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【有為転変】第142回 進むも地獄、退くも地獄(下)

オーストラリアの新型潜水艦プロジェクトを巡る3回連載の最後。共同開発を進めるフランス政府系造船会社ネイバルはこれまで、地元生産割合は50%を下回ると発表して批判が渦巻いていたが、最近60%を目指すことで合意したと報じられている。だがそれでも、オーストラリアにとって、ネイバルとの契約破棄の選択肢は依然として消えていない。そこであらためて浮上しているのは、将来的な原子力潜水艦の選択肢だ。

前々回の当連載(「第140回(上)」)で、ネイバルとの契約を破棄する可能性を、豪国防省や海軍が避けようとしていたことを書いた。

2月25日付オーストラリアンによると、ネイバルはオーストラリア国内の猛烈な批判を受けて、建造が開始される2022年から国内企業への発注割合を60%にすると契約に明記する方針のようだ。主要モーターとスイッチボード、ミサイル発射システムなどの主要部品は既に海外に発注済みのため、その他の部品調達をオーストラリア国内に振り向け、地元発注の割合を60%に引き上げるという。

■スウェーデンと再提携?

だが、それをしたとしても完成が1年近く遅れ、契約額が天文学的に膨れ上がっている状況は同じだ。しかも潜水艦に装備する米国のミサイルシステムは、ネイバルとは共有できないことも大きなリスクになっている。

万が一両国間の問題がこじれた結果、オーストラリア政府が実際に契約破棄を選択したとしたら、新型潜水艦プロジェクトの行方はその後どうなるのだろうか。このことについて、2月14日付のオーストラリアン紙が2つのケースを予測していた。

1つ目は、現在保有するコリンズ級潜水艦の建造とメンテナンスを行う地場造船会社ASCに、進行中の開発・設計業務を引き渡すケースだ。それでもネイバルの関与は必要になるが、現在と比べると格段に関与割合は少なくなる。しかし重要なことは、そうすることでASCの調達サプライチェーンを自在に使うことができる利点が生まれる。

2つ目は、日本でもドイツでもなく、スウェーデンの航空機・軍需品メーカー、サーブ(SAAB)と提携することである。サーブはオーストラリア国内の事業歴は長く、数年前にはコリンズ級潜水艦を設計したコッカム(Kockum)社を買収している。

サーブは2015年当時、長年潜水艦を製造していないとして共同開発入札からは外されていたが、最近はスウェーデン国内用に潜水艦2隻を建造しており、ASCのエンジニアも参加している。しかも現在、オーストラリアの状況と似た、オランダの潜水艦事業に応札しているという。ネイバルにとって、サーブはライバルであり、オランダも今回のネイバルとオーストラリアの騒動を注意深く見守っている。

レイノルズ豪国防相は、潜水艦建造の進ちょく状況を確認するため、フランスのパルリ国防相と3カ月ごとに会議を開くことにした。だがレイノルズ国防相は、2月にミュンヘンで開かれた安全保障会議で、オランダやスウェーデンの外相とも会談したもようだ。オーストラリアはネイバルに圧力をかけるため、ライバルに事業を引き渡す可能性をちらつかせている形だ。

■原子力潜水艦の推進も

モリソン政権の中には、ネイバルとの契約破棄を強く主張する層が確実にいる。その中に厳然と存在するのが、原子力潜水艦の導入論者だ。技術競争が日進月歩の軍事業界にあって、10年以上後の将来は原潜でなければ太刀打ちできないとの考えがあるためだ。

だが現実的には、オーストラリアは国内に原子力産業がないため原潜を数十年間は保有できない。原潜を保有する国はすべて確固とした原子力産業が国内で発展しているためだ。

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そこでオーストラリアン紙のグレッグ・シェリダン論説委員は「国内で原子力発電の導入を推し進めたらどうか。それが炭素排出量の削減に寄与し、国内電力不足を補う安全保障にもなる」と指摘している。シドニー郊外に医療用の原子力研究所があるが、大掛かりな原子力発電を堂々と主張したらどうかという意見だ。

現在オーストラリアにとっては原発導入は絵空事だが、原発に必要な天然ウランの埋蔵量は、オーストラリアは断トツの世界1位だ。国内には研究開発以外に原子力発電施設がないため、ウランはほぼ全量が国外へ輸出されている。当初は核不拡散防止条約(NPT)加盟国だけに輸出してきたが、非加盟国のインドにも近年ウラン輸出を開始したばかりだ。

折しも、国内では電力不足が深刻化している中で、石炭火力に対する反発も根強い状況だ。

モリソン政権は実際、新技術導入の一環として小型原子炉の検討を始めており、原発に反対してきた労働党も態度変更を求められている。

オーストラリアのメディアでは確かに、去年頃から原発導入支持に関する記事が格段に増えている。これは、原発導入に向けた国内世論形成の布石ともいえる。

ある軍事アナリストは「プランAに引きずられるほど、プランBに変える時間は短くなる」と警告を鳴らす。進むも地獄、退くも地獄の状況は変わらないが、潜水艦事業を改革するドラスチックな決断が近くあるかもしれない。(了)【NNA豪州・西原哲也】


関連国・地域: オーストラリア
関連業種: 政治社会・事件

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