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【アジアインタビュー】「民主化闘争を次世代に伝えたい」 『1987、ある闘いの真実』チャン・ジュナン監督

全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領による軍事政権下にあった1987年の韓国。名門ソウル大学の学生、パク・ジョンチョルが、警察の取り調べ中に無残な死を遂げた。それをきっかけに、韓国国民は立ち上がり国と対峙するが…。

実際に起こった韓国民主化闘争を題材にした映画『1987、ある闘いの真実』(以下『1987』)が9月8日より公開された。メガホンを握ったのは、韓国映画界のトップランナーのひとり、チャン・ジュナン監督。くしくも製作が進められたのは、文化人の弾圧を行っていた朴槿恵(パク・クネ)前政権時。「弾圧を回避するため、秘密裏に製作を進めた」と明かす監督に、作品への思いを語ってもらった。

チャン・ジュナン 1970年韓国全羅北道全州市生まれ。成均館大学校卒業。2003年『地球を守れ!』で長編映画監督デビュー。06年に女優のムン・ソリと結婚。7月末、東京の配給会社で行われた取材では、真摯(しんし)な姿勢で質問に応じてくれた。「このキャップは、妻がスタッフのために作ってくれました(笑)」と愛妻家の一面も(NNA撮影)

チャン・ジュナン 1970年韓国全羅北道全州市生まれ。成均館大学校卒業。2003年『地球を守れ!』で長編映画監督デビュー。06年に女優のムン・ソリと結婚。7月末、東京の配給会社で行われた取材では、真摯(しんし)な姿勢で質問に応じてくれた。「このキャップは、妻がスタッフのために作ってくれました(笑)」と愛妻家の一面も(NNA撮影)

■朴槿恵前政権の弾圧を回避し製作

──前作『ファイ 悪魔に育てられた少年』(2013年)は犯罪サスペンスでしたが、『1987』は一転、韓国民主化闘争を題材にした重厚な社会派映画です。映画製作に至った経緯は?

2015年の冬に、『1987』のシナリオをプロデューサーからもらったのがきっかけでした。韓国民主化闘争の引き金となった2人の学生、パク・ジョンチョルさん、イ・ハニョル(※1)さんについて知ってはいたものの、シナリオを読み、なぜこのようなドラマチックな事実が映画化されていなかったのか、とても不思議に思いました。

1980年に光州事件(※2)が起きましたが、その時の悲しみや憤りが凝縮し、爆発したのが87年の民主化闘争だといえます。前者について文化界、文学界でさまざまに言及されていますし、研究も数多くある一方、後者については、独裁政権から大統領の直接選挙制を勝ち取った大きな出来事であるにもかかわらず誰も語っていない。そのことにもどかしさと憤りを感じました。

と同時に、この事件を映画として描くことができるのだろうか、という思いもよぎりました。シナリオを受け取った当時、政権を握っていたのは朴槿恵前大統領。彼女は文化人に対し巧妙な弾圧を行っていたからです。それで「1週間ほど考えさせてほしい」と返事をし、ソウル市内の新村にあるイ・ハニョル記念館に行ったんです。

ハ・ジョンウ(中央)は、不正と闘うチェ検事を熱演

ハ・ジョンウ(中央)は、不正と闘うチェ検事を熱演

記念館には、イ・ハニョルさんが民主化デモの際に着ていた衣服などが遺品として展示されており、中でもボロボロで無残な状態のスニーカーが私の心に深く突き刺さりました。そして、私自身が大人になり、子どもを育てる世代になった今、次の世代にこの物語を伝えるために、映画にしなくてはと決心しました。シナリオの脚色をする際も、そのスニーカーをモチーフに作業しました。

※1 名門私立校、延生大学の学生。1987年6月、大学前で民主化デモを行っていた際、戦闘警察が投げた催涙弾を頭部に受け死亡。これをきっかけにデモがさらに拡大した。

※2 1980年5月、光州市で戒厳令解除を求めて始まった、大規模な民主化運動。戒厳軍が武力で鎮圧し、多数の死傷者を出した。

──朴槿恵前政権の巧妙な弾圧があったとのことですが、政権に批判的な文化人、芸能人を公的支援から外す目的で作成された「ブラックリスト」が、日本でも大きく報じられました

ブラックリストは前政権の不正を捜査する段階で明るみになったもので、私が『1987』の作業を始めた際はその存在を知りませんでした。しかし、民主主義に関するコンテンツを作ろうとすると、何らかの不利益を被ったり、支援を断ち切られたり、はたまた官僚を通して脅迫されるといったことが起きていました。ですので、ブラックリストの存在は知らなくとも、政権の意図と合うように、文化人を手なずけようとしていることは感じていました。

そのため私は『1987』の製作を秘密裏に進めました。めまぐるしいほどの猛スピードで作業したので、弾圧を受ける時間も隙もなかったですね(笑)。そうこうしているうちに政権交代があり、投資会社から大きな投資が入るようになり、作品を完成させることができました。

──監督は韓国中部の全州出身で、1987年当時は高校3年生だったとのこと。韓国民主化闘争はどのような記憶が残っていますか?

全州でもデモが起きていましたし、学校の教室に催涙弾の煙が入ってきて大変だった記憶があります。私自身は普通の高校生でしたので、「どうして大学生たちは懸命に戦っているのだろう」と不思議に思っていたのですが、ある日、衝撃的なことが起きました。

友人が、「学校の近くのカトリック聖堂で変わったビデオの上映がある」と誘ってきたので、好奇心旺盛だった私はそのまま付いて行ったんです。すると、上映されたのは(ドイツ公共放送の)ドイツ人記者が撮影した、光州事件の惨状を記録した映像でした。

自国で、しかも自分が住んでいる町からそう遠くない場所で、そんなことが起きていたなんて…、と大きなショックを受けました。事件の事実について、大人たちが何一つ教えてくれていなかったことに恐ろしさすら感じました。上映後、言葉を発することなく歩き続けた記憶が鮮明に残っています。

■アベンジャーズ級のキャスティング

──キム・ユンソクさん、ハ・ジョンウさんといった映画界を代表するベテラン俳優から、韓流スターとして日本でも人気のカン・ドンウォンさん、そして若手の注目株であるキム・テリさん、ヨ・ジングさんまでがそろう豪華な俳優陣が目を引きますが、キャスティングはどのように進めたのでしょうか?

