• 印刷する

【外国企業の日本戦略】「上質な日本」を中国に伝えて 雑誌「行楽」、コンサルにも進出

中国で日本を紹介する中国語の専門雑誌『行楽』を発行する、中国・上海拠点の雑誌社、行楽。日中関係が悪化した直後に創刊するという逆風下での船出となったものの、すぐに「爆買い」に象徴される中国人による空前の訪日旅行ブームが訪れ、思いかけず追い風となった。日本貿易振興機構(ジェトロ)の協力を得て15年秋には日本法人も設立。日本各所に残る匠(たくみ)の技術や美しい田園風景など「上質な日本」を中国に伝える役目を担ってきたが、日本から中国へ一方通行のまま。これからは目まぐるしく変化する中国の消費者の今を日本に伝えていき、双方向での橋渡し役を担っていくことを目指す。

雑誌「行楽」の最新号では日本各地で活躍する匠(たくみ)たちを特集(左)。SNSの微信の公式アカウントは毎日、日本の最新情報を発信している(右)

雑誌「行楽」の最新号では日本各地で活躍する匠(たくみ)たちを特集(左)。SNSの微信の公式アカウントは毎日、日本の最新情報を発信している(右)

「勢いでやっているうちに、ビジネスが動き出した」と振り返るのは、株式会社行楽ジャパンの袁静(えん・せい)代表取締役社長だ。北海道を舞台にした中国映画『狙った恋の落とし方。』(中国名「非誠勿擾」)の大ヒットなどで中国の若者らに人気があった北海道を紹介するフリーペーパー『道中人』を09年に、九州をテーマとした『南国風』を11年に相次いで創刊。両誌を合併し、日本各地の魅力を伝える市販の雑誌『行楽』を創刊する準備を始めたのが、日中関係が悪化する前年の11年だった。

袁氏は早稲田大学に留学した後、日経BPで大手ビジネス誌『日経ビジネス』の営業として7年間勤めた経験もあり、故郷の上海に帰ってから「自分のメディアを作りたくて雑誌づくりを始めた」という経緯があった。時期が時期だけに周囲からも心配され、行楽のテーマを日本だけに絞ったものから、アジアや世界に広げたものへ変更することも助言されたりした。

だが、中国では唯一である日本を専門にした市販雑誌のライセンスを苦労して取得できた。「何とかなる」という楽天的な性格にも助けられたが、「こういう時期だからこそ、誰かがやらないといけない」という思いもあり、かたくななまでに日本にこだわり、2013年1月に創刊にこぎ着けた。

行楽では、日本各地の高級温泉や宿、食事を紹介するなどして、確かな情報が不足していた日本の姿を伝える役割を果たした。盛り上がりつつある訪日旅行の波にも乗って根強い読者ファンを増やしていった。これまでに日本旅行好きな読者たちが集まるオフ会を上海を中心に中国大都市で100回以上開催している。読者層は25歳~40歳が中心で、68%が女性だ。

■変化する中国と進化するメディア

「時代に合わせて進化するのはメディア自体の役割だ」と袁氏。チャットアプリ「微信(ウィーチャット)」は9億8,000万人のユーザーを持つ巨大メディアに成長するなど、会員制交流サイト(SNS)は中国での主要なコミュニケーション手段となった。さまざまな動画サイトも花盛りだ。「90後(ジュウリンホウ)」と呼ばれる1990年以降に生まれた若者たちは紙媒体だけでなく、SNSや動画などインターネットから情報を得て、自分を表現するようになっている。

行楽も雑誌という紙媒体の形にこだわらず、SNSなど新しいコミュニケーション手段を通じた日本の情報発信も強化している。「KOL(Key Opinion Leader)」と呼ばれ、SNSや動画サイトで数万~数十万の多くのファンを持つインフルエンサーたちを活用した、日本の自治体や企業の紹介なども手掛ける。

「中国の変化スピードは日本人の想像を超える。近年は微信や微博(ウェイボー)などのSNSが隆盛を極めているが、数年後にまた新しいSNSやアプリなどのコミュニケーション手段が出てくるかもしれない。中国の変化に合わせて行楽も進化していく。行楽が変わっていないのは、日本を紹介するメディアだということだけだ」と強調する。

