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【有為転変】第110回 ニュージーランドの葛藤(下)

先週に引き続き、ニュージーランド(NZ)とイスラエルの不可解な関係について書いてみたい。一体なぜNZは、オーストラリアとたもとを分かつ形で、反イスラエルの立場で一歩踏み込んだのだろうか。昨年末、NZがイスラエル非難決議案を共同提出するまでの経緯を振り返ってみよう。

■マカリー外相の意思

イスラエル政府は、今回のNZによる強硬的な措置の背後には、マカリー外相自身による強い判断がある、と見ていた。NZのニュースサイトScoopによると、確かにマカリー外相は、閣議を経ないまま決議案を推し進めていたことが最近になって明らかになっている。

NZは、国連安全保障理事会の非常任理事国メンバーとして、マカリー外相主導で、同決議提出をこの2年間模索してきた。決議案を共同で提出したのは昨年12月22日。非常任理事国メンバーの任期があと1週間で切れる間際のことだった。しかも、今年9月に総選挙が予定されており、マカリー外相は引退することを既に表明していた。

米大統領選挙でトランプ氏が当選したことを受けて、マカリー外相は11月、米ケリー国務長官と非公式に会っている。マカリー外相は会談後、そこで踏み込み、米国とNZのどちらかが同決議の共同提案国になる可能性に言及した。

■イスラエルとの確執

NZにとっては、政治的な公正さの追求というよりも、背に腹は替えられぬ事情もあるようだ。

サウジアラビアやアラブ首長国委連邦(UAE)、クウェートの中東3カ国を一つの市場として見ると、NZにとって双方向の年間貿易額は約50億NZドルと、第8位の重要市場だ。それに比べてイスラエルはせいぜい約1億NZドル程度だ。オーストラリアとイスラエルの貿易額と比べても10分の1にも満たない。

その上、経済面以外でも、実はNZとイスラエルの間には、10年以上前からぎくしゃくする兆候があった。最初の事件は2004年にさかのぼる。

当時、偽のNZ国籍のパスポートを入手しようとしたイスラエル人2人が逮捕される事件があった。NZの当時のクラーク首相は、この2人がイスラエルの諜報機関モサドに所属するスパイだったとして、イスラエルを国際法違反で非難。イスラエルは2人がスパイであることを認めなかったばかりか謝罪もしなかったため、両国の外交関係は一時断絶された。

11年には、クライストチャーチで起きた大地震で死亡したイスラエル人が、5カ国のパスポートを持ち、仲間3人とNZ政府のコンピューターシステムに潜入しようとするスパイだった疑いが強まった。他の3人は全員、地震後12時間以内に国外に出ていたことも判明し、NZ国民の間ではイスラエル不信が強まった。

さらに14年には、NZ政府が新しい駐イスラエル大使をパレスチナ大使と兼任させる辞令を発令したものの、イスラエルが拒否した。NZの議員や記者らがガザでイスラエル側に拘束されるといった事件も相次いでいた。こうしたことが、反イスラエル決議に踏み込む要因のひとつになったと思われる。

だからこそ、NZのメディアは「国連決議をめぐるNZ政府の対応は勇敢だった」と評価する声が強い。「将来、パレスチナ問題が解決に向かうことになれば、NZが極めて重要な手助けをしたことになる」と強調するメディアもある。

■キー前首相が辞めた理由

ところで、個人的にひとつ勘ぐっているのは、NZが国連決議案を提出する約2週間前に、突然辞任を表明したジョン・キー前首相のことである。

キー首相は支持率が安定して高く、「テフロン・ジョン」とまで言われていたほど、大きなスキャンダルや政治的抗争とは無縁だった人物である。そのキー首相が、任期途中であるにもかかわらず、「家族や個人的理由」などで辞任するというのは、やや解せない。

当時は、トランプ米大統領の誕生で、今後米国とはかなり付き合いにくくなるので逃げたのではと、からかい半分に思っていたが、もっと現実的な理由があることに気付いた。

キー前首相は不可知論者とされ、自身の宗教については明白にしていないが、血筋的には明らかにユダヤ人であるということだ。

ユダヤ法では、ユダヤ人の母親から生まれたか、ユダヤ教の入信者がユダヤ人であると規定されるためだ。キー前首相の母ルースは、ホロコーストを逃れて英国からNZに渡ったユダヤ人である。英国人だった父はキー前首相が幼い時に他界しているため、ユダヤ文化で育ったという。イスラエルでは、キー前首相を明白にユダヤ人とみなしているメディアもあるほどだ。

ユダヤ人の血を引く首相として、イスラエルというユダヤ国家を非難し、虎の尾を踏むことには相当の重圧があったのではないか、と想像できる。それが、イスラエル非難決議を提出する直前の辞任につながったとも考えられる。

NZのイングリッシュ現首相は「イスラエルとは外交関係を修復させたい。これ以上の関係悪化はない」と話すが、イスラエルはNZとの外交関係を格下げたままだ。

キー前首相が辞任し、マカリーも引退する。NZは今後、オーストラリアがイスラエルから与えられたアメ玉を求めて、イスラエル寄りに修正するのかどうか、注目している。<西原哲也・NNA豪州編集長>


関連国・地域: オーストラリアニュージーランド
関連業種: マクロ・統計・その他経済

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