の国内総生産(GDP)は、ベトナムを除き軒並みマイナス成長となった。中尾氏は新型コロナの影響について、「当初考えていたより長引いており、経済活動だけでなく生活、教育などさまざまな分野に影響を及ぼしている」と指摘。一方で、1900年代初頭に流行したスペインかぜを例に挙げ、「過去を振り返れば永久に続いたパンデミック(世界的大流行)はなく、相当の調整が必要になったとしても経済活動はいずれ堅調さを取り戻す」と予測する。

新型コロナでサプライチェーン(調達・供給網)が混乱し、経済のグローバル化が後退するとの見方が一部で出ている点については、アジア経済が開放的な貿易・投資体制を共通基盤とし、各国とのサプライチェーンの構築を背景に成長してきた点に言及。「グローバルな人やモノのネットワークが大きく逆戻りすることはなく、今後もこの流れを止めるべきではない」と訴える。

東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や環太平洋連携協定(TPP)などの経済、貿易協定についても止めるべきではないとの立場だ。「貿易の自由化は関税、非関税障壁が下がる効果と同時に、さまざまな議論を通じて一つの経済圏だと意識することに何より地政学的な意味がある」とその意義を強調する。

■存在感増す中国

ADB総裁任期中に、アジアにおける中国のプレゼンスは一層拡大した。激しさを増す米中の対立だが、ASEAN諸国の本音について、中尾氏は「米中のどちらにつくかの選択を迫られることを嫌がっている」と代弁する。資金力が大きい中国との貿易、投資や観光客の誘致が経済成長には必要なため、ASEAN諸国は中国との関係を大事にしたいと思いつつも、米国の軍事力を後ろ盾とした「パクスアメリカーナ(米国による平和)」の状態が大きく変わることは望んでいないとみている。

一方で中国に対しては、「自分たちの行動が国際社会にどういう印象を与えるかを深刻に理解する必要がある」と注文を付ける。米国が警戒感をあらわにするハイテク産業育成策「中国製造2025」や、南シナ海の領有権問題、オーストラリアとの関係悪化など、中国が自己主張を強めることで各国がネガティブに反応し、中国自身が利益を損ねていると説明。「中国は自国を開発途上国だとしているが、経済的規模、地政学的プレゼンス、そして今や技術力などから紛れもない大国であり、普通の途上国であれば許される産業政策であっても、各国は警戒せざるを得ない」との認識を示す。

中国は、2015年に発足したアジアインフラ投資銀行(AIIB)でも主導的役割を果たしている。当初はADBと競合するとの警戒感もあった。ただ、中尾氏はそうした見方には与せず、AIIBのスタッフがまだ300人程度なのに対しADBは3,500人に上る点、19年の融資実績が40億米ドル(約4,200億円)と、同年のADBの実績の5分の1以下の水準にとどまった点や、ADBとの協調融資が実現していることなどに触れつつ、ADBの経験に基づく協力関係によりAIIBの運営がより適切になるとの見方を示す。

日本の参加については「税金から数千億円を出資して加盟するよりも、外から率直に意見を言える環境を維持しながらAIIBに協力していくことが良い」と述べ、日米主導のADBがAIIBに協力することは協調のシンボルにもなるとみている。

■経済発展に向けた8条件

1967年に発足したASEANは、当初の反共国家の集まりから、今やGDPの合計が約3兆米ドル、総人口が約6億5,000万人の一大経済圏に成長した。中尾氏は、かつて一部の途上国が輸入代替による工業化や保護貿易政策を推進し、国内産業の競争の欠如や非効率性から外貨不足などを招いたのと対照的に、開放的な貿易・直接投資という良好な外的環境の下で、市場と民間セクターがけん引し、東南アジア経済が成長を遂げてきた点を強調する。

