新型コロナウイルス流行が収束して政治・経済の仕切り直しが行われた昨年、日豪関係は安全保障や経済など多方面で緊密化が進んだ。着任して約１年がたつジャステ…

オーストラリア

――大使に就任する前に日本との関わりはありましたか
初めて仕事で日本に来たのは2008年で、東京で行われた２プラス２（外務・防衛閣僚会議）のためオーストラリアの代表団に参加していました。それ以降は15年間、日豪の戦略的・安全保障パートナーシップに関する業務に継続的に携わってきました。
日本にはクアッド（日米豪印の協力枠組み）を含め何度も訪れており、オーストラリアの首相や外相に同行し、日本のパートナーとして国際問題に多く取り組みました。一方で、大使になるまでは日豪の二国間関係に直接的な形で関わる機会はありませんでしたので、今は幸運なことに、二国間のパートナーシップがいかに重要で効果的なものであるか理解することができています。とはいえ、日本という国自体や日本の社会についてはまだ学ぶことが多くありますね。
そういう意味で、大使という役割は全く何もないところから始めたわけではありませんが、もっと深いレベルで日本と関わっているということになります。
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――赴任して１年目の印象を教えて下さい
非常にポジティブな経験となりました。政府の代表として、日豪パートナーシップの強い勢いを肌身で感じています。経済関係はこれまでずっと強固な上、さらに拡大しており、オーストラリアのエネルギーや脱炭素、インフラ、不動産、農業など数多くの分野に対する日本の投資家の関心は非常に強いです。
西村康稔・経済産業相（当時）は10月、日本のスタートアップを率いてメルボルンを訪問し、日豪のコラボレーションは新しい領域に足を踏み入れています。サイバーセキュリティーやバンキングサービス、フィンテック（ＩＴを活用した金融サービス）などにも大きな機会があるでしょう。日豪の経済的な関係は、とても鮮やかで勢いがあります。
安全保障の面では、日豪円滑化協定（ＲＡＡ）が発効し、二国間の部隊往来や訓練が増えています。昨年後半にはマールズ国防相とウォン外相が訪日したばかりですし、日豪首相は何度も会談を行っています。アルバニージー首相が、22年の総選挙で勝利した翌日に日本を訪れた際には私も同行しましたが、これも日本がオーストラリアのパートナーとしてトップクラスに位置していることを示す例でしょう。こういった強い流れのおかげで、この１年は非常に忙しい年となりました。
――以前クアッドの高官を担当されていましたが、これまでの同枠組みの功績と今後の焦点は何でしょうか
クアッドは過去数年で、コンセプトの段階から、実際に効果的で影響力のある枠組みに進展しました。今は担当官だけでなく外相も定期的に会合しており、９月には上川陽子外相が米ニューヨークで初めて外相会合に参加しました。首脳会談も23年は日本の広島で行われ、こういった協議や協調、共に行動を起こす習慣が、今や４カ国の外交政策の基盤となっています。これがクアッドの大きな功績です。
焦点としては、海洋安全保障、テクノロジー、サイバーセキュリティーなどがあり、今は投資家向けのネットワークもあります。個人的に、クアッドはオーストラリアのここ数年間の外交政策において最も大きくポジティブな変化の一つだと思っています。
――もう一つの大きな外交政策に豪米英の安全保障枠組み「ＡＵＫＵＳ（オーカス）」がありますが、日本の加入についてはどう思いますか
これはよく聞かれますが、われわれの立場は明確で、オーカスは３カ国の間で第２の柱（先進防衛技術の交換・開発）をさらに進歩させる必要があり、制度がより成熟し発展するまでは、他の国・地域に拡大するというアイデアは喫緊に考慮するものではありません。
オーストラリアは日本と国防領域で既に多くの協力を行っており、今後さらに拡大したいと思っていますが、これはオーカスの旗印の下でなくても進めていけます。全ての国・地域が常に全ての枠組みに参加しなければいけないわけでもありません。将来的には、ひょっとすれば、日本の加入はあるかもしれませんが。
――日本が加入する上で障害はありますか
国防における日豪の課題は、「協力してさらに何ができるか」ということで、二国間には共通の利益があります。最近、マールズ国防相の訪日に同行しましたが、両国は国防パートナーシップにおいて強くコミットしています。
そういった意味で障害があるとは思っていませんが、オーカスという名前での協力になるとも考えていません。オーカスは影響力を高めていますが、発展している途中でもあるので、オーカス以外の重要なパートナーシップは並行して進んでいくことになるでしょう。
――オーカスもクアッドも中国の脅威を念頭に置いていますが、アルバニージー首相による11月の訪中はオーストラリアで評価された一方、日本と米国は豪中の急接近に警戒感を示しました
