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【ASEAN】ツナ缶大国・タイ、人件費高騰のワケ

タイ・ツナ缶業界の曲がり角(1)

「我々は、従業員の権利を尊重します」―ドアを開けておもむろに飛び込んできたのは、どこかの労働組合の本部かとも思うような標語。タイのツナ缶業界の業界団体である、タイツナ産業協会(Thai Tuna Industry Association)の本部の壁に高々と掲げられたこの言葉こそが、現在タイのツナ缶業界が直面している苦境の一つを物語っている。

世界最大のツナ缶生産国で鳴らしたタイも、人件費の高まり、原料となる魚の調達価格の上昇、バーツ高といった複合的な要素から、成長率が鈍化している。

2017年7月6日付NNA記事、「ツナ缶輸出が目標下回る見通し、バーツ高で」(https://www.nna.jp/news/result/1631425)によれば、対米ドルでバーツ高が進んだことから、同年のツナ缶の輸出額が目標の800億バーツ(約2,660億円)を下回るとの見通しを伝えている。

成長の曲がり角に直面しているタイのツナ缶業界で、何が起こっているのか、また現地の大手企業はどのように対応を取ろうとしているのか。タイのツナ缶製造が直面する問題は、タイの他の産業にも共通する課題として存在する。今回のシリーズ「タイのツナ缶業界の曲がり角」ではその実態を取り上げるとともに、そこから見えてくる日本企業の機会も考えていきたい。

■実は世界一のタイのツナ缶業界

タイにおけるツナ缶業界と聞いても多くの人にとってぴんと来ないのではないだろうか。実はタイは、世界最大のツナ缶生産国だ。

タイで初めてマグロ類缶詰の生産を手がけたのはオーストラリア資本であると言われている。水産会社、極洋水産株式会社(静岡県焼津市)の川本太郎氏によると、「1980年代初めにオーストラリアの会社が現地で漁獲されるコシナガ等の熱帯性小型マグロ類が有効利用されていないことに着目し、現地に缶詰工場を建設、まぐろ類缶詰の生産を開始した」という。

タイのマグロ類缶詰産業は、安価な原料供給、安価な人件費といった恩恵に支えられ、1980年代には生産量1位の米国に次ぐ、世界2位まで急激に拡大した。その後も成長を続けタイは2001年以降世界最大のマグロ類缶詰生産国となった。タイは15年でも55万Mトンと、2位のスペインを引き離して1位の座を保持している(図表1参照)。

ところが、タイ現地ではツナ缶の国内消費はそれほど多くなく、ほとんどが輸出用だ。また、ツナ缶で使われる魚も、国内でとれるものは限られており、これもまたほとんどが輸入されている。

最終消費地でもなく、また原料供給地でもないタイが、なぜ世界1位の生産国まで上り詰めることができたのか。それは、主に以下の要因が存在する。

(1)ツナ缶製造で必要となる作業員の確保が比較的安価で行えたこと

(2)主要な原料魚であるツナのほとんどが西太平洋・インド洋で漁獲され、その集約地点として適しており、比較的安価で原材料の魚を調達できたこと

(3)日本をはじめとするツナ缶製造の先進国から積極的に加工技術を吸収し、それなりに安定した品質の製品が行えるようになったこと

我が世の春を謳歌していたタイのツナ缶業界だが、一転して現在の苦戦の一因は、今まで自らの強みだった要因が、むしろマイナスに跳ね返ってきている。

■外国人労働者と増加する人件費

タイのツナ缶工場に足を踏み入れて気が付くことは、工場のいたるところに記載されている指示や案内が、ほとんどミャンマー語やクメール語で書かれていることだ。実際広い工場を見回してみると、ラインでツナ缶製造に従事している方は、ミャンマーやそれ以外の周辺国からの出身者が多い。

近年人件費の増加が著しい東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国の中で、特にマレーシアやタイの工場では、ミャンマーやネパールといった周辺諸国からの出稼ぎ労働者が従事している割合が多くなってきている。それがより顕著にみられるのが、ツナ缶製造ラインだ。

