著者は豊富なデータを駆使して、日本の電機・電子製品の国際競争力低下は著しく、日本経済は相対的に高い競争力を維持している自動車産業に依存する「一本足打法」になりつつある、と指摘。韓国、台湾企業が競争力を高めて日本企業のシェアを奪った結果だが、中国もそれに続いている。日本企業は、1990年代以降、部品や製造設備を中国など新興国に輸出して、最終製品として再輸出(日本にも輸入)する「三角貿易」を得意としてきた。しかし、中国でも中間財などの国内生産が可能になり、中国市場での日本の部品や資本財のシェアは急速に低下。「世界の分業体制の要である」中国で、日本企業が「新しく形成された生産ネットワークに参加できていない」という。中華圏と韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)を合計した東アジア諸国・地域の経済規模はすでに日本の3倍になっており、少子高齢化による人口減少に直面し、技術開発力も低下気味の日本には、現在の国際環境は有利とはいえない。
著者が提唱しているのは、日本の立ち位置を「アジアと日本」から「アジアのなかの日本」に見直し、新しいサプライチェーンを再構築することだ。しかし、中国は国有企業の保護政策や知的財産権保護など特有の問題も多く、日本がサプライチェーンの基地にするのには必ずしも好適な国とは言えない。むしろ、日本企業の投資集積が厚い上に、中国との自由貿易協定(FTA)も結んでいるASEANこそが最有力候補だという。
私は10年以上前に、ASEANと中国のFTAを取材したことがあるが、当時中国は、ASEANへの影響力を日本と競っており、かなり急いでASEANとFTAを締結した。このため、当初は穴だらけの内容だったと記憶している。しかし、その後多くの製品について関税が撤廃され、現在では本書が指摘するように「世界第2位の消費市場である中国市場はASEANに最も開かれた」状況だ。著者は、ASEANに進出している日本企業も条件を満たせば対中FTAの恩恵を享受できるので「中国への輸出拠点としてのASEAN活用を」と訴える。
新興国経済をけん引していくのは、富やデジタル技術が集中している上海、バンコクといった大都市圏だという見方や、東京がアジア他地域と競争するには、アジア出身のグローバル人材確保が不可欠という提言も重みがあり、実戦的な参考書になるはずだ。
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『新貿易立国論』
大泉啓一郎著 文藝春秋
2018年5月発行 880円+税
著者は日本総合研究所調査部の上席主任研究員。著書に『老いてゆくアジア』など。
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【本の選者】岩瀬 彰
NNA代表取締役社長。1955年東京生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、共同通信社に入社。香港支局、中国総局、アジア室編集長などを経て2015年より現職
※特集「アジアの本棚」は、アジア経済を観るNNAのフリー媒体「NNAカンパサール」2018年10月号<http://www.nna.jp/nnakanpasar/>から転載しています。
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