タイ・ツナ缶業界の曲がり角(4)
6月1日付NNA記事「農家の4割は低所得者=中銀シンクタンク」(https://www.nna.jp/news/result/1769900)によると、タイ農家の4割が貧困ラインに設定された3万2,000バーツ(約10万8,600円)以下の年収であることが分かったという。
同記事によると、タイ中央銀行(BOT)傘下のシンクタンク、プエイ・ウンパコン経済研究機関(PIER)の調査では、2017年の農家の平均年収は5万7,032バーツで、政府が掲げる21年の年収目標6万バーツを下回っているという。農家の世帯構成は平均2.7人。農家の3割は1人当たりの平均年収を上回る債務を抱えている。債務の額は農家の10%が年収の3倍に上り、50%が年収の0.6倍だという。
農家の所得が上がりにくい原因の一つには、商品を差別化しにくいことが挙げられる。皆が皆同じような農作物を作って売る場合、自分の製品の差別化が難しく、従って価格競争に巻き込まれがちだ。
加えて農産物の多くが輸出市場に回る場合、その購買価格は世界の需給によって決定され、生産者である農家は価格決定力が弱い。例えば生産コストが増加したとしても、増加分を商品価格に転嫁しにくい構造にある。
■価格決定力が弱いタイのツナ缶業者
これらの特徴はタイのツナ缶業界にも当てはまる。
多くの事業者が、海外の大手食品会社からのOEM(相手先ブランドによる生産)でツナ缶を製造しているため、仮に原料価格が上がり、人件費が増加したとしても、それを製品価格に上乗せすることは難しい。業界的にコストが増加基調にあったとしても、なかなかそれを商品に上乗せすることができず、結果として利益率がどんどん圧縮され、ひいては利益が上げられない状況に陥ってしまう。
さてこのシリーズでは、タイツ缶業界について、長期的な原料コストや人件費の上昇を受けて業界全体として曲がり角にある現状を見てきた。その結果、特に中小のタイのツナ缶事業者の収益環境が悪化している現状を、前回「寡占化が進む中であえぐ中小ツナ缶業者 タイ・ツナ缶業界の曲がり角(3)」(https://www.nna.jp/news/show/1780958)までで取り上げた。
厳しい業界環境だが、各社はその中でも収益性の改善に向けて取り組みを始めている。今回はタイツナ缶業企業での収益性改善に向けた取り組みの現場を見ていきたい。
■収益性改善のカギは「脱ツナ缶化」と「高付加価値化」
なぜタイのツナ缶会社(特に中小)はコストが上がっても価格にそれを反映することができないのか。その主な理由は下記の3つにある。
1)ツナ缶がコモディティ化していること
2)OEM生産がメインで自社での価格決定権が弱いこと
3)1社当たりの規模が小さく、かつタイ以外でも生産されているため、価格決定力が弱いこと
つまりツナ缶は、差別化が難しい農産物のように一般的な商品と化しているため、価格の差別化が行いにくく、加えてその価格は需要を握るOEM元の決定権が強い一方で、タイ国外を含む多くのツナ缶事業者との競争状況にさらされ、一般的にその製造コストに関わらず店頭での商品価格は安い値段に据え置かれているのだ。
改善に向けての取り組みを今回タイツナ缶企業2つの例で見ていきたいが、共通しているテーマが3つある。
一つ目は、脱ツナ缶化だ。そもそもツナ缶を製造している限り、レッドオーシャン(競争の激しい既存市場)で利益が上げられない。従ってより利幅が高く、まだ競争がそれほど激しくない、ツナを使った加工食品やペットフードにシフトしているのだ。
二つめは、高付加価値化だ。例えば、単なるツナ缶の製造ではなく、それにひと手間加えた商品に加工している。今回紹介する会社のうちの1社は、自社ブランド製品を販売することで、利幅の拡大と価格構想力を高めようとしている。
■ペットフードや加工食品の拡大を進めるChaokiwat社
まず紹介するのは、ツナ缶業界リスト5位のChoitwat Manufacturing社だ。同社は、タイ南部のマレーシアにほど近いソンクラー(Songkhla)に本拠を構えている。
下記のタイツナ缶業界主要企業リストでChotiwat Manufacturing社は2016年度のタイで5位のの76億1,600万バーツ、日本円にして約250億円程の売り上げとなっており、タイ・ユニオン・グループ、シーバリューグループ、キングフィッシャーグループに続く準大手的な存在だ。
同社は1981年に創業し、創業オーナーの長男が現在最高経営責任者(CEO)、娘2人がそれぞれ最高財務責任者(CFO)と人事のトップを務める家族経営的な会社だ。オーナーは海産物を扱う会社から事業を始め、その後ツナ缶事業に業態を変えていった。結果、一代で準大手の一角に名を連ねるほどのツナ缶会社まで育て上げた。
ただ、業界における厳しい事業環境は、この会社にも押し寄せている。この会社ではツナ缶の製造量が2015年は1日当り300トンあったのに対し、16年は250トン、17年には180トンまで下落している。
同社の営業担当のJiranon氏は「ピーク時の3年前には従業員5,600人を雇用していたが、現在は3,800人まで減っている。以前は1日2シフトでツナ缶生産を行っていたが、近年の原料となるツナ原料の調達価格の上昇と人件費の増加から、1日1シフトに変更した」と言う。