ツナ缶の製造においては、原料の魚を解凍し、加熱加工したうえで、魚の身を取り出し、缶に詰めていくが、その過程の中で最も人が関与するのが魚の身の部分の取り出し工程だ。骨から身をはがし、かつ骨や内臓の周りについた魚の身を丁寧に取り出していく作業は、製造工程の機械化が進んだ現在でも、人間の手作業でないとなかなか対応ができない。

著者が会った中堅のツナ缶製造会社の幹部は言う。「ツナ缶の製造プロセスにおいて、こうした作業は人手に頼らざるを得ず、かつそうした作業員を100人単位で雇い入れる必要がある。ただ、昨今の人件費の高騰で採算ラインに乗らないこともあり、そうなるとラインを減らさざるを得なくなっている」

なお、労務関連の制約は工場の中だけではない。むしろ、タイのツナ缶業界は工場外での労務問題で世間の耳目を集めることになってしまっている。

■海外人権団体から注視されるタイの大手ツナ缶会社

2014年頃に海外メディアが、奴隷労働で採取された漁業資源がタイを経由して世界市場に流通している可能性があると報道したことで、最近タイで水産関連業界における強制労働の問題の記事を見ることが増えてきた。これらの情報によると、奴隷労働に従事させられていたのはミャンマー人などで、タイ経由でインドネシアに送られ、漁船での労働を強要されていた。漁船で採取された漁業資源がタイ国内の水産業者に送られ、欧米をはじめ世界市場に流通していると報じられた。こうした業者のなかにタイのツナ缶最大手のタイ・ユニオングループも含まれていたという。

例えば、14年6月24日のNNA記事「米国の制裁対象入り、水産物業界など懸念」(https://www.nna.jp/news/result/103444)によると、米国当局がタイの人身売買や強制労働に関する状況のレベルを制裁対象となりうる最低評価に引き下げたことを受けて、タイ・ツナ産業協会、タイ外洋漁業協会、タイ冷凍食品協会、タイ飼料製造者協会、タイ・インスタント食品協会など関連業界8団体は同年6月23日に対応を協議したことを告げてる。

同記事によれば、米国務省はこれに先立って世界各国の人身売買の取り組み状況をまとめた年次報告書を発表。タイがエビ、衣料、サトウキビ、魚、ポルノ媒体の5品目について、人身売買や強制労働について関与しているとし、タイの格付けを3段階の2段階目(Tier2)から、制裁の対象となる最低レベル(Tier3)に引き下げた。

これ以降も、継続的にタイのツナ缶業界は、外国人の人身売買や強制労働の温床としてみなされ、海外での不買運動や視察団の受け入れなどの対応を迫られた。

こうして、タイのツナ缶業界は国際社会から外国人労働者への処遇に対して、常に厳しい目で見られており、結果として今まで以上にしっかりとした人件費の支払いを行う必要になり、コスト上昇につながっている。

この記事の冒頭に記載したように、「我々は、従業員の権利を尊重します」などと、業界団体の壁に大きく書かれていたら、実際どんなブラックな産業なのだとすら思ってしまう。ただ、実際国際世論からブラックな産業だと激しくバッシングされてきたからこそ、このような標語を業界団体が大々的に掲示しているのだ。

次回は、ツナ缶業界が直面するもう一つの大きな課題である、ツナ価格の上昇について説明する。

<筆者紹介>

杉田浩一

株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役。カリフォルニア大学サンタバーバラ校物理学および生物学部卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり複数の外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。2000年から09年まで、UBS証券会社投資銀行本部M&Aアドバイザリーチームに在籍し、数多くのM&A案件においてアドバイザーを務める。また09年から12年まで、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて、在日副代表を務める傍ら東南アジアにおけるM&Aアドバイザリー業務に従事。

12年に、東南アジアでのM&Aアドバイザリーおよび業界調査を主要業務とする株式会社アジア戦略アドバイザリーを創業。よりリスク度の高い東南アジア案件において、質の高いアドバイザリーサービスの提供を目指してASEAN各国での案件を遂行中。特に、現地の主要財閥との直接の関係を生かし、日系企業と現地企業間の資本・業務提携をサポートしている。


関連国・地域: タイミャンマー日本
関連業種: 食品・飲料農林・水産マクロ・統計・その他経済

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