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インド新幹線、日中連携の布石を 鉄道工学の曽根悟教授(上)

「日本の新幹線技術導入は非常識に高い買い物だった――。インド政府がこのように後悔する時が来るだろう」。鉄道工学の第一人者、東京大学名誉教授・工学院大学特任教授の曽根悟氏は日本が初めて本格的な海外展開を行うインド新幹線の計画について、こう警告する。「将来に禍根を残さないために、中国と協業することを見据えるべきだ」と話す曽根教授に、新幹線の海外展開の課題や将来像を聞いた。【遠藤堂太】

「高速鉄道の総合力は中国が日本に圧勝している」と話す東京大学名誉教授・工学院大学特任教授の曽根悟氏(NNA撮影)

「高速鉄道の総合力は中国が日本に圧勝している」と話す東京大学名誉教授・工学院大学特任教授の曽根悟氏(NNA撮影)

――インドに最適な新幹線技術が導入されていない、と考えているようだが。

インドでは、先頭車両のノーズが長い東北・北海道新幹線「E5系」(日本国内最高の時速320キロ)が導入されるが、(トンネルが多い)日本の特殊事情の車両を押しつけている。

日本の新規着工区間(東北新幹線の盛岡以遠など)ではトンネルが多いため、トンネル断面積を小さくして建設費を抑える。この結果、トンネル進入時の空気圧の衝撃、いわゆる「トンネル・ドン」の発生対策として、E5系は細長い先頭形状となっている。しかし、インドでトンネルはほとんどないので、E5系導入は疑問だ。先頭車両の客席が半減し、旅客収入が減る。車両デザインとしてもスマートではない。「憧れの新幹線」として絵本の表紙にもなりにくい。

先頭車両のノーズが長い「E5系」(右手前)の1号車の座席はわずか29席。「700系」(65席)や写真奥「E2系」(55席)に比べ少ない=東京駅(NNA撮影)

先頭車両のノーズが長い「E5系」(右手前)の1号車の座席はわずか29席。「700系」(65席)や写真奥「E2系」(55席)に比べ少ない=東京駅(NNA撮影)

北陸新幹線「E7系」。曽根教授は「インドに投入すべきだった」と話す=東京駅(NNA撮影)

北陸新幹線「E7系」。曽根教授は「インドに投入すべきだった」と話す=東京駅(NNA撮影)

時速350キロで走るにしてもこのように極端にノーズを長くする必要はない。むしろE5系の走行システムに北陸新幹線「E7系」(最高時速260キロ)の車体を組み合わせれば、先頭部に無駄なスペースが発生しない。(※1)

――インドでは日本が受注したムンバイ~アーメダバード以外にも、高速鉄道計画があり、中国などの技術を導入しようとしている。

インドでは、日本以外の各国技術を想定した高速鉄道計画がある。将来それらが延長されネットワークとして結ぼうとしたときに、信号や車両重量制限など、それぞれの国のシステムがばらばらになってしまう問題が起きる。その時、インド政府は新幹線技術導入を後悔するに違いない。

日本の新幹線の高頻度定時運行率は世界トップだが、いったん事故が起きると運転再開までに半日を要することが多い。これは世界の中で、日本だけが「単線並列信号」を導入していないからだ。(※2)

■パッケージ型輸出、相手国は納得せず

――インド新幹線計画で日本の問題点は。

まずは設計・製造から管理運営・メンテナンスまでを含めた「パッケージ型インフラ輸出」という考えを改めるべきだ。日本の新幹線システムはインドにとって最良ではない。日本が運営を含め短期的な収益を上げるという虫の良い話で相手国は納得するだろうか。インドが強く望んでいる製造業振興策「メーク・イン・インディア(インドでつくろう)」に協力しつつ、インドに適した日本の流儀を浸透させる努力が必要だ。

――日本はどうすれば良いのか。

日本や中国、インドは人口密度が高いという共通の環境がある。一方で、中国とインドは国土が広いのが日本とは違う点だ。欧州メーカーにインド事業に入らせないような日中連携を視野に入れてほしい。これは日中印の共同の利益につながる。

インド新幹線計画では、中国の高速鉄道が将来参入しやすいよう、日中に共通の布石を打つべきだ。中国・欧州と同じ世界標準の「単線並列信号」の導入は当然。最高電圧も日中にほぼ共通な約30キロボルト(kV)を導入すべきだ。(※3)