私のとらえ方は違います。オーストラリアは日本と比類のない戦略的な協調関係を築いており、米国との同盟はこれまでになく重要となっています。豪中関係の安定は、アルバニージー政権が発足してからの目標であり、堅調に前進しています。米国も中国との関係安定化を目指していますし、日本も中国との共存の必要性を分かっています。
アルバニージー首相の訪中は一定の経済的成果を上げたと思いますし、非常に前向きで直接的な対話や関わり合いがありました。気候変動など国際的な課題は、中国との直接的な議論がなければ解決できませんので、私たちのパートナー国も対話の必要性は理解しているでしょう。
ですので今回の訪中は、オーストラリアと日本や米国との共通の利益と完全に一致しているのは明らかだと考えています。
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――日本政府の杓子（しゃくし）定規な対応は悪名高いですが、物事が進まずフラストレーションを感じたことはありませんか
ありません。日本の体制は非常に関わり合いやすく、積極的で、コミットメントも強いです。
自由で開かれたインド太平洋の構想を見ても、オーストラリアと日本は戦略的に大きく一致しているので、そういった経験は全くありませんし、協力における障害もないです。
もしかしたら、企業が政府から認可などを取得しなければならない時に、方針の違いが障壁となることはあるかもしれません。ただ外交に関しては、まだやるべきことはありますが非常にうまくいっていますし、日本は素晴らしいパートナーだと思います。日本は安全保障や防衛戦略において大きな変化の時を迎えていますが、これが日豪の前例のないほど緊密な協力の原動力になっています。
――脱炭素では重要鉱物のサプライチェーン（供給網）構築も必要です。日本企業はどのように関与できるでしょう
22年に岸田文雄首相がパースを訪問し、重要鉱物に関する日豪間のワーキンググループが発足しており、日本の関わりは既に始まっていると言えます。
オーストラリア政府としては、直近でサプライチェーンや加工能力の開発を支援するため、追加で20億豪ドル（約1,950億円）の投資を発表しました。重要鉱物のサプライチェーンは、一つの国、つまり中国に独占されることを避けなければなりませんので、効果的に開発を行うためには、日本のテクノロジーや資本投資、オフテイク契約が必要です。
オーストラリアは日本との緊密な戦略的パートナーシップを活用して、ビジネス上の議論を活発化することにコミットしています。
――観光分野では、日本を訪れるオーストラリア人は急増していますが、オーストラリアへの日本人観光客数はまだ回復途上です
まさにその通りで、オーストラリアでは日本旅行ブームが到来していますが、日本人のオーストラリアへの旅行者数は新型コロナ流行前の70％程度にとどまっています。
大使館としてもプロモーションの意欲は強く、旅行者数は堅調に回復しています。直近ではファレル貿易・観光相が観光促進のため大阪を訪問しました。
また、日豪を結ぶ航空便の就航が増えており、最近ではヴァージン・オーストラリア航空がケアンズ―羽田路線の運航を開始したほか、ＡＮＡ（全日本空輸）によるパース―成田路線も再開し、カンタス航空は11月末に日本路線を２倍に増便するなど、エキサイティングな展開が続いています。
日本人はオーストラリアの観光地をよく知っていると思いますが、これに加えオーストラリアは安全な旅行先です。24年はさらにフライト数が増えると予想されるので、より「行きやすい旅行先」となるでしょう。
円安が日本人の海外旅行を抑制しているという報道もありますが、対円で豪ドルは比較的変化が小さいので、「価値のある旅行先」としても存在感を増すと考えています。
私たちは日豪のコミュニティーや社会的つながりを政治的なものと同じくらい強めたいという思いがあり、これが両国にとっての利益となりますので、旅行者数の回復は楽観視していますが、われわれとしてもっとやらなければならないことがあるのは間違いないです。
――最後に、大使としてのミッションは何ですか
私のミッションは、オーストラリアを日本で代表し、二国間の野心的で共通の政策アジェンダを促進し、前進させることです。政府間のコミュニケーションや協調を可能な限り効果的なものとすることが、われわれの仕事であり、私と大使館チームの共通のミッションです。
脱炭素にせよ、経済にせよ、安全保障にせよ、オーストラリアと日本は共に協力して目標を達成する必要があります。一時は新型コロナの渡航規制が私たちを距離的に引き離しましたが、これはもう過去の話で、今は多くの案件が進んでいます。
日豪は、両政府の共通の目標に向けた取り組みで成功しています。これからパートナーシップをさらに深化させ、協力を拡大し、国際的により大きな影響力を持つと考えています。（聞き手＝石渡由香利）

 
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