彼らの製品に占める人件費の割合は約5割で、その価格の上昇も収益性悪化の大きな原因になっている。
加えて彼らの収益が厳しい原因の一つが、OEM製品率が高いことだ。同社は、海外ブランド企業向けのツナ缶のOEM生産がメインであり、自社ブランドを有していない。その結果、販売価格をコストに反映しにくい構造となっている。
こうした状況下で彼らが力を入れているのが、製品の多角化だ。単純なツナ缶だけでなく、ツナフレークを使った加工食材やペットフードなど、より利益率の高い商品の割合を高めている。
「現在、自社が力を入れているのは付加価値商品とペットフード。付加価値商品はツナにカレーやその他の味付けをして、そのまま料理に使えるようにした商品を開発している。ペットフードも味のラインナップを拡大し、製造販売に力を入れている。その結果、売り上げに占める付加価値製品の割合は15%、またペットフードの割合は10%までようやく高まってきた」とJiranon氏。
今後の改善策として、コスト面での引き下げを課題として挙げていた。現在のコストからさらに上昇ることを見越して、より製造プロセスを機械化できないか考えているとのことだ。
■早くから多角化にかじを切ったPataya Food社
現在のタイツナ缶業界が直面している問題点に従前から気が付いて、早めに対応策を打っていた企業も存在する。それがPataya Food社だ。
同社は、前述の「タイのツナ缶業界主要企業」リストでは7番目に位置づけられている、業界の中堅企業だ。現在では日本に加えて中国、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、ラオス、カンボジア、中東へと商品を展開している。
同社の特徴として挙げられるのは、利幅の小さいツナ缶事業の割合をより早期から下げるべく手を打ってきたことだ。同社のThitipon氏は言う。
「ツナ缶は利益率が4~7%程度だが、ペットフードの利益率は7~15%は確保できる。実はこれでも利益率が下がってきており、3年前はより競合が少なかったため20%近くはあった。利益率の低いツナ缶事業の割合を減らすべく舵を切っており、現在ツナ缶販売は事業全体の50%程度。水産品に限定せずに製品ラインナップを拡大し、ツナ缶製造というよりも食品全般の製造会社に移行しつつある」
もう一つの同社の特徴は、より価格決定力を高めるための脱OEMだ。
「製品はOEM80%、自社ブランド製品が20%。2年前に策定した5カ年計画でOBM(自社ブランド生産)を25~30%まで拡大する方針を打ち出した。現在、自社ブランド製品は年率20%の割合で増加している」
同社は、業界の状況が変わりつつある10年ぐらい前から、このままだとコストの上昇に耐えられなくなる時代が来ることを見越して、自社商品の高付加価値化に地道に取り組んできたのだという。
その柱が、売り上げにおけるツナ缶製品割合の低下と自社ブランド化だ。そうした長期的な取り組みがようやく実を結びつつあり、中堅規模の企業ながら毎年確実に利益をたたき出している。
戦略の軸に据えているのが、自社製品開発力の強化だという。
「現在、自社での開発を強化している分野は(1)高齢者向け製品(低糖分製品)(2)ペットフード(3)新規商品分野――の3つだ。特にペットフードは今後の自社ブランドの展開を強化していく領域で、新商品については必ずしもツナにこだわらず、より幅広い商品を含んでいる。こうした新規事業については、社内の経営企画部門と商品開発研究部門が協働で対応している」
最近製造した商品は魚を使ったスナック菓子で、もうこうなるとツナ缶会社には見えない。
今回取り上げた企業は、業界におけるトップ3グループに属さない、いわゆる準大手・中堅企業だ。大手のツナ缶企業においては、より本格的に高付加価値製品の製造にシフトしている。次回は、タイツナ缶業界最大手のタイ・ユニオン・グループにおける取組を見ていきたい。キーワードはバイプロダクト、つまり副産品だ。
<筆者紹介>
杉田浩一
株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役。カリフォルニア大学サンタバーバラ校物理学および生物学部卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり複数の外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。2000年から09年まで、UBS証券会社投資銀行本部M&Aアドバイザリーチームに在籍し、数多くのM&A案件においてアドバイザーを務める。また09年から12年まで、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて、在日副代表を務める傍ら東南アジアにおけるM&Aアドバイザリー業務に従事。
12年に、東南アジアでのM&Aアドバイザリーおよび業界調査を主要業務とする株式会社アジア戦略アドバイザリーを創業。よりリスク度の高い東南アジア案件において、質の高いアドバイザリーサービスの提供を目指してASEAN各国での案件を遂行中。特に、現地の主要財閥との直接の関係を生かし、日系企業と現地企業間の資本・業務提携をサポートしている。
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