■日中の技術、親和性高い

――日中連携は可能なのか。

戦前、中国の「南満洲鉄道」と日本を「弾丸列車」(新幹線計画の前身)で結ぶ構想もあったことから、中国の鉄道と新幹線の設計思想の底流は似ている。中国が日本の新幹線技術を積極的に導入していることもメリットだ。

また、新幹線の軸重(1本の車軸にかかる重さ)は標準12トンと軽く(インフラ構造物への負荷軽減のため)、15トンの中国は新幹線をベースにいろいろなスペックを追加しアレンジする「余裕」ができた。一方、中国はドイツの高速鉄道「ICE」からも技術を導入しているが、欧州高速鉄道の軸重は17トンで、中国での上限値「ぎりぎり」のため、設計変更は難しかった。

中国は日本とドイツから技術を学んだが、最初に導入した日本の「E2系」は中国でも高く評価されている。

日本のE2系をベースに中国で改良した「CRH380A」までは、ブレーキやモーター制御などコアな部品は日本から中国へ輸出されており、日本企業のビジネスにとっても悪い状況ではない。

――中国は浙江省温州市で11年、40人が死亡する高速鉄道の衝突事故を起こしている。50年以上の死亡事故ゼロの新幹線技術とは相容れないのではないか。

中国の高速鉄道事故で、高架橋から転落した車両=2011年7月24日、浙江省温州市(共同)

中国の高速鉄道事故で、高架橋から転落した車両=2011年7月24日、浙江省温州市(共同)

落雷による電気設備の故障で電車が停止。ここまでは日本でもある。しかし、当時の中国では経験がなく、ルールブックをみて、あたふたと対応している間に、連絡ミスが重なり衝突事故が起きた。日本ではさまざまな経験を通じて、ルールブックを運用する場合、細かい取り決めがあるし、そもそもルールブック運用前の「暗黙のルール」を含めた訓練と準備を行っている。中国はそうしたノウハウや経験値がなかった。

事故車両を地中に埋めたほか、再発防止よりも事故の責任追及ばかりの事故報告書を出して世界中の批判を浴びた。しかし今や営業距離で日本の8倍の高速鉄道を持ち、日本が10年かかることを半年でできるのが中国。経験不足もこれらの失敗から学んで急速に改善し、安全精度が上がっているのは間違いない。

■日本は中国に勝てない

――日本が中国と協業しないと、どうなるのか。

日本の高速鉄道市場は中国や欧州と比べても非常に小さい。日本の鉄道産業が生き残ろうとするならば、中国に花を持たせて、日本は縁の下の力持ちで収益を上げていく形が良い。中国主導で海外市場を開拓し、日本がそれに加わる形が理想だと思う。

日本は人口減少や高齢化によって市場は低迷、技術も陳腐化し、確実に衰退していく。高速鉄道に関する総合力では日本の1に対し中国は9程度でかなわない。しかし、互いに相手にない強みがあり、協業が必要だ。

日本の強みは何と言っても、半世紀以上に及ぶ経験と改良の蓄積だ。互いに敵視して戦えばはっきり言って、日本は中国に勝てない。このままでは将来、中国製の新幹線車両が、東海道を走るような日が来るかもしれない。

<プロフィル>

曽根悟(そね・さとる)氏

1939年東京都生まれ。62年、東京大学工学部電気工学学科卒。東京大学、工学院大学教授などを経て東京大学名誉教授・工学院大学特任教授。2005~13年はJR西日本の社外取締役を務めた。『新幹線50年の技術史』(講談社)などの著書がある。

<メモ>

(※1)台湾の高速鉄道「700T系」は東海道・山陽新幹線の「700系」(最高時速285キロ)を改良して採用した。700系よりも高速時の走行性能が劣るとされる先頭形状のデザインとなったにも関わらず、安定的に時速300キロ走行をしている。

(※2)「単線並列信号」は、見かけ上は複線だが、両方向に進める単線が並列している信号システム。日本以外で普及している。事故などが起きた場合にダイヤ復旧が早い。立ち往生した車両がある場合、前をゆく電車は前へ、後ろを走っていた電車はバックさせる。片側の線路は単線扱いで双方向に電車を走らせることができる。

(※3)世界の高速鉄道の標準電圧は25kV。しかし最高電圧をみると欧州だけが27.5kV。運行間隔が高頻度の日本では最高電圧30kVで、中国も約30kVと推定される。


関連国・地域: 中国台湾シンガポールインド日本米国欧州
関連業種: 運輸電力・ガス・水道マクロ・統計・その他経済

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