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【ASEAN】ベトナム医療は魅力的な投資機会か?(3)

8月8日のNNA記事「今年のHIV感染者数、3500人」(https://www.nna.jp/news/result/1645609)によると、ベトナムにおける今年の国内のHIV(エイズウイルス)感染者数は3,500人で、エイズに関連した死亡例は650人に上ったという。ハノイは311人、ホーチミン市は572人のHIV感染が報告されており、2市の感染者数が全体に占める割合は約25%を占める。前年同期比では、HIVの感染者数は11%減、死亡数は34%減となっている。

同記事によれば、保健省は「政府が検査や広報活動への投資を怠れば、国民がHIVやエイズが簡単に治療できるといった誤った認識を持つようになる」と警鐘を鳴らしているという。

それぞれの国でどのような病気が多いのか、また死因要因になる病気は特に何が多いのかといった情報は、医療事業の展開を検討する上で真っ先に確認する必要がある基礎情報の一つだ。当然、東南アジアの各国においても、それぞれの国の保健省やそれに該当する関連省庁がこのような情報をまとめて発信している。

さて、東南アジアでの事業展開で直面する難しさの一つが、情報がどこまで正確なのか読み切れないことだ。特に複数の公的機関が発表する情報の内容が異なり、内容の整合性が取れない場合も出てくる。それが死亡率や疾病率といった「基本的な」情報だとしたら、どうすればいいのだろうか。

このシリーズでは、ベトナムの医療環境を見ながら、そこにおける事業機会と参入の可能性をテーマとしており、前回記事「ベトナム医療は魅力的な投資機会か?(2)」(https://www.nna.jp/news/show/1651890)ではベトナムの医療概況を他のアセアン諸国と比較した。

今回は、ベトナムにおける死亡率や罹患率の情報を確認しながら、データごとの食い違いや、それが発生する理由などについて考えてみたい。

■ベトナム保健省の統計データから見る死亡率及び疾病率

それでは、現在ベトナムではどのような疾患が多いのだろうか。ベトナム保健省がまとめている「Vietnam Health Statistics Yearbook」の2014年版を確認してみる。この統計は、ベトナム保健省が約2年ごとにまとめている医療環境に関する包括的なレポートだ。

図1のベトナムにおける主要な疾病を見ると、その上位には高血圧や肺炎、急性咽頭炎・急性扁桃炎がトップ3に上がってくる。その次に骨折が出ているが、これは主に交通事故が原因によるもので、ハノイやホーチミンでバイク絡みの事故の多さを考えると納得できる。また前回記事(https://www.nna.jp/news/show/1651890)で、ベトナムでは1986年から2014年までの30年弱の間に、疾病全体に占める感染症の割合が60%程度から22%程度に大幅に減っていることを伝えた。だが下記の表を見ると、現段階においても全体ランキングの7位で10万人当たり231人が罹っている。

次に、死亡要因を見ていこう。このデータによると、死亡要因の1位に来るのは頭蓋内損傷で、ほぼ同数で肺炎が2位に入っている。頭蓋内損傷が死亡要因のトップとなる要因は、先ほどの疾病率における骨折で記載した通り、都市部における交通事故、特にバイクによる事故によるものだ。冒頭の記事で取り上げたヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus)つまりHIVは、死因要因の9位にランクされている。

一点興味深いことは、このデータ上はがんがトップ10の要因の中には記載されていないことだ。

■WHOデータから見るベトナムの死亡率

ベトナムの死亡率については、世界保健機関(WHO)からも別途情報が開示されている。12年のWHOのレポートでは、脳卒中が死亡要因の1位となっており、11万2,600件を数え死亡要因の構成のうち20%程度を占めている。

国の統計と比較すると交通事故の割合が減少している一方で、肝臓がんや肺がんといった、がんが要因であることが具体的に明記されている。このように保健省発表のデータと比較すると、病名の定義の違いだけでは説明できない、データ内容の違いを数多く見出すことができる。

ベトナムをはじめ新興国での調査の難しさは、調査資料によって異なる結果が掲載されていることだ。このような国の情報とWHO情報との乖離は、ミャンマーでも同様にみられる。

■保健省情報となぜ乖離が発生するのか

それでは、なぜこのような情報の乖離が発生するのだろうか。現地の多くの医療関係者にその理由を聞いたが、そもそもそのような乖離が発生していることを認識している人自体がほとんどいなかった。

いろいろ現地医療関係者に聞いた中で、一番納得がいった説明は「保健省のデータは管轄する医療機関からの病気や死亡情報の集計のため、あくまで病院内で発生する死亡のみをカウントしている。ベトナムでは死期が近づくと最後は自宅で最期を迎えることを希望する人が多いため、特にがんの場合は退院して自宅療養に切り替える人が多い。その結果、がんでの死亡はベトナムの病院の公式死亡記録には残りにくい」という話だった。

このような、複数の公的機関が発表する情報の食い違いは、他にもいろいろなところで見ることができる。それではこのような情報の乖離がある時、どのようにして正しい情報を見つけるのか。

基本的な方法は外のソースをくまなく当たり、現地でのヒアリングから何が真実かを探っていくことだ。特に上記のがんについては、現地の医療関係者の話では、死亡要因としては間違いなくもっと高いはずとのコメントだった。

別の資料を見ていくと、興味深い数値も出てくる。図表4は「Cancer Index」による12年のがん死亡者数の国際比較だ。これを見ると、ベトナムにおけるがんの死亡者は10万人当たり1,056人存在し、保健省発表数値よりも大幅に多い。

日本とベトナムを比べた時、日本の方が3倍もがんによる死亡者が存在するが、その背景にはベトナムではレントゲンを撮影する医療機器の少なさから、がんと特定されないまま死に至ることが多い点が挙げられる。

それは、ここに挙げた同レベルのGDP(国内総生産)水準である東南アジアとその周辺国においても同様だ。検証した国のほとんどがベトナムと同じか、それ以下のがん死亡者であった。東南アジア諸国では医療機器が充実しておらず、高度な機械を使用しないと発見できない病気は実際の数値には表れにくい可能性がある。

このように、基本的と思われる情報についても、その情報がどこまで正しいか多角的に検証する必要がある。検証を行うことによって、その情報の真の意味や、実際の医療環境がより深く理解できるようになるだろう。

<筆者紹介>

杉田浩一

株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役。カリフォルニア大学サンタバーバラ校物理学および生物学部卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり複数の外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。2000年から09年まで、UBS証券会社投資銀行本部M&Aアドバイザリーチームに在籍し、数多くのM&A案件においてアドバイザーを務める。また09年から12年まで、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて、在日副代表を務める傍ら東南アジアにおけるM&Aアドバイザリー業務に従事。

12年に、東南アジアでのM&Aアドバイザリーおよび業界調査を主要業務とする株式会社アジア戦略アドバイザリーを創業。よりリスク度の高い東南アジア案件において、質の高いアドバイザリーサービスの提供を目指してASEAN各国での案件を遂行中。特に、現地の主要財閥との直接の関係を生かし、日系企業と現地企業間の資本・業務提携をサポートしている。


関連国・地域: ベトナム日本
関連業種: 医療・医薬品マクロ・統計・その他経済

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