中尾氏は、以前から経済発展に向けては「8つの条件」があることを訴えてきた。その詳細は、ADB総裁時代を振り返った近著の「アジア経済はどう変わったか アジア開発銀行総裁日記」(中央公論新社)などに書かれているが、それによると「開放的な貿易・投資体制、民間セクターの促進」「インフラへの投資」などとともに、「政府のガバナンス」「政治や治安の安定」が欠かせないという。アジアの戦後の経済的成功は、「効果的な政策と強い制度によってもたらされた」とし、政府がさまざまな枠組みを整えることにより市場経済と民間活力を生かす機能が不可欠と話す。

例えばベトナムは、ドイモイ(刷新)政策が提唱された1986年以降、開放政策で海外から直接投資を呼び込み、国民所得の引き上げや内需拡大を実現している。勤勉な国民性もありポテンシャルは高いとみる一方で、ガバナンス面では課題が残ると指摘。「自由主義的な環境を損ねないようにしつつ、いかに政治的な安定を続けていくか」が、今後の成長の鍵になると分析している。

タイでは2014年のクーデター以降、権威的な傾向が強まっているが、東南アジア各国の歴史を見ると、権威主義から自由主義に移行し、開放的な政策を推進することで経済がより発展したと指摘。同国が目指す「中進国のわな」からの脱却に向けては、ビジネス活動の予見可能性、自由度があり、知的な生産が行われることが必要とみる。

「8つの条件」には「社会の平等度」も含まれる。ASEAN諸国の多くが急速な経済発展を遂げた一方、貧富の差は広がっており、新型コロナでさらに格差が広がるとの懸念がある。中尾氏は「市場に任せておいても、貿易や海外からの直接投資で雇用機会は増え、途上国における絶対的な貧困は減るが、所得格差は拡大する。格差解消には政府が何かしらの手を打つ必要がある」と強調。「この問題を放置したままにしておくと、社会、政治的に不安定になる。単に不公平という問題だけでなく、成長自体がサステナブル(持続可能)なものではなくなってしまう」と警鐘を鳴らす。

ジェンダーへの対応についても、東南アジアでは女性の社会進出が比較的進んでいるとされるが、貧困層出身のメイドなどの低賃金労働に支えられている面もあり、さらなる所得格差解消、女性の教育や医療などへの支援が必要と指摘する。

■日本との関係が双方向に

東南アジアと日本との関わり方も変化している。現在は中国の存在が目立つが、70年代はASEANにとって日本は最大の輸出先で、80年代以降は日本企業が直接投資で大きな役割を担うなど大きな貢献をした。もちろん、円借款などによる援助が道路や港湾、電力などのインフラ整備を助けたことも大きかった。

中尾氏は、日本からの直接投資が生活関連やサービス業など各国の国内市場向けにシフトしつつある点や、日本へのインバウンド客が増加している点などに触れ、日本とASEANの関係が双方向的なものになってきているとし、日系企業に対し「今後も東南アジアのポテンシャルをうまく活用してビジネスチャンスにつなげていくべきだ」と呼び掛ける。「昔は途上国への貢献という考え方も日本政府には強かったが、今は日本企業の現地での活発な経済活動が東南アジアの成長や豊かな生活を支えるとともに、日本企業、日本経済にも利益をもたらす。同時に人のつながりをさらに強めていくことも今後の重要な課題だ」と語る。

<プロフィル>

1956年3月生まれ。兵庫県出身。78年に東京大学経済学部卒業後、大蔵省に入省。主計局主計官、国際局開発政策課長、在米国大使館公使、国際局長などを経て、2011年に財務官。13年4月から20年1月までADB総裁を務め、20年4月からみずほ総合研究所理事長。政策研究大学院大学客員教授(アジア開発史)、東京大学公共政策大学院客員教授(国際経済政策)を兼職。著書に「アメリカの経済政策」、「グローバル化と財政」(共著)などがある。20年6月に「アジア経済はどう変わったか アジア開発銀行総裁日記」を上梓した。


関連国・地域: 中国タイベトナムミャンマーカンボジアラオスマレーシアシンガポールインドネシアフィリピン日本ASEAN米国
関連業種: 金融マクロ・統計・その他経済政治

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