パク所長役のキム・ユンソク。圧倒的な演技で物語をけん引

パク所長役のキム・ユンソク。圧倒的な演技で物語をけん引

まず、キム・ユンソク先輩にシナリオの初稿をお見せし、共産主義者を捕らえる任務に人生を捧げるパク所長役をオファーしました。しかし、その段階ではいい返事をもらえず、脚本家と再度シナリオの作業をしていたところ、カン・ドンウォンさんとお酒を飲むことになりました。

彼とは年に何度か会ってはお酒を飲む仲なのですが、「どんな作品を準備しているのか」と聞かれまして。『1987』は先ほどお話したように秘密裏に作業をしていたのですが、キャスティングをほとんど終えていた段階だったので、彼にこの作品について話しました。「シナリオを書き終わったら見せてほしい」とのことだったので、完成した際に「配役としては小さくオファーしづらいが、かっこいい大学生の役があるので検討してほしい」とイ・ハニョル役をお願いしてみたんです。

カン・ドンウォンさんのようなスターが、『1987』のような史実に基づいた映画に出てくれるとは思っておらず、大きな期待はしていませんでした。しかし、驚いたことに「この映画は意義ある作品になると思います。迷惑でないならぜひ参加したい」と快諾してくれたんです。

その後、キム・ユンソク先輩も「シナリオがよくできている」と出演を決めてくださり、結果として、ハリウッドの大ヒット映画『アベンジャーズ』とも張り合えるようなキャスティングになりました。

──好きなシーンは?

注目の女優、キム・テリ(右)は女子大生ヨニ役で出演

注目の女優、キム・テリ(右)は女子大生ヨニ役で出演

個人的には、パク所長が自分の家族写真を見せるシーンが好きなのですが、映画の最後に流れる、韓国民主化闘争の実際のフィルムをつないだ映像にも、格別の思い入れがあります。この映像のために、映画を作ったといえるかもしれません。

──NNAカンパサールの主な読者は、アジアを舞台に働くビジネスパーソンです。仕事において『1987』のような大プロジェクトを成功させる秘訣は?

自分の努力もとても大切だし、映画を作る技術も重要ですが、この作品を製作しながら重要だと感じたのは「つながり」です。無責任に聞こえるかもしれませんが、社会も、歴史も、ビジネスもそう。全てのことは結びつきで成り立っていて、人間はその中で成長し、育っていくのではないかと思います。

『1987』は秘密裏に進めていた作品でしたが、歴史の風が吹き安定的に製作できるようになり、すばらしい俳優さん、スタッフさんと一緒に完成させることができました。どんなプロジェクトも計画だけでできるものではなく、つながりを大切にすることが重要だと思います。

──映画監督として今の韓国社会に思うことは?

現代の韓国市民に「あの時(1987年)のような純粋な気持ちや情熱を持っていますか」と問いを投げかけてみたいですね。『1987』は(民主化運動に参加したイ・ハニョル合唱団が歌う)『その日が来れば』という歌で終わるのですが、私たちは本当に「その日」に向かって進んでいるのでしょうか? 30年が経ったのに、なぜ再びろうそく革命(※3)を行わなければならなかったのか? アパートの値段は誰がここまで値上げさせたのか? なぜ私たちはお互いに刺々しく、蹴落とし合っているのか? そういったことを人々がきちんと議論し、考えるために、問いを投げかけたいです。

※3 朴槿恵の大統領退陣を求めて行われた大規模な市民デモ。ろうそく型のLEDライトを持って行われたことから「ろうそくデモ」「ろうそく革命」と呼ばれる。

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『1987、ある闘いの真実』

監督:チャン・ジュナン

出演:キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ユ・ヘジン、キム・テリ、ソル・ギョング、カン・ドンウォン、パク・ヒスン、イ・ヒジュン、ヨ・ジング

原題:1987/2017年/韓国/129分

配給:ツイン  1987arutatakai-movie.com

9月8日(土)シネマート新宿ほか、全国順次ロードショー

(c)2017 CJ E&M CORPORATION, WOOJEUNG FILM ALL RIGHTS RESERVED

【あらすじ】1987年1月、全斗煥大統領による軍事政権下の韓国。南営洞警察のパク所長(キム・ユンソク)は共産主義者の撲滅を目的に、取り調べを日に日に激化させていく。そんなある日、名門ソウル大学の学生、パク・ジョンチョル(ヨ・ジング)が取り調べ中に拷問を受け死亡する。警察は隠ぺいをもくろむが、不審に思ったチェ検事(ハ・ジョンウ)は、検死解剖を命じ、拷問致死であったことが判明する。警察の不正が明らかになり、国民の怒りが爆発。民主化要求デモが各地で起きるが、その最中に別の大学生、イ・ハニョル(カン・ドンウォン)が警察の催涙弾の直撃を受け死亡。韓国全土を巻き込む民主化闘争へと発展していく──。

※特集「アジア取材ノート」は、アジア経済を観るNNAのフリー媒体「NNAカンパサール」2018年9月号<http://www.nna.jp/nnakanpasar/>から転載しています。


関連国・地域: 韓国日本
関連業種: メディア・娯楽社会・事件

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