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【有為転変】第140回 進むも地獄、退くも地獄(上)

昨年後半から、袋小路にはまっているのは明白だった。オーストラリアがフランス政府系造船会社ネイバル・グループと進めている、800億豪ドル(約5兆9,190億円)の新型潜水艦プロジェクトのことだ。ネイバルがこのほど、当初約束していた地場企業による事業割合が50%に満たないことを明らかにし、あらためて火種が広がっている。入札で袖にされた日本から見ると鼻白む感覚が無きにしもあらずだが、一連の混乱を見るにつけ、気になる点がいくつかある。

新型潜水艦プロジェクトは現在、設計プロセスが既に9カ月遅れで、2032年とされた初号艦の納入も35年になっている。そのため現在のコリンズ級潜水艦は2020年後半で引退する予定だったが、2040年まで延長することになる見通しだ。また建設コストも制御不能なほど膨れ上がっている。

さらに今回、ネイバル・オーストラリアのジョン・デイビス最高経営責任者(CEO)がオーストラリアン紙とのインタビューで、「地場企業の供給能力が予想外に低く、地元発注割合が50%を下回る」と明言し、「以前はオーストラリア市場のことをよく知らなかった」などと釈明して大騒ぎとなった。

オーストラリアのコリンズ級潜水艦

オーストラリアのコリンズ級潜水艦

デイビスCEOの発言に、オーストラリア側は当然反発。元国防産業相のクリストファー・パイン氏などは「彼らに約束を守らせるべきだ」などと憤っている。

矢面に立たされる豪国防省は、サブコントラクターとして受注した137社の地場企業リストを公表して批判の鎮静化を図った。だが、そのうち防衛・エンジニアリング関連企業はわずか34社しかなく、残りは会計会社やホテル、語学学校などまで含まれており、批判の火に油を注いだ形になっている。

■なぜ破棄できない?

フランスとの共同事業に難があるのなら、契約を破棄するのも手だ。実際に、問題があった場合はネイバルとの契約を破棄できることになっており、共同開発相手を換えるなど、早急に「プランB」を進めればいい。国防省の諮問委員会もそう提言している。

しかし、国防省は現行プロジェクトにこだわっている。というのも、この段階で契約破棄すると、4年間の設計期間で、政府は何も得られないまま4億豪ドルの経費をドブに捨てることになるという。しかも破棄したところで新しい潜水艦が期限内に納入されるわけでもない。野党や国民から猛烈な批判の嵐を呼ぶのは必至で、潜水艦事業は、進むも地獄、退くも地獄の事態となっているのだ。

モリソン首相やペイン外相など現政権首脳に、フランスを選んだ張本人のグループがいるのも、破棄を難しくさせている。

ある国防省関係者はAFR紙に対し「モリソン首相が山火事で大変な時にハワイに休暇に行ったことさえ誤りだったと認めるのが難しいのに、まして潜水艦事業で誤りを認めるわけがない」と話す。政治家や官僚の無謬(むびゅう)性がこの国にも跋扈(ばっこ)しているわけだ。

また国防省で当時フランスを支持したグレッグ・サマット少将が最近、海軍潜水艦部長に昇進している。これは即ち、契約破棄の困難を如実に示すとも言える。

さて冒頭で気になると言ったことの一つは、これまでも繰り返してきたことだが、潜水艦事業入札で受注を争った日本とフランスとドイツの3カ国は、事業の地元割合を50%以上にすることが事実上の入札条件だったことである。

オーストラリアン紙によると、入札の過程で豪政府は、国内造船業の視察費用として、8億豪ドルを3カ国の事業者に供与してまで市場調査させている。その上でフランスは「地元割合を90%以上にする」と明言したのだ。それが、地元経済への恩恵を重視するオーストラリアの琴線に触れたとされる。

だとすれば、オーストラリアの入札では、リップサービスがいい加減なものであれ、落札さえしてしまえば「当時はよく知らなかった」で済む、ということになる。

■豪産業は信用できる?

その問題を横に置き、あえてネイバル側に立てば、彼らの主張は理解できなくもない。オーストラリアの造船業の能力が予想外に劣るとなれば、どこまで軍事産業機密をシェアするかは繊細な問題だ。フランスにとって、必ずしも一枚岩ではない米国と非常に緊密な軍事関係を保つ国が相手であれば、距離感も難しい。

しかも、新型潜水艦の調達が話題に上り始めていた2014年末に、当時のジョンストン国防相は、実際に国内造船企業ASCについて「カヌーを作っても信用できない」と発言していた。この発言で同国防相は更迭されたものの、デイビスCEOによる先の発言からすると、国内造船業の製造能力は、実際に最先端から程遠いと想像される。

この国で似たようなことはよくある。近年では、NSW州のライトレール事業で、建設を請け負ったスペインのアクシオナ(Acciona)が、州政府に巨額の追加建設コストを求める裁判を起こして州政府と全面的に争い、一部勝訴した。

要するに、最先端の技術を持つ外資企業が重要インフラ事業を請け負う際に、オーストラリアの時代遅れの労働慣行や技術レベルが、事業遂行の足を引っ張るケースが考えられる。

さらに、それ以上に気になる点は、日本に関わることである。(続きは来週28日の金曜日に掲載します)【NNA豪州・西原哲也】


関連国・地域: オーストラリア
関連業種: 社会・事件

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