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【アジアで会う】井上雅文さん シンガポール科学技術庁主席研究員 第337回 世界に先駆けてコロナ検査キット開発(シンガポール)

いのうえ・まさふみ 1948年生まれ。高知市出身。日本の大学を卒業後、カナダのカルガリー大大学院で抗ウイルス蛋白(たんぱく)を研究。カルガリー大学州立病院分子病理学研究チームのリーダーとして病原体の検出技術を開発。96年にシンガポール科学技術研究庁(A*STAR)の分子細胞生物学研究所(IMCB、当時はシンガポール国立大学=NUS=内の組織)に加わり、2009年からA*STAR実験治療センター(ETC)に所属。現在は先端薬剤開発研究所(EDDC)の遺伝子診断グループ代表。コロナ禍で日本にいる夫人とは毎日のように連絡を取り合っている。在宅勤務中の余暇で興味を持ったのは料理。

新型コロナウイルスの感染有無を正確に診断する検査キットを世界に先駆けて開発し、20年8月にはシンガポール政府から感染抑制に貢献した功労者として表彰された井上さん。検査キット開発チームを率いるリーダーとして、その活躍はメディアでも多く取り上げられた。

井上さんは、20年1月12日に新型コロナの遺伝子情報が初めて公表されてから2日もしないうちに検査キットを開発。「世界で最も早く開発された検査キットの一つだと思います。2月初めには既に感染症病院で1日当たり数百人レベルの検査に使用されていました。シンガポールの行動力には感銘を受けました」 と話す。それまでに重症急性呼吸器症候群(SARS)をはじめ多くの検査キットを開発しており、どんな塩基配列に注目すれば精度の高い診断ができるといったノウハウを既に持っていたことが大きい。感染の初期段階で既に検査キットの必要性を強く感じ、キットの開発・生産に向けた材料確保にいち早く着手するなど初動も早かった。

変異株が発生することも想定して開発した検査キットはこれまでに、シンガポールを含む世界約45カ国・地域で広く使われている。開発に取り組んだ当時について「大変でしたが、今思えば充実した時間を持てました」と振り返る。

困ったのは、新型コロナの感染が拡大する中で、検査キットを生産する企業が時を追うごとに増え、製造に必要な診断試薬の材料が世界中から消えていったことだ。この点はシンガポール政府とA*STARが協力して対応してくれたため、乗り越えることができたという。

■価値観を尊重して相乗効果

海外で研究活動がしたいと考えるようになったきっかけは、大学時代にヒッチハイクで欧州を回ったことだ。サバイバル力が求められる海外で自分の力を試すとともに、海外の教育機関で興味のあった分子生物の研究に取り組んでみたいと考えた。

その夢をかなえてカナダの大学院で抗ウイルス蛋白の開発に携わっていた時、上司がたまたまシンガポール人だった。その上司は1986年、シンガポール政府の肝いりで設立された同国初の分子細胞生物学研究所(IMCB)の初代所長に就任するため帰国。96年になって、カナダにいる井上さんに上司が「IMCBに来ないか」と声を掛けてくれたため、シンガポールで研究活動に従事することになった。

シンガポールの研究所は、働く人の出身国が多様で国際色豊かだ。「日本で仕事をした経験が少ないので比較は難しいが、友人を通じて日本の研究所の事情を聴くと、シンガポールは研究しやすい環境が整っていると感じる。一言で言うと人間皆同じ。価値観や文化はさまざまで十人十色だが、互いの価値観を尊重すればうまく共存できるし、相乗効果が生まれて豊かな文化が生まれてくる」と感じている。

■語彙力高めて生活の質向上

現在は、従来の新型コロナよりも感染力が強い変異株に対応できるよう検査精度を維持・向上させる研究を進めている。今後のウイルス感染については、「次の爆発感染の準備に入らなければならない」と早くもさらなる流行に厳しい視線を向けている。遺伝子情報を使った検査キットは誰でも作ることができるが、質の高いものを開発するのは難しい。失敗しても諦めずに続けていたら何らかの解決法は見つかる。そしていつでも準備を怠らないと考えている。

「パンデミック(世界的大流行)が起こってから検査キットの開発を始めても遅すぎる。今後も引き続き診断技術の向上を目指したい。そのためには普段から腕を研いておく」と話す井上さんの言葉には、強い意気込みが感じられる。

シンガポールの新型コロナ対策については、「死亡率は日本と比べものにならないぐらい低く、感染抑え込みで素晴らしい成果を出している。日本もこうした取り組みに注目してほしい」と指摘した。

これから海外での活躍を目指す日本人へのアドバイスを聞くと、「日本語でも英語でも語彙(ごい)を増やした方がよい」と一言。語彙が増えて人とのコミュニケーション能力が高まれば、それに比例して生活の質も向上していく人を多く見掛けるという。ウイルス検出技術の分野で世界の第一線で活躍する井上さんの言葉は、業界を超えて多くの人の心に響くのではないだろうか。(シンガポール&ASEAN版編集・清水美雪)


関連国・地域: シンガポール日本
関連業種: 社会・事件

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