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【外国企業の日本戦略】画像認識技術で自動運転 【第12回】センスタイム、ホンダと開発へ

人工知能(AI)を用いた画像認識技術で中国トップ企業のセンスタイム(商湯科技)グループが2016年、日本に進出した。同社の世界最先端の画像認識技術と日本の緻密な技術力を融合することで、日本の産業界に新風を吹かせようとしている。目指すは「AIで日本の産業を元気にする」こと。ホンダ子会社と提携し、自動運転の実現もサポートしていく計画だ。

センスタイムジャパンのディープラーニングを用いた車・歩行者の認識技術は自動運転への活用が期待されている(同社提供)

センスタイムジャパンのディープラーニングを用いた車・歩行者の認識技術は自動運転への活用が期待されている(同社提供)

AIや画像認識の業界で、センスタイムの名前を知らない人はいないだろう。世界に先駆けて数千万人という膨大な顔画像のビッグデータを深層学習(ディープラーニング)させ、人間の目視を超える顔の認識率を実現した新興企業だ。画像認識研究の世界的な権威として知られる香港中文大学の湯曉鴎教授が01年に設立したMMLab(マルチメディア研究室)が母体。北京や深セン、香港などにそれぞれ拠点を構え、昨年1月に京都市に日本法人のセンスタイムジャパンを設けた。

設立からまだ2年足らずだが、「多くの日本企業から技術提携のお話をいただいている」と勞世コウ最高経営責任者(CEO)は日本での手応えを話す。

現在は企業経営に携わる勞氏だが、世界的に著名な画像認識の研究者でもある。中国生まれで、浙江大学を卒業後、日本に渡って京都大学に留学し、大手電気機器メーカーのオムロンに入社した。ここで技術リーダーとして開発した顔検出チップがデジタルカメラにイノベーションを起こした。

かつてカメラはファインダーをのぞき込み、真ん中にある焦点ポイントに顔を置かなければピントが合わなかったが、勞チームが2000年前後に開発したチップは、画面内にある顔を自動で見つけて焦点や露出を合わせられるようにした。どんな構図でも顔にピントの合った写真が撮影できるようにした革新的な技術だった。

「この技術は、実は中国の大学と共同研究してできたものだ」と勞氏。当時、高度な技術を持たないと思われていた中国だったが、「荒削りながらも光る技術」を持っている大学を勞氏らが見つけた。この技術をオムロンでブラッシュアップし、カメラに搭載できる小型チップを開発。「ほとんどのカメラメーカーに採用され、爆発的に売れた」という。

■ディープラーニングがもたらす大変革

だが、12年頃から中国勢のハイテク分野での存在感は日増しに高まってきた。勞氏らがオムロンで十数年間蓄積してきた顔認識の技術は、香港中文大学がわずか1年余りの開発で追い抜いてしまう。「悔しかった」と振り返る勞氏。香港中文大学の画像認識技術を飛躍的に向上させたのがディープラーニングだ。

顔認識で難しいのは、テレビのニュースキャスターのように顔がカメラに対し真っ正面を向いていたらいいが、左右に顔を傾けたり、見上げたり、下にうつむいたりして向きを変えると、とたんに誰だか個人を特定しずらくなることだ。光の当たり具合でも顔の輪郭が違って見えてしまう。

顔認識の最大の課題は、経年変化だ。人は歳を重ねれば髪が薄くなったり、しわが刻み込まれたりして人相が大きく変わっていく。「従来の顔認識の方法ではなかなかこれらの難題は解決できず、実用化に向けての大きな壁になっていたが、ディープラーニングが出てきて状況が一変した」

センスタイムの顔認識技術はスマートフォンでの本人認証などにも応用されている(同社提供)

センスタイムの顔認識技術はスマートフォンでの本人認証などにも応用されている(同社提供)

「ビッグデータ」と呼ばれる大量の顔画像のデータをディープラーニングで分析することで、認識精度が格段に向上したのだ。例えば、人間は家族や友人など普段から良く知っている人なら、ぼやけていたり、年代が違ったりする写真でもすぐに誰なのか判別できる。ところが、あまり見慣れない人物だと個人が特定しにくいことは、誰でも経験していることだろう。

そこで人間の脳と同じようにAIコンピューターに大量のデータを与えてディープラーニングさせたところ、数十年の経年経過であっても、同一人物かどうかを正確に見極められるようになった。それどころか、AIコンピューターは人間の脳の限界を超えて認識できるようになった。

「ディープラーニングを活用するには、中国企業のようにできるだけ多くのデータ、いわゆるビッグデータが集められる方が有利になる。ところが、日本には肝心のビッグデータを集められる環境がない。長年の技術の蓄積があっても、ビッグデータが使える中国勢とは勝負にならないと悟った」という勞氏は15年に、二十数年間勤めたオムロンを退職し、センスタイムに転職した。「中国企業はディープラーニングやAIで優位な立場にあるため、逆に日本の産業界に参入するチャンスがある」と考えた。