「日本各地にある民宿を活用して、宿泊客の中国人に日本の製品やサービスを体験してもらうビジネス展開も検討している」と話す行楽ジャパンの袁静代表取締役社長

「日本各地にある民宿を活用して、宿泊客の中国人に日本の製品やサービスを体験してもらうビジネス展開も検討している」と話す行楽ジャパンの袁静代表取締役社長

■中国人という消費者を捉える難しさ

行楽の読者も成長している。かつては日本の有名な温泉地や宿、和牛の特集を組んでいればよく売れた。今は、上海や北京など大都市部からの訪日中国人のうち個人旅行が9割近くを占め、何度も日本を訪れるリピーターの割合が増えた。他人が行ったことがない、自分しか知らないよりディープでマニアックな情報が好まれるようになっている。

行楽でも、隠れたおいしい焼き鳥屋や地方のB級グルメのお店を特集したり、中国で人気が高い日本のテレビドラマで登場したお店を紹介したり、また京都の歴史ある美しい庭園でヨガを体験することを提案したりしている。炊飯器や美顔器などの「モノの消費」から、心を満たす体験を重視する「コト消費」に重点を置いた独自のコンテンツを生み出している。

行楽の微信公式アカウントは京都の美しい庭園の中でのヨガ体験なども紹介

行楽の微信公式アカウントは京都の美しい庭園の中でのヨガ体験なども紹介

袁氏は「中国人が日本行きの飛行機に乗ったとたんに『インバウンド客』と呼ばれてしまう。だが、例えば訪日旅行の5日間以外の360日間は中国での生活者であり、消費者だ。360日間の日常でどんな生活をし、どんな消費をし、どんな不満を持ち、何を求めているのかを知らなければ、訪日の5日間の行動が読めないし、日本企業がビジネスをやることはできない」と指摘する。

特に地方自治体や日本企業のインバウンド担当者には、机上の議論や勉強会をする前に、まず上海を実際に訪れて欲しいという。自家焙煎のコーヒーを出す世界のロースタリーカフェが出店していたり、米国の人気ハンバーガーチェーン店はスマホを手にした若者たちでにぎわっていたり、世界の流行の最先端を行く店舗が東京よりも先に上海に進出しているケースも少なくない。日本人駐在員たちも手を出しにくい高級な日本料理店は中国人客でにぎわう。「中国最大の商業都市、上海の発展ぶりを自分の目でみてショックを受けるかもしれないが、その体験を基にインバウンドの議論を始めるべき。中国と日本がどちらが優れているとかいないかとかは次元の違う話。中国人を顧客と捉えている以上、彼・彼女らが暮らすマーケットを見にいかないと意味がない」という。

■コンサル企業「行楽総研」を立ち上げへ

行楽という人気雑誌が築き上げてきた中国人読者や日本企業、自治体とのつながりという貴重なリソースを生かし、袁氏はこの6月には新たな展開に打って出る。中国人来訪者を生活者、消費者として捉え、その日常行動を分析した結果を地域の活性化につなげるコンサル会社「行楽総研」を立ち上げるのだ。日本の大手広告代理店で働いていた中国人を社長に据え、パートナーには大学の中国研究者や大手コンサルタントのエキスパートを迎える。

日本企業による中国進出は底を打ち、ここに来て回復しつつある。中国を「世界の工場」としてではなく「市場」と捉えて進出してくる日本企業も増えている。「インバウンドの中国人と、中国にいる中国人は同一人物。呼び方が変わっただけ。日本企業や自治体が彼らを消費者として捉えて次の一手を講じていくためには、中国にいる360日の行動の分析が欠かせない。中国人の生の声に耳を澄まし、これを日本に伝えることで、双方向での日中間の新たなビジネスを生み出していきたい」と意気込む。

「毎日多忙で苦労も絶えないが、走りつづけないと今の中国には追いついていけないから仕方ない」と袁氏は笑った。(吉沢健一)


関連国・地域: 中国-全国日本
関連業種: 小売り・卸売り観光メディア・娯楽社会・事件

その他記事

すべての文頭を開く

SBIが地場子会社化、銀行事業に再参入(10/17)

【アジアを走れ、次世代モビリティー】一帯一路の自動車生産(10/17)

【アジアインタビュー】 アジアに未来あり、アイリスオーヤマの大山晃弘社長(10/17)

都市再生機構、NSW州と契約 西シドニー開発を本格支援(10/17)

トヨタ、タイで定額リースサービスを開始(10/17)

東南アジアの訪日者、9月は21%増と好調(10/17)

みずほ銀が予算セミナー「投資誘致に力点」(10/17)

【アジアの本棚】『専門知は、もういらないのか ──無知礼賛と民主主義』(10/17)

富士フイルム、地場病院と乳がん研修で提携(10/17)

千代田化工、契約先が損害賠償増額求め提訴(10/17)

すべての文頭を開く

※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対して株式会社NNAは一切の責任を負いません。

NNAからのご案内

出版物

SNSアカウント

各種ログイン