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【有為転変】第176回 夢の跡のつわものたち

オーストラリアの総選挙で惨敗を喫した保守連合、特に自由党が、今後の方針に揺れている。前政権で国防相を務め、タカ派外交で名をはせたピーター・ダットン氏が自由党党首になり、右傾化するかと思いきや、今後は環境政策や財政再建、地方や中小企業支援など、より内向きの政策に注力していく方針だという。日本では「外交は票にならない」と言われ、外交で手腕を発揮しても地元選挙では評価されないという嘆き節がよく伝えられる。その意味では、オーストラリアでも外交の成果が国民に軽視される風潮が強まっているのかもしれない。

5月の総選挙結果は、労働党の優勢は伝えられてはいたものの、フタを開けてみれば、労働党が77議席、保守連合が58議席。労働党と保守連合の間でこれほど明暗が分かれたのは驚きだった。

政策がお粗末でもスキャンダルにまみれても、常に与党が圧倒的な議席を取る日本の選挙を見慣れた立場からすると、なぜオーストラリアでは失策の少なかった保守連合のモリソン政権がこれほど票を失ったのか、実に不可解に思っている。

例えば新型コロナ対策では、常に後手後手でまごついた日本とは対照的に、モリソン政権は先手を打ち続け、世界で模範国の一つになったと言っていい。

保守連合の新しい船出を報じるオーストラリアン紙(5月31日付)

保守連合の新しい船出を報じるオーストラリアン紙(5月31日付)

国民への補助金も手厚く、手早く支給し、ロックダウン(都市封鎖)で落ち込んだ経済もいち早く立ち直った。特に外交面では、モリソン首相は卓越したリーダーシップを発揮し、覇権的行為を繰り返す中国に対してひるまず、世界的に称賛を浴びた。

では、何が問題だったのか。モリソン政権にとって致命的になったと指摘されているのは、環境問題や女性問題である。国内で起きた森林火災や洪水といった大災害が気候変動要因として政権非難材料となり、女性問題については、一部閣僚が起こしたスキャンダルがモリソン前首相にも投影された。

逆に言えば、オーストラリアでは環境と女性問題が、外交や経済といった国家としての主要テーマを凌駕(りょうが)し、モリソン政権をひっくり返すほどのパワーを持ってしまったということである。

モリソン前首相は選挙結果について、地元紙に「女性問題に関して、自分が国民に誤解されてしまった」と話している。

ここで女性問題というのは、国会議事堂内の事務所で女性がスタッフにレイプされたとされる事件や、ポーター前司法長官が高校生時代に女性をレイプしたとされる事件、タッジ前教育相が秘書との不倫関係にあったことが暴露された事件などを指す。

モリソン氏は「こうした問題は、極めて対処が難しかった」と吐露している。その意味では、アルバニージー首相はチャイルドケアなどを重視し、そうした事件の反動で、女性視点の波にうまく乗った形になった。

また、「ブルドーザー方式」ともやゆされたモリソン氏の強引な内部手腕も、国民から敬遠されたようだ。

■「第1位票」は保守連合が上回る

ところでオーストラリアの選挙は義務投票制で小選挙区制(下院)だが、日本の選挙とは随分異なり、死票を少なくするために投票者は候補者全員に優先順位を付けることになっている。

今回の選挙を見ると興味深いのは、投票者が優先順位を「第1位」とした割合は、保守連合は35.4%、政権を取った労働党は32.8%、「その他」が31.8%だったことだ。惨敗した保守連合の方が、依然として労働党より2.6ポイントも高かった。それなのに、議席は約20議席も差が開いた。これはどう理解したらいいのだろう。

要するに、特に保守連合を嫌う無所属や少数政党の支持者が、保守連合の順位を下位にして得票ポイントを下げたことが保守連合の惨敗を招いた主因と分析されている。その大立ち回りを演じたのが、前回の当欄(5月20日付)で紹介した「ティール(Teal)」と呼ばれる無所属候補で、そのほとんどが環境問題を前面に出した女性候補者である。

その結果、全国でもともと保守連合地盤だった地域の得票率は前回選挙と比べて5~13%も減り、保守連合の票田を食い荒らした。保守連合の次期党首候補として評価の高かったフライデンバーグ前財相までティールに議席を奪われたほどだった。

自由党の黄金時代を築いたハワード元首相は、地元紙に「ティールは『リベラル派の無所属』を装っていただけで、実際には単に、自由党優位地区に送り込まれた刺客に過ぎなかった」と不快感を示す。

■9年続いた政権に飽きた?

だが、本当にオーストラリアの有権者は、それほどまでに「環境」や「女性」に敏感だったのか。

産業界の間でささやかれているのは「保守連合政権の惨敗は失策が原因ではなく、ただ単にコロナで疲弊した国民が9年間も続いた政権に飽きて、変化を求めたくなっただけ」という見方だ。その通りなのだろう。

「中道右派」「自由保守主義」「強い外交」を旗印にしてきた伝統あるオーストラリアの政党が、議席占有率が1983年以来最低水準にまで落ち込み、まるで「夢の跡」となっている。つわものたちの復活は、予想以上に難しいかもしれない。【NNA豪州・西原哲也】


関連国・地域: オーストラリア
関連業種: 政治社会・事件

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