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【有為転変】第94回 ターンブル首相と中国

オーストラリアのターンブル首相が、12月に日本を訪問する計画のようだ。「ターンブル首相は中国寄り」という説が定着していたので、親日的だったアボット首相の退任で右往左往していた日本の外交関係者や産業界はほっと胸をなで下ろしていることだろう。ところで、そもそもターンブル首相が親中派だという説の背後には何があるのだろうか。

ターンブル氏が9月15日に首相に就任するや、中国外交部関係者が歓迎の意を示したことが国内で報道されていた。

というのも、ターンブル首相はまだ通信相だった昨年に行った講演で第二次世界大戦に言及し、「中国が日本の物資を枯渇させ、連合軍の勝利を支援した。中国の対日戦はわれわれの戦争でもあった。中国がいなければ、われわれは勝てなかったかもしれない」などと発言しており、それが中国当局に劇的な好印象をもたらしたようだ。旧日本軍の勇敢さをたたえ、日本がオーストラリアにとってアジアの「最良の友人」と述べたアボット前首相とは対照的である。

また今年8月の豪中ビジネス会合でも講演し、「中国は今や米国より特許申請件数が50%多い」と、中国の革新技術を賞賛し「中国は偽物製品工場」という汚名を一蹴してみせた。中国政府だけではない。カジノ王のジェームズ・パッカー氏など親中派産業界や知識人らから「ようやく中国を知る首相が現れた」と手放しの賛辞を受けていた。

■外交を中国寄りに軌道修正?

ターンブル首相は、確かに中国と密接な関係がある。投資銀行マン時代に、天安門事件で西側諸国から経済制裁で投資が低迷していた中国で、当時の最高実力者トウ小平氏が市場経済化の大号令をかけた「南巡講話」の後では初めてとなる西側との合弁事業を1994年に河北省で立ち上げた、という武勇伝を自負している。

また息子アレックス氏は、中国政府系シンクタンク中国社会科学院の研究者の娘イボンさんと結婚している。その研究者は共産党員で、中国政府の元顧問的な立場にあり、上海で江沢民・元国家主席との親交もあったとされる。

まだある。オーストラリアでは、労働党政権時代から、安全保障上の理由で中国の通信機器大手、華為技術が全国ブロードバンド網(NBN)整備計画に参入するのを禁じてきたが、ターンブル氏が通信相になってから、禁止措置を見直す考えを表明していた。こうした言動から、ターンブル首相がこれまでの外交政策を中国寄りに軌道修正するのではないかとの見方が強まっていた。

■米国からのクギ

だが、ターンブル首相は「親中」という枠だけにはとどまらないようで、米中関係の緊張からは距離を置くような言動も目立っていた。

11年にはロンドンでの講演で「米国や同盟国が、好戦的な中国との軍事衝突は避けられないという主張に基づいた長期的な戦略を組むのは意味がない」と発言。また13年には、当時のギラード首相とオバマ米大統領が会談し、北部準州の豪軍基地に米海兵隊を駐留させることで合意した際、ターンブル氏は「米国は中国に軍事力を誇示するが、オーストラリアが盲目的に服従することには注意せねばならない」と発言し、米政府関係者を憮然とさせたという。

そうした複数の言動が働いたのだろう。

ターンブル首相が誕生した直後、米国政府はターンブル政権による対中政策、特に安全保障面での「ソフト外交路線」を注視している、と報じられた。米中央情報局(CIA)の元中国アナリストも「米国政府はターンブル政権に対し、防衛、貿易面でアボット前首相と同様の外交政策を進めるよう期待している」とクギを刺した。

ターンブル首相が、南シナ海で岩礁埋め立てを進める中国に対し、「非生産的な外交政策」と批判したのはその直後とみられる。

「ターンブル氏は首相になってから、親中派とみられることや米中関係で中立路線を行くとみられることに神経質になっている」とみる専門家もいる。そのため安全保障面では、中国に対してあえて強面に振る舞う姿勢を見せたというわけだ。中国より先に日本を訪問先として選んだのも、日本重視というよりも、親中派の印象を払拭するための、米国に向けたメッセージである可能性がある。

■新型潜水艦での対応

ターンブル首相の本音は、歓迎一色となる12月の日本訪問では見えないだろう。だが、近い将来に試金石となる問題はいくつかある。

南オーストラリア州に世界最大の地上軍実験施設ウーメラ立入制限区があるが、その付近にあるオーストラリア最大の私有地に、中国系2社が応札しており、安全保障面での懸念が浮上している。

また新型潜水艦の入札では、かつて優位にあった日本は選択肢の一つに過ぎなくなり、中国も横やりを入れている。こうした、外交と産業が複合した問題で、ターンブル首相の本音が浮き彫りになるだろう。(NNA豪州編集長・西原哲也)


関連国・地域: オーストラリア
関連業種: 社会・事件

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