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【有為転変】第128回 中国企業の侵食を阻止せよ(下)

FIRB(オーストラリア外資審議委員会)のアーヴィン長官は昨年、ある投資フォーラムで次のように語っている。「オーストラリア政府は国民の個人情報を守る義務がある。外国の投資家の間で、医療サービスやデータセンターなど情報資産を持つ企業権益に関心が強まっているのに伴い、FIRBもその義務に関わっている」。この発言が、中国の江河創建が最近、オーストラリア医療サービス大手ヒーリアスの買収を提案していることで、にわかに再び注目されている。明らかに、FIRBが国内情報資産のリスクに一層にらみを利かすことを示唆したものだからだ。

江河創建は、医療サービスや建設業など多角的事業を手掛ける北京の大手複合企業で、上海証券取引所に上場し、中国の民間企業トップ500社にも選ばれている。江河創建が買収価格として提示したのは、ヒーリアスの株価に33%のプレミアを上乗せした約20億豪ドル(約1,545億円)だった。しかも、ヒーリアス株を既に16%保有する大株主である。

だが、前回当欄で書いたように、中国企業はもはや国有企業か民間企業かを問わず、中国政府によるコントロールを免れないとの認識が先進国で共有されているため、江河によるヒーリアス買収には暗雲が立ち込めている。ヒーリアス側は直ちに買収提案を一蹴したが、協議自体はまだ続いている。

国内の医療サービス市場でヒーリアスが占めるシェアは35%。江河創建はそれを握ることで、オーストラリアでの医療サービス情報やノウハウを入手できるとされる。

■眼科サービスを傘下に

そもそも、江河創建によるヒーリアス買収の話が持ち上がったのは今回が初めてではない。3年前の16年時点で、江河創建がヒーリアスに今回と同じ20億豪ドルでの買収を持ちかけていたが、この時もヒーリアス側が却下していた経緯がある。

江河創建はその前年の15年に、ヒーリアス傘下のオーストラリア眼科サービス最大手ビジョンアイを買収している。以来、オーストラリア内での医療投資を意欲的に拡大してきた。では、江河創建は傘下に収めたビジョンアイから個人医療情報データを入手しようとしたことはあるのだろうか。

昨年にビジョンアイの最高経営責任者(CEO)に就いたシーデマン氏はオーストラリアン紙に対し、「そうしたことは一切無かった」と否定。「個人のセンシティブな医療情報を抜き出すといったことはナンセンスだ」と脅威論を一蹴している。

しかし、公共倫理専門家のクライブ・ハミルトン教授によると、先進国間で個人医療情報を狙ったサイバー被害が最近相次いでいる。昨年7月には、シンガポールで150万人分の医療情報がハッカーにより盗まれる事件があった。ハッカーとして関与が疑われているのは、中国政府につながりのあるハッカー集団である。

■豪政府、CICを創設

オーストラリア政府は昨年、クリティカル・インフラストラクチャー・センター(CIC)と呼ばれる機関を設立している。電気や水道、食料、港湾、医療、通信など、各重要インフラ分野で外国企業が投資する際に、ガイドラインを提供している。前回も言及したが、これは軍用にとっても重要拠点である北部準州のダーウィン港運営を、中国企業の嵐橋集団(ランドブリッジ)に委託したことを、FIRBが止められなかったことの反省からきていると思われる。

CICはFIRBの審査の一部として機能することになる。そのためCIC導入後、FIRBはさらにセキュリティー・リスクに関して、より専門的に審査する体制が出来上がったと言える。

■「報復」措置も?

個人的には、こうした状況の中で、江河創建が無事にヒーリアス買収の認可を得るのは極めて難しいだろうと想像している。

FIRBはここ数年で、中国の通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)を第5世代(5G)移動通信システム事業から排除したり、香港のインフラ大手、長江基建(CKI)による、送電大手オースグリッドやパイプライン大手APAに対する買収を却下してきたが、医療情報はまさに、重要分野とみなされるためだ。

だが、江河創建によるヒーリアス買収を阻止できたとしても、オーストラリアにとっての問題は、その後かもしれない。中国では、反中国的態度を示す国の製品に対して官民で「報復的な」措置を与えるケースがよくある。ご多分に漏れず、日本も自動車製品などがそのターゲットになってきた。

オーストラリアは昨年11月に、中国でオーストラリア産大麦に対する反ダンピング(不当廉売)調査を受けたばかりで、これは政治的報復ではとささやかれていた。さらに今月22日付の地元紙によると、中国で展開するオーストラリア企業が中国の国有大手企業を訴えた民事裁判では、明らかに理不尽な形で敗訴するケースが目立ってきたという。

国内の資産を中国から守ったら、今度は中国にあるオーストラリア企業がリスクを抱える可能性がある、ということらしい。(了)【NNA豪州・西原哲也】


関連国・地域: オーストラリア
関連業種: マクロ・統計・その他経済社会・事件

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