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【アジアで会う】Ericさん 写真家:第55回 瞬間をつなぐ、個を重ねる(香港)

エリック、写真家。1976年香港生まれ。97年の来日後、「西村カメラ」(西東京市)で写真を学ぶ。主題は「人間って無限で面白い」。日本に拠点を置きながら、自らのルーツに迫った『中国好運|GOOD LUCK CHINA』(写真集/2008年)。他に『Look at this people』『Eye of the Vortex/渦の眼』など。

■始まりは恋

雑踏と強烈な色彩の中、年上の日本人女性と偶然出会う。広東語を話し、日本から何度も訪れるほど香港を愛するその女性に抱いたのは淡い恋心だったかもしれない。「将来どうするの?」——。彼女が何気なく言った言葉は、19歳だった彼が人生を考えるきっかけになった。

大学には進まず、衣料品店で働き始めたが、この生活をあと何十年も続けて行くことにふと不安を覚えた。両親と離れたい思いも強かったし、10畳程度の部屋に6人で住むような環境に窮屈さも感じていた。周りの友人が欧米諸国ばかり目指すことへの反発もあったが、『恋は盲目』を差し引いても、今ほどに日本が身近ではなかった当時、彼女を通して見る異国は新鮮だった。一歩外に出たらもっと面白い世界が待っているのかもしれない。純粋な好奇心に駆り立てられるように来日した。

写真を撮り始めたきっかけは「居候先がたまたま写真屋だった」と、きまり悪そうに話す彼が、今でも日本に拠点を置く理由は「少し離れた場所の方が良く見えることがある」から。世阿弥の「離見の見」を思わせる言葉通り、彼は比較し違いを見出すことで自らの自我と香港人たりえる答えを明かそうとしている。

■不安定な香港人

97年に香港は返還された。「『イギリスの香港人』から『中国の香港人』になったけれど、いつだって「香港人」でありたい」という意識は、外国では通用しなかった。「何が違うの?」と聞かれる度、「中国人じゃない」としか答えられない恥ずかしさを感じたのだという。

香港の人口は第二次世界大戦後、大陸からの流入者により増大した。その後、移民制限は行われるものの、一本の川を渡りきれさえすればIDカードが得られるため、今でも大陸からの移民は後を絶たない。

同じ国であっても川を隔てた祖父母に会いに行ったり、すこし遠出をするというありふれた日常の中に、通行証を求められた。「ふだん『日本の東京人』なんて思わないだろうけど、東京と大阪間を行き来するたびにパスポートを確認されたらどう?」——。特異な環境の中で、「香港人」の自我は自然と芽生える。

けれど、「何が違うのか」。その答えを求めて2006年、初めて中国人を撮りに行く。「驚いたけど、仕方がないよね」そこには、内面的に何も変わらない個人の姿があった。

■共通性と違い

「世界とまで言わなくても、中国だけで13億人いて、同じ人間は一人もいない」

彼が撮った写真に映る人物は、女性を口説くときに使うような「名前は」「どこの生まれ」という優雅な問いを寄せ付けない。息づかいまで聞こえそうな被写体との距離、鮮烈な色彩、底知れない個の力強さがある。言葉、国籍、場所、あるいは時代が違っても共感できる喜びや悲しみ、人を憎み愛するという経験の共通性。またエリックさん自身が来日し写真を撮り始めた経緯がそうであったように、個人における人生の多様性が表現されている。

しかし一方でそういった個が集まったことで形づくられる香港人と中国人には差異、あるいは特性があると考えているのだという。自由な国際都市と一党独裁体制の国、発展の速度に伴う文化の優劣、そういった安易な二項対立で違いを見出すことはためらっていた。彼が求めるのは、身に付ける服や持ち物、髪型などに現れる「らしさ」だ。

中国で撮り終え、今後撮る予定だという香港での人物写真を何十枚と組み合わせ、そのふたつを横に並べて比較することで「言葉では説明できない」違いを一瞬の視覚で表わそうとしている。

■香港への自負と思い

これから撮りたいものを尋ねると、人物写真とは別に、「香港って上から見たことないから面白そうでしょ」と空撮の構想を楽しそうに語ってくれた。不動産は今、中国人の富裕層に買い占められ値段と高さは日々高くなっている。いつか建物が増えすぎて土地がなくなってしまうのではないか、その前に撮り収めておきたいというその理由に切実なものを感じた。

エリックさんのパスポートを見せてもらうと、国籍はイギリス。でも同時に中国人であり、日本語を流暢に話し、紛れもなく香港人なのだ。「その時に一番有利になるように使い分けている。」自由とは時に無責任だ。自分の居心地の良さを最優先に、内と外にそれを求める。香港は、香港人はそういうところがある。

その場所で声を上げて抗う人たちと、変わりゆく景色を写真に残そうとするその人は、何にも縛られることのない奔放さを守ろうとしている。一瞬でも撮り逃さないように、目まぐるしく変わる故郷に向けシャッターを切る。(東京編集部・松本理沙)<香港>


関連国・地域: 中国香港日本
関連業種: 政治社会・事件

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