「インドのITは人件費を抑えるためのオフショア拠点」と考えているのであれば誤解だ。米シリコンバレー発のイノベーション(技術革新)は、インドで開発が担われている。こうした中、インド財閥タタ・グループ傘下のIT最大手タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)は2014年、三菱商事グループとの合弁で日本法人を設立し、「インドと日本の財閥がITで協業する」と話題になった。3年間の合弁の成果はどうなのか。
三菱商事傘下のIT企業とTCSの日本法人を統合して日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(日本TCS)が14年7月、東京で設立された。グローバルの知見を持ち込みながら日本市場の拡大を狙うTCS側と、日本の顧客や市場を熟知しつつも業務効率化や技術を導入したい三菱側の思惑が一致した合弁だ。
■異なる開発手法、日本で「啓蒙」
「世界のデジタル化=アジャイル化だ。この流れには逆らえない」。日本TCSのアムル・ラクシュミナラヤナン(ラクシュミ)社長の物腰は穏やかながらも、紡ぎ出す言葉は力強い。
日本のIT開発手法は一般に、「ウオーターフォール型」と呼ばれるものだが、米国をはじめ世界のIT企業では「アジャイル型」に既に移行済み。外国人の業界関係者は、日本企業の大半がウオーターフォール型で行っていることに驚くことも多い。
ラクシュミ社長は「世界標準であるアジャイル型にシフトするよう、統合後の社内や日本の顧客に対して『教育・啓蒙』してきた」と3年間の取り組みを振り返る。
合弁事業について、ラクシュミ社長は「ハイブリッド型企業の誕生だった」と評価する。日本とインドの財閥がITで組むだけの単純な話ではなかった。世界標準で戦ってきたTCSと、純粋に日本市場向けの開発を行ってきた三菱系IT企業とその顧客企業とでは、開発手法は異なっていたからだ。
しかし、日本の顧客企業に対しては、世界標準は押しつけない。異質のものを混成する「ハイブリッド」を提案する。
日本企業は、世界の開発主流ノウハウをTCSから学ぼうとする一方で、今までの手法も踏襲したいという悩みを抱える。そこで、これまでの日本でのやり方とTCSのグローバル手法を融合するサービスを提供。顧客のビジネスを中心にITを合わせるカスタマースペシフィック(顧客寄与)に徹しながら、日本市場では競合他社にはできない強みを発揮しているという。
■コンサルに強み、日本の自動車メーカーにも
日本TCSは今年9月、人工知能(AI)を搭載した自律型のIT運用システム「イグニオ(ignio)」(※メモ欄)を日本で発表した。欧米では15年6月に運用を開始したが、日本語バージョンや24時間サポート体制構築のために2年間をかけた。
実証にあたっては三菱商事などの協力を得た。しかし、「当社のサービスが無条件で三菱商事や関連企業に導入されるわけではない」とラクシュミ社長は念を押す。
TCSはサービスプロバイダー、コンサルティングに徹している。「(日本を含めグローバル企業が使用する)SAPやシーメンスPLMソフトウェアの基幹ソフトは汎用製品。われわれはこうした製品を実際に導入する各社で実装し、ストレスのない環境を提供するコンサルティングに強みを持つ」(ラクシュミ社長)。顧客企業が使用する基幹ソフトを使いながら、中立(ニュートラル)な立場で最適解をワンストップで提供するという。
タタ・グループはタタ・モーターズのほか、英高級車のジャガー・ランドローバー(JLR)を傘下に置くが、タタの自動車部門はTCS以外との取引もあり、TCSも日本の複数の自動車メーカーや部品企業と取引がある。もちろん、それぞれのビジネスは独立しており、顧客企業情報の交換は社内でも禁止している。最近ではコネクテッドカー(つながる車)や電動化の引き合いが強いようだ。
■米市場からのシフトない
TCS本体の売上高のうち、米国が過半を占め、次いで欧州。日本は数%程度にすぎない。
報道によると、米国のトランプ政権発足後、インド人への就労ビザ(査証)発給要件が厳しくなっており、インドのIT企業各社には米国から日本へ比重を移す動きもあるという。
ラクシュミ社長は、「(言語や商習慣の壁があり)日本市場へのシフトは短期的な反動で実現できるものではなく、戦略が必要だ」と述べ、こうした報道の非現実性を指摘。TCSの場合、顧客とは永続的な関係を常に追い求めており、米国事業がトランプ政権によって影響を受けることもないと話す。
■重要な日本市場、忍耐の面も
日本TCSの従業員数は約2,500人。このうち1~2割程度がインド人で、残りは日本人を含む「非インド人」だ。社外にもビジネスパートナーの企業に1,500人、日本市場向けの開発要員としてインドのTCSでは3,000人が従事しており、計7,000人の体制で日本市場をサポートする。
日本TCSは今後、毎年2桁成長を見込む。ラクシュミ社長によると、インド本社は日本を、デジタル化やグローバル化がこれから進む重要な巨大市場だとみている一方、事業には忍耐も必要だとの認識を示しているそうだ。
■CSRは創業時から
不思議なのはTCSをはじめ、インドのタタ・グループにグローバル展開の企業文化があることだ。ラクシュミ社長は「グローバル・スタンダードは欧米企業ではなく、われわれが始めたものだ」と笑う。
多国籍企業で昨今取り組みが進む「社会的責任(CSR)」。タタでは、1868年の創業間もない頃から、営業利益の一部をグループ内の信託財団に納めている。企業は社会への還元が必要だとの考えからで、信頼を軸に長期的に顧客や地域にコミットするグループのDNAにつながっているという。
意識するのはインド国内の企業の動向ではなく、世界だと話すラクシュミ社長。「企業や従業員の成長の原動力は常に学習すること。これまでの既成概念にとらわれず、顧客の変化を察知することが大切だ」と従業員に説く。(遠藤堂太)
<メモ>
◇アムル・ラクシュミナラヤナン氏経歴
1961年4月13日生まれ。インド・チェンナイ出身。
1983年、バーラ技術科学大学ピラニ校卒(機械工学)。同年TCS入社。以後、米国・香港・オーストラリアで業務に従事後、99~2012年はロンドン駐在。10~12年は欧州拠点長。12~14年は本社の通信、メディア・情報サービス、ハイテク、公共事業の4部門のビジネス部門長に。14年7月より日本TCS社長。
※イグニオ(ignio)
TCSが15年に投入した企業のITインフラの運用に特化したソフト。情報を自動的に収集して傾向を分析し、解決策を提案・実行するコグニティブ機能を使っているが、自動化・最適化ができるのは世界初という。競合他社の製品は「学習させる」ことに時間がかかるが、イグニオはこれを省略できる。
イグニオには、IT環境全体を把握し、トラブルがあっても指示なしで問題解決する能力や、将来の不具合を予測しIT担当者に通知する機能がある。
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