• 印刷する

【アジアで会う】濱田浩志さん マレーシアヤクルト社長 第308回 サッカーが深めた現地との縁(マレーシア)

はまだ・ひろし 1967年生まれ。大阪府出身、福岡県育ち。大学卒業後、総合商社に入社。船舶や航空機の売買に13年間携わる。30代半ばでヤクルト本社に転職。2007年のインドネシア勤務を経て08年にマレーシアヤクルトへ。16年から現職。マーケティング活動の一環でマレーシアサッカー界に関わるようになり、休日もサッカー漬けの日々を送っている。

濱田さんのマレーシア駐在歴は、今年で13年目を迎えた。一般的な駐在員としては異例の長さだが、食に関わる企業として、現地の文化や生活習慣を深く知る必要があるとの考えから、ヤクルトの平均駐在期間は長い。濱田さんのように10年を超えるケースも珍しくないのだという。

大学卒業後は商社に入り、船舶や航空機の売買に携わった。ダイナミックかつ政治的な裏側ものぞける業務で、やりがいを感じていた。当時は、船舶なら英国かギリシャ、飛行機なら米国やカナダと、アジアとは縁が遠い生活だった。ただ、戦後初の国産旅客機「YS11」の中古機の販売と納入に立ち会うために滞在したタイでの1カ月間は、今までとは違う「混沌(こんとん)とした中でたくましく生きる人々の姿と眼の輝き」が深く印象に残ったという。

収入も増え、順調に昇進もしていた30代半ば、勤務先の経営が傾き始めた。また、30歳までに両親を亡くしたこともあり、「何のために仕事をしているのだろう」という思うようになった。高収入や昇進を喜んでくれた両親はもういない。特に、仕事を抱えながら、福岡と東京を往復して看取った母のことが頭をよぎった。お金がいくらあっても、健康でなければ人生を楽しめない。健康を第一に、人から喜ばれる仕事がしたい。そんな思いを抱く中、ヤクルト本社の国際事業への誘いを受けた。

ヤクルト本社に入社した当初は、前職の経験を生かせる欧州事業の担当だった。ただ、商社時代に滞在したタイが忘れられず、東南アジアを希望し続けた。ようやくアジアとの接点ができたのは、06年。インド・コルカタの国立コレラおよび腸管感染症研究所との共同調査で、研究をサポートするロジスティクス担当に選ばれたのだ。コルカタ市内のスラム街で暮らす5歳以下の子ども4,000人に7カ月間毎日ヤクルトを配布し、子どもの便を回収して腸内環境を調べるという研究で、当時インドには生産拠点がなかったため、製品はオランダから空輸した。ヤクルトに含まれる乳酸菌は温度に敏感で、10度を超えると生きた乳酸菌が活動して酸化し、かなりの数の菌が死んでしまう。先進国オランダにあるヤクルト工場から、冷蔵輸送網がなく外気温が45度を超えるコルカタのスラムで子どもの口に入るまで、商品を10度以下にキープする難事業だった。予算的に背水の陣となった3回目の挑戦で冷蔵輸送が成功した時は、一緒に任務に当たっていた研究員たちと肩を抱き合って喜んだという。この研究期間に、マレーシア赴任を前提としたインドネシアヤクルトでの勤務が決まった。

■マレー系の市場を開拓

マレーシアヤクルトは04年の設立。業歴40年を超える隣国シンガポールやインドネシアのヤクルトに比べると若い会社だ。マレーシアの人口6割を占めるマレー系には、同社が得意とする「健康」や「日本」のキーワードは響かない。代わりに目を付けたのは、「サッカー」だった。

マレーシアは民族ごとに愛好するスポーツが異なり、マレー系は圧倒的にサッカーだ。マレーシアヤクルトは17年、マレー半島東海岸部クランタン州のプロチーム、クランタンFAとスポンサー契約を結び、18年にはマレーシア代表チームのスポンサーにもなった。代表チームのスポンサーとなったことは社員の誇りとなり、離職率が下がるという効果もあった。

同年には、国内サッカー業界で将来を嘱望されていたハディ・ファイヤッド選手への支援も始めた。ハディ選手は当時若干17歳で、ジョホール州のプロチームに所属していた。英国のプレミアリーグにあこがれる選手が多いマレーシアサッカー界では珍しく「日本でプレーしたい」という希望を持っていた。

日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)でのいくつかのトライアルを経て、J2のファジアーノ岡山FCに加入したハディ選手は、地元サッカー少年のあこがれ。子どもたちのあいだで「ハディ(選手)といえばヤクルト」のブランド想起を狙う。

ヤクルトではプロサッカーへの支援のほか、少年サッカーの振興にも取り組む。少年サッカー大会の主催や日本への選手派遣・育成サポートのほか、サッカー少年の親たちにスポーツで活躍するための食事管理や、Jリーグの情報などを発信している。

濱田さんに休日の過ごし方を聞くと、「サッカーのシーズン中は試合観戦で国内を飛び回っています」とのこと。マレーシアリーグでプレーする日本人選手の支援もしているためだ。サッカーがつないだ縁を大切に、もう少しマレーシアで過ごしても良いかと考えている。(マレーシア版編集・降籏愛子)


関連国・地域: マレーシア日本
関連業種: 食品・飲料社会・事件

その他記事

すべての文頭を開く

テイクオフ:義母が「庭の広い一戸建…(10/01)

融資の返済猶予措置が終了 中間層の可処分所得減に消費影響(10/01)

RM1=25.4円、$1=4.16RM(9月30日)(10/01)

日本の国際免許、期限切れでも制限令中有効(10/01)

全日空11月のKL線、運航本数は変わらず(10/01)

エアアジアが日本事業継続断念へ、経営悪化(10/01)

建設イレカ、ジョ州で新交通の試験走行計画(10/01)

繁栄の共有政策、首相主宰の監視機関を設立(10/01)

8月生産者物価、6カ月連続で低下(10/01)

すべての文頭を開く

※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対して株式会社NNAは一切の責任を負いません。

の記事は有料サービスご契約者様限定記事です。契約すると続きをお読みいただけます。契約されている方は、画面右側にある各種ログインからログインください。
無料トライアルはこちら
購読申し込みはこちら

NNAからのご案内

出版物

SNSアカウント

各種ログイン