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【タイ入国記】コロナの壁、特別便で越える 隔離ホテルに15泊

東南アジア最大の約7万5,000人の邦人社会を抱え、進出する日系企業は5,000社を超えるとされるタイ。しかし新型コロナウイルス感染症の拡大で、タイ政府は国際航空便の乗り入れを規制。両国間のビジネス往来は、増えてはきたものの週数便ペースでタイ政府が用意する特別便がほそぼそとつないでいