• 印刷する

【ASEAN】ベトナム医療は魅力的な投資機会か?(9)

12月8日付NNA記事「病院運営トンブリが上場、110億円調達」(https://www.nna.jp/news/result/1698204)によると、私立病院チェーンを運営するタイのトンブリ・ヘルスケア・グループは、タイ証券取引所(SET)のメインボードに上場したという。新規株式公開(IPO)で調達した約32億3,000万バーツ(約110億円)は債務返済、病棟増設などの事業拡大、運転資金に充てる。

同記事によると、「同社は、タイと中国で病院(計1,066床)を運営。タイでは在宅ヘルスケアサービス、高齢者向けのヘルスセンター運営なども手掛けており、「エイペックス・ヘルス・ケア」ブランドの薬局も展開している」という。

病院の上場が活発に行われているタイは、私立病院の医療経営についても利益を出すものとの考えが普通に浸透しており、上場して資金調達を行い、その資金を通じて優秀な医師の確保や最新の医療機器の購入を行い、新たな患者の囲い込みを行っている。

ポジティブな資金の循環により、タイの医療水準は着実に高まり、ホスピタリティあふれるサービスと相まって、今では近隣諸国の医療ツーリズムの受け皿ともなっている。

■なぜバンコク病院は成功できたのか?

さて、前回記事(https://www.nna.jp/news/show/1700171)では、こうしたタイにおける私立病院の草分けとして、バンコク病院を取り上げた。バンコク病院はその持株会者であるBangkok Dusit Medical Services Company Limited (BDMS)傘下に現在45病院を有し、グループ全体の時価総額で1兆円規模という世界有数の病院グループだ。彼らの成長の軌跡をたどるため、バンコク病院の共同創業者Pongsak Viddayakorn氏のご子息であるSatit Viddayakorn氏に話を伺った。

Satit氏曰く、バンコク病院が創業した1969年ごろのタイの医療サービス提供者は、公立病院が中心で、有力な私立病院はほぼ皆無の状態だった。従って、患者は朝早くから患者でごった返す公立病院に並んでさんざん待たされたあげく、ごく短時間の診療を受けるといった状況だった。そこでは、患者に対するサービス精神など希薄で、もし少しでもサービスを挙げてもらいたかったら医師や看護師に対する「付け届け」次第といった状況だったという。いわば、今のベトナムと同じ状況だったのだ。

バンコク病院以外にも、当時数多くの私立病院が運営されてていたが、公立病院の厚い壁にはじき返されて、十分に成功した私立病院は現れなかった。そこでの壁とは、国民の中にある根強い公立病院信仰だった。

今のベトナムと同じく、(1)優秀な医師は公立病院にいる → (2)その医師の評判で患者が公立病院に集まる → (3)公立病院で診療例がより蓄積され医師の技量がさらに高まる → (4)手技を研さんできる公立病院から優秀な医師は離れない → (1)結果優秀な医師は公立病院にいる——というポジティブなスパイラルだ。

この逆のネガティブスパイラルが、私立病院に当てはまり、(1)良い医師がいない → (2)患者は私立病院には良い医師がいないと思っているから集まらない → (3)患者が集まらないから技量研さんの場がない (4)手術実績が積めないため医師は集まらない → (1)よい医師が集まらないといった堂々巡りから逃れられない私立病院が多く存在したのだ。

■バンコク病院が陥らなかったネガティブスパイラル

どのようにバンコク病院はネガティブスパイラルに陥ることなく、無事に事業を軌道に乗せることができたのだろうか?

――バンコク病院創業時には、タイにおいても私立病院の評価は必ずしも高くなかったと聞く。そうなると、患者の集客にも苦労したのではないか?そうした中で、そのようにバンコク病院は集客を行うことができたのか?

確かに当時の私立病院はそれほどレベル的に良い病院は少なかった。そうした中で、バンコク病院が違ったのは、参画した医師が皆アメリカなど海外で勤務していた経験を有しており、技量的に当時の既存の私立病院レベルと違っていたことだ。

――アメリカで勤務していたことは、患者に対して明確な差別化のメッセージになったのか?

なっていたと思う。加えて創業時に参画していた医師の中には、タイ王室対応の医師も含まれていた。こうした点は、スタートの段階で我々のレベルの高さを知らしめる意味では極めて重要な役割を果たした。

バンコク病院の大きな点は、創業時から明確にタイ国民に分かる形で医師たちの優秀さを知らしめることができた点だ。それは一つが参画した医師がみな米国などの海外での先進医療の経験を有していたことと、タイ国民に深く慕われている王室の医師を務めていたという事実だ。

これによって、スタート時から他の私立病院が陥るような、医療レベルに対するマイナスな印象とは無関係に、自らの優位な立ち位置を確保することができたのだ。

■拡大の契機は循環器系センターの設立

こうして、スタートの段階から他の私立病院にはない医療レベルの高さのアピールに成功したバンコク病院だが、最初から大病院だったわけではなく、小さなクリニックから段階的に信頼を得ながら徐々にその知名度を高めていった。それが、どのようにして拡大につながっていったのだろうか?

――バンコク病院の拡大において、一つの契機になった出来事のようなものはあるのか?

