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【有為転変】第155回 名誉毀損の慰謝料

オーストラリアのメディア業界にとって衝撃的ともいえる連邦裁判決が3日にあった。オーストラリア市民権を取得した中国人実業家の周沢栄氏が、公共放送ABCと新聞発行大手フェアファクスの親会社である民放ナインの2社を相手取って起こした名誉毀損(きそん)訴訟で勝訴し、連邦裁が両社に対し、59万豪ドル(約4,720万円)もの慰謝料支払いを命じたことだ。こうした名誉毀損訴訟は日本などでもよくあるが、驚かされるのは、オーストラリアのその法外な慰謝料だ。実はオーストラリアでも問題化しており、法改正が現在進められている最中だ。

周沢栄氏が名誉毀損だと訴えたのは、2017年6月に放映されたABCの人気報道番組「フォーコーナーズ」の内容だ。番組では、周氏が国連関係者に20万豪ドルの賄賂を送ったとし、中国共産党とつながるスパイだと匂わせていた。これは当時、オーストラリアで大変評判となった番組で、筆者もよく覚えている。

3日付の豪州各紙は周沢栄氏の勝訴を大々的に伝えた

3日付の豪州各紙は周沢栄氏の勝訴を大々的に伝えた

また周氏はこれより先に行われたヘラルド紙に対する名誉毀損訴訟でも勝訴し、24万豪ドルを得ている。周氏勝訴の判決に対してメディア側は、「オーストラリアで報道の自由を著しく阻害する判決だ」と反発。「あの報道が、外国によるオーストラリアへの影響について国家的な議論につながり、スパイ防止法の制定にもつながる役割を果たした」と弁護した。また「根本的な問題は、オーストラリアの名誉毀損法そのものにある」と主張した。

■桁違いに異なる慰謝料

実際オーストラリアでは、名誉毀損の慰謝料が巨額になるケースが多い。最近では例えば下記のケースがあった。

◆ジェフリー・ラッシュ氏(俳優)「共演した女性俳優に対して不適切な行為があった」と報じたデイリー・テレグラフ紙に勝訴。290万豪ドル(約2億3,200万円)の慰謝料。

◆レベル・ウィルソン氏(俳優)「年齢や実名の詐称があった」と報じた雑誌ウーマンズ・デイに勝訴。慰謝料は470万豪ドル。

◆ウィルソン氏(一般人)「12人の死者を出した2011年の洪水事故はウィルソン氏家族に責任がある」とラジオ2GBで発言したラジオ・ジョッキーのアラン・ジョーンズ氏に勝訴。慰謝料は370万豪ドル。

有名人のケースでなくても、例えば最近では、ある高校教師の女性が、「自分の父親の教職ポストを奪った」とメールなどで吹聴した卒業生を相手取って起こした訴訟があったが、こうした小さなケースでも10万5,000豪ドルもの慰謝料を得ている。

日本の場合、刑事の名誉毀損罪は「3年以下の懲役もしくは禁錮、または50万円以下の罰金(刑法230条)」となっている。違いは一目瞭然で、オーストラリアの慰謝料が桁違いなのが分かる。

■時代遅れの名誉毀損法

オーストラリアの名誉毀損関連法が時代遅れだという批判は全くその通りで、2005年以来、法改正されていないままだ。05年というと、前年にフェイスブックが立ち上がったばかりで、ツイッターはまだ存在してもいない。初代アイフォーンさえ、リリースされるのはその2年後だ。

現在の名誉毀損の多くがソーシャル・メディアで行われているというのに、現行法制はそれに対応できていないばかりか、原告寄りの法律になっているため些細なケースの乱用が目立つようになり、慰謝料も法外に跳ね上がるようになったという。

連邦政府と各州は昨年、名誉毀損法を改正するに当たり、「慰謝料の上限を設けること」や「報道が公共の利益になることなどが考慮されること」などを新たに加える形で合意したが、まだニューサウスウェールズ州だけしか正式に批准しておらず、全国的な法改正には至っていない。施行には全州による正式批准が必要になるからだ。

■「公共の利益」を考慮

いすれにしても法改正後は、法外だった慰謝料がある程度抑えられ、さらに「公共の関心(of public interest)」と「公共の利益(in the public interest)」の違いも考慮されることになる見込みという。逆に言えば、それが今まではかなりあいまいだったわけだ。

例えば、有名人のプライバシーに関わる報道は「公共の関心」かもしれないが、必ずしも「公共の利益」ではない。しかし、外国人の賄賂と疑われる行為に関する報道は、公共の利益になる可能性が高い。

その意味では、冒頭の裁判も、この法律がもう少し早く改正されていれば、がらりと違った判決になったのかもしれない。【NNA豪州・西原哲也】


関連国・地域: オーストラリア
関連業種: 社会・事件

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