■強みは世界最先端とのネットワーク

センスタイムの技術は、中国でさまざまなブランド企業の商品やサービスに導入されている。華為技術(ファーウェイ)や北京小米科技(小米、シャオミ)などのスマートフォンに画像認識技術が生かされているほか、スマホを使った消費者金融向けサービスでは、スマホのカメラ撮影を通じて顔認証を行い、身分証明書の写真と同一人物かを判定する技術にも使われているという。日本でも良く知られたセンスタイムの技術としては、スマホアプリの「SNOW(スノー)」がある。これは犬やウサギなどの動物の耳や鼻がユーザーの顔に生えたようにみえるユニークなサービスで、世界の若者らの間で大流行した。動くものでも顔を認識する技術があってこそ実現できた。

勞氏は「中国は自国だけで14億人近い人口を抱える。市場としての魅力が大きいだけでなく、膨大なビッグデータが得られることが、中国のAI企業の成長を支えている」と指摘する。

中国では画像認識技術を使ったセキュリティー分野の需要も大きい。公安など中国当局が社会全体のセキュリティーの強化策を掲げているため、確実に市場が成長していくとみられており、関連技術を持つベンチャー企業は投資家からの巨額な資金を得やすい。

さらにセンスタイムがこれほどまでにAIの分野で存在感を高めている背景には、世界最先端の企業や研究者との間に構築したネットワークを通じて最先端の研究情報が入ってくることがある。「センスタイムの前身組織を立ちあげた香港中文大学の湯教授こそが、中国の画像認識研究の中心。ここを巣立った優秀な教え子の多くが米国シリコンバレーなど世界各地の最前線に散らばっている。AIや画像認識の技術は日進月歩で、研究のサイクルも速くなっている。学会や論文で発表されている研究内容はもう古い。研究者同士のプライベートコミュニケーションの重要さが高くなっている」のだ。

一方で、日本は米国など海外の大学に留学する若い人材が少なくなっているため、世界の最先端でどんな研究が進められているかの情報がほとんど入ってこない。だが勞氏は「細かい作業も厭わない日本人技術者の緻密さと、世界とのネットワークを持つ中国人技術者が得意とするアルゴリズム(コンピューターの計算方法)を合体させると非常に優れたものができる」と指摘する。それは、内外の垣根を越えて協力し合って新しいものを創造していく「協創」を理念に掲げたオムロンで、中国側と顔検出チップを共同開発した経験があってこそ分かるという。

「AIで日本の産業を元気づけるのが大きな夢」と語るセンスタイムジャパンの勞CEO=東京(NNA撮影)

「AIで日本の産業を元気づけるのが大きな夢」と語るセンスタイムジャパンの勞CEO=東京(NNA撮影)

■AIで日本の産業に活力を

センスタイムジャパンは今月7日、ホンダの研究開発子会社である本田技術研究所と、自動運転のAI技術に関する5年間の共同研究開発について契約を締結したと発表した。センスタイムの「移動体認識技術」「シーン理解技術」「リスク予測技術」などといった分野のAIアルゴリズムを発展させ、より高度な自動運転技術を開発する計画だ。市街地の複雑な交通状況でも自動運転を可能にすることを目指している。

勞氏は「人間の代わりに対向車や前後左右の走行車を見つけたり、自分が走行すべき車線、横断歩道を渡る歩行者を画像で認識したりする技術は、自動運転には欠かせない」と、ホンダとの共同開発に自信をみせる。

「AIで日本の産業を元気づける」ことがセンスタイムジャパンの大きな目標だ。今回の自動運転技術にとどまらず、さらに製造現場の自動化(ファクトリーオートメーション、FA)やロボット化のほか、高速道路や鉄道の安全保守などインフラ分野などにも画像認識の技術を積極的に提供していくことをもくろむ。日本法人の従業員は現在20人足らずだが、向こう1年で2倍、さらに1年で2倍に増やしていきたいという。

「まず日本が世界一の技術先進国だという思い込みを捨てるべき。外の世界で何が進められているのか、それを知らずに内に閉じこもって物事を判断すると、世界の大きな流れにはついていけなくなる。日本の産業の活性化には、海外との交流を増やすことが大事になると思う」と、勞氏は静かな口調で話した。(吉沢健一)

※特集「外国企業の日本戦略」は来年1月は休載します。2月から毎月1回(第1金曜日付)の掲載となります。


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関連業種: 自動車・二輪車IT・通信マクロ・統計・その他経済

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