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【アジアで会う】小谷 みどりさん 『没イチ』著者 第292回 夫の突然死が導いた貧困支援(カンボジア)

こたに・みどり 1969年大阪生まれ。奈良女子大学大学院卒業。第一生命経済研究所主席研究員として、死生学などを専門としてきた。夫が突然死したことを機に、同じ境遇の仲間と「没イチ会」を結成。「悲しみは癒えずとも、亡き人の分も人生を楽しむ」をモットーに、かねて関心のあった東南アジアの貧困支援に取り組み、カンボジアでは若者の職業訓練支援を行う。著書『ひとり終活』(小学館新書)、『没イチ パートナーを亡くしてからの生き方』(新潮社)など多数。

急速な経済成長が続くカンボジアの首都プノンペン。車が行き交う大通りの近くに、ひっそりとたたずむパン工房がある。中では、幼さが残る現地女性らが慣れた手つきでパンをこね、屈託なく笑う。

このパン工房「オーサカ・ベーカリー」は昨年、小谷さんが研究所を退職後、私財を投じて開設した。カンボジアの地方から20代前半の3人を雇い、小谷さんが手取り足取り作り方を教える。スタッフ3人の家計は貧しく、2人は夜間学校に通いながら、1人は家族の生活を支えるために働く。

「貧しい若者が自立して生きていくため、何ができるか。まずは食べていくことに困らないよう、手に職をつけてもらいたかった」。小谷さんは全く経験のなかったパン作りを独学で習得し、添加物を使わないパン作りを教える。膨張剤が入っていないため、市販のパンに比べて大きさこそ劣るが、他にはない味だと評判になった。パンを卸すカフェやレストランでの売れ行きは好調だ。

■50歳で退職、カンボジアへ

「人には、『いつかやりたいこと』がある。だけど死んだら、いつかやりたいことだってできなくなる」。小谷さんがパン工房を開いたのは、そんな思いが募ったからだ。2011年、東日本大震災が列島を襲った翌月、朝目覚めると夫が死んでいた。震災の発生で、夫の務めていた会社の外国人たちがこぞって帰国したことで、連日激務が続いていた。持病もなく、健康だった夫の死因は、「過労死」として認定された。

夫との出会いは約30年前、船の上だった。日本と東南アジアの青年が集まり、各国を訪れながら文化交流を深める事業に参加した2人は、東南アジアにはびこる貧しさを共に見た。その時から、小谷さんの中で「いつかアジアのために何かできたら」と思う気持ちが芽生えたという。

その後、小谷さんは死生学などを専門としてキャリアを積み、自身の著書の出版や講演など精力的に活動した。死ぬ前にやり残したことをして、生を全うしましょう――。受講者にはそう訴えてきたが、肝心の自分はどうなのか? 自問してみると、疑問が残った。死んだ夫のためにも、やりたいことをやって生きよう。50歳を機に退職を決め、カンボジアに渡った。

■配偶者を亡くしたら「笑っちゃいけない」

カンボジアでは経済成長が続く中でも、学費が用意できなかったり、家の仕事を手伝ったりするため、学校に行けない若者が依然として多い。小谷さんはそんな若者に、「夢を持ってもらう」のが目標だ。食べていくだけで精一杯の毎日で、夢を持つことは難しい。ただ、小谷さんのパン工房で働くスタッフは無添加のパン作りを学ぶうち、健康に良い成分、良くない成分に気を遣うようになった。「いつかは栄養学を学びたい」と、抱負を語るようにもなった。

小谷さんが夫亡き後の人生を楽しんで生きる姿を、非難する人もいる。「配偶者が亡くなったのだから、『笑っちゃいけない』『楽しんじゃいけない』と言われることもあった。日本では、配偶者を亡くした人は世間から十字架を背負っているような扱いを受ける」とも感じる。

離婚した経歴を表す「バツイチ」をもじった「没イチ」会では、同じ境遇にある仲間たちと共に、配偶者亡き後、いかに悲しみを乗り越えるか、人生を充実させて生きるかをテーマに活動している。18年10月に出版した著書『没イチ』には、配偶者に先立たれた後に自立して生きるための準備や、人間関係の構築の仕方、死と向き合う「終活」のノウハウを掲載。同じ境遇を持つ人から多くの反響があった。

一方、高齢化が進む日本では終活への意識が高まるが、小谷さんは一般的な余生の経済観念に違和感を抱くこともある。「日本では多くの高齢者が老後のためにと貯金をしているが、金はあの世には持っていけない。私は今そばにいる大切な人のために使いたい」

突然の死を受け入れざるを得なかった夫の分も生き切るため、カンボジアで若者の貧困支援を続ける覚悟だ。(タイ地域事務所・安成志津香)


関連国・地域: カンボジア日本
関連業種: 食品・飲料小売り・卸売り雇用・労務社会・事件

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