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【有為転変】第172回 尚武の豪州、尚武を忘れた日本

常時ミュージックビデオが放映されているシドニーの行きつけのジムに最近、興味深い公共広告が時折差し込まれるようになった。国防産業のPR広告だ。これには、オーストラリア連邦政府はさすが動きが早いなと感心させられた。連邦政府は最近、国防軍の人員を増強するなど、380億豪ドル(約3兆2,300億円)を投じた国防増強計画を発表したばかりだからだ。

オーストラリアは2040年までに国防軍の制服組人員を30%増となる約8万人とし、国防省の背広組を含めると計10万1,000人以上とする考えだ。また、新年度予算案では国防費を国内総生産(GDP)の2.1%に拡大する見込み。これは、米ソの軍拡競争が盛んだった冷戦時代を上回り、過去最大規模となる。

国防軍人員は全州で増強し、豪米英の安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」に関連した宇宙やサイバー技術、諜報、通信関連の技術者も増員する。また、軍艦数が今後倍増する予定の海軍採用を優先させるという。

モリソン首相はさらに今月7日に、総工費約100億豪ドルを投じ、国内東部に原子力潜水艦を配備できる海軍基地の建設も発表している。

■オーストラリアの「尚武の精神」

興味深いことに、こうしたオーストラリア連邦政府の軍事拡張方針に対し、反発する国内メディアは見当たらない。最大野党労働党のアルバニージ党首でさえ、次期総選挙で勝った場合、国防費をGDPの2%以上に拡大させる方針を示している。

国民の意識も同様だ。モリソン首相は3月上旬、ウクライナに食料・医療物資だけでなく、武器供与による支援を明らかにしているが、これに賛同する割合は、なんと82%に上っている(AFR読者調査)。

連邦政府はまた、中国がロシアに武器供給や財政支援した場合、同盟国と共に中国に制裁を実施すると公約しているが、これに賛同する割合も69%に上っている(同)。

こうした状況を見ると、オーストラリアは伝統的に、かつて日本も持っていた「尚武の精神」を持つ国家であることを如実に示している。

■核共有「議論すべきではない」32%

ところが、対照的なのは日本で、毎日新聞の世論調査(3月19日)では、ロシアに対する経済制裁について「もっと強い制裁を科すべき」と答えた人は30%に過ぎない。これがオーストラリアでの調査と同じように「(ロシアを支援した場合の)中国への制裁」についてなら、その割合はさらに少なくなるだろう。

日本はウクライナに防弾チョッキなどを提供したが「もっと積極的な軍事支援を検討すべき」は22%しかいない。オーストラリアの82%とは対照的だ。

さらに、安倍元首相が提議した米国の核兵器を日本で受け入れて共同運用する「核シェアリング」については、「議論すべきだ」は5割を超えたものの、「議論すべきではない」も32%に上った。ANNによる同様の調査でも、「議論の必要はない」が37%に上ったという。岸田文雄首相も「政府として議論することは考えていない」と明確に否定している。

■有名無実の題目を唱える日本

世界の問題児で、核大国でもあるロシアと中国、北朝鮮に隣接し、領土問題まで抱えている日本は一方、核を持つどころか、持ち込むことへの「議論」さえ、首相自身がタブー視している状況だ。世界各国の方針や現実と、かけ離れていることが分かる。

日本には、実際には米国の原子力潜水艦が毎年50隻以上、横須賀や佐世保などに入港している。核を「持ち込まない」はずの日本は、現実に目を背けたまま、議論もせずに「非核三原則」という有名無実の題目を唱えているだけである。

ロシアのウクライナ侵攻が混迷を極めるにつれ、ウクライナが過去に核を放棄したことがロシアの侵攻を容易にしたことが明確になっている。そこで世界各国は目が覚めたように、自国を取り巻く安全保障を真剣に見直し始めている。

まさにオーストラリアはそうで、軍事体制の再構築や増強を急いでいるわけだ。

特に日米豪印の協力枠組み「クアッド」では弱点も露呈した。インドがロシアとの軍事的関係が深く、対ロシア政策では結束できない形になったことだ。ヒュー・ホワイト豪国立大教授は「インドは台湾有事でも首を突っ込まない」と話す。

オーストラリアでは今後、原子力潜水艦の管理で、原子力産業の人材や技術の育成が急務になる。原子力技術面の協力、原潜の日本寄港や共同演習などといった軍事面で、日本とは特に協調していきたいはずである。

それなのに、日本では核シェアリングの議論さえ忌避する空気が強く、活動制約が多い自衛隊法や武器輸出などの法的整備も遅々として進まない。さらには国会内には、世界の現実を知らない親中派の政治家が厳然として巣くう。

オーストラリア政府は当然日本のそれら全てを知っており、日本との軍事協力が深入りできない要因のひとつになっている。日本は自ら足かせをはめ続けた結果、問題児の食い物にならなければいいがと心配させられる。【NNA豪州・西原哲也】


関連国・地域: オーストラリア
関連業種: 政治社会・事件

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