それは、循環器系医療センターを設立したことだろう。当時私立病院が特定分野に特化した医療センターを設立することはなかった。従って、このように自分たちの専門性をより明確にする形での医療センターは、我々の医療水準のイメージアップに大きく寄与した。

――なぜ対象分野として循環器系を選んだのか?

理由は主に2つある。一つ目は、設立当初から循環器系で有名な医師を抱えていたこと。2つ目は、その当時のタイで循環器系の疾患に対する治療の需要が高かったことだ。その意味では、今の段階でこのような医療センターを行うのであれば、それはがんセンターになっていたかもしれない。

――ベトナムでは現在、私立の大手の医療機関は極めて限られており、このような特定の診療領域の医療センターを展開しているところは存在しない。加えて、ベトナムで最も幅広く病院を展開している会社は、Vinグループという不動産会社だ。

タイにおいても、一時期不動産会社が、自社の不動産価値を高めるために病院に参入することがよくあった。ただ、そうした病院の多くは、施設の形から入り医療自体の内容がついていかなかったため、潰れていったところも多い。

――そのような経営破綻を起こさないためにはどういった点が重要だろうか?

それは、医療現場を実際に担う医師が経営に参画することだ。彼らが、具体的なニーズに即した治療法の導入や医療技術のスキルアップをどう高めるかといった点から経営にコミットしてもらう。特に、現場で医師や看護師、その他の医療スタッフを含めて、気持ちよく仕事ができる環境を整えることが、ひいては患者からの信頼感につながっていく。

■さらなる拡大につながったタイ証券取引所への上場

――こうして拡大していったバンコク病院は1991年にタイ証券取引所に上場した。その当時は病院の上場は珍しかったのでは?

当時は病院が上場することは珍しがられた。ただ、ちゃんとした事業を展開するためには、しっかりとした財務基盤が必要であり、上場は極めて有効な方法だ。

――上場による資金はどのような形で使われたのか?

多くは最新の医療機器の購入や、設備の刷新、優秀な医師の囲い込みに使われた。その結果、バンコク病院の立ち位置は私立病院の中でも抜けた存在になった。一方で、こうした新たな資金投資ができない私立病院からどんどん売却の申し出が寄せられた。

――私立病院の買収はリスクが高いのでは?

当然買収先は慎重に検討しないといけない。ただ一方で、しっかりとしたオペレーションを行えば、業績が回復する病院も多い。要は、本来行うべき投資ができていない私立病院が多いこと。加えて、規模が拡大することにより医療機器や薬剤などの購入でより価格影響力が発揮できるようになり、結果我々が買収することですぐに営業利益率が5%は改善するような状況だった。

経営不振の私立病院を徐々に買収することで、傘下の病院数を大幅に拡大させることに成功した。こうしたダイナミックな企業拡大戦略は、日本の医療機関においてはあまり見られない。バンコク病院の拡大の軌跡には、ベトナムにおいて私立病院を行う際の多くのヒントが隠れている。

最後にSatit氏はこう言った。「ベトナムの医療環境はタイの30年前ぐらいだと思う。そうであれば、そこでしっかりとした経営を行った病院から、第二のバンコク病院が将来生まれてきてもおかしくない」

ベトナム医療市場は、医療機関にとって日本では実現できないような大きな成功をもたらすような場なのかもしれない。

<筆者紹介>

杉田浩一

株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役。カリフォルニア大学サンタバーバラ校物理学および生物学部卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり複数の外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。2000年から09年まで、UBS証券会社投資銀行本部M&Aアドバイザリーチームに在籍し、数多くのM&A案件においてアドバイザーを務める。また09年から12年まで、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて、在日副代表を務める傍ら東南アジアにおけるM&Aアドバイザリー業務に従事。

12年に、東南アジアでのM&Aアドバイザリーおよび業界調査を主要業務とする株式会社アジア戦略アドバイザリーを創業。よりリスク度の高い東南アジア案件において、質の高いアドバイザリーサービスの提供を目指してASEAN各国での案件を遂行中。特に、現地の主要財閥との直接の関係を生かし、日系企業と現地企業間の資本・業務提携をサポートしている。


関連国・地域: タイベトナム日本
関連業種: 医療・医薬品サービスマクロ・統計・その他経済

その他記事

すべての文頭を開く

アルプス技研が職業訓練校 農業、介護分野で高度人材を(11/16)

2Qの鉄鋼、4社が増収増益 ミタル参入に備え各社は技術強化(11/16)

現代自が移動サービスで奔走 強まる危機感、車メーカー脱皮へ(11/16)

テイクオフ:ほろ酔いで深夜の繁華街…(11/16)

日本製工業品の海外展開支援 東京センチュリー、補助制度活用(11/16)

岐阜県、県産製材を売り込み 海外初の常設展、ヒノキなどPR(11/16)

三重県知事、かんきつの輸入規制緩和を要請(11/16)

ICMG、地場社と起業支援事業で提携(11/16)

三井住友銀、メトロバンクとセミナー開催(11/16)

ジェトロ、デジタル系新興企業ツアーを実施(11/16)

すべての文頭を開く

※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対して株式会社エヌ・エヌ・エーは一切の責任を負いません。

NNAからのご案内

出版物

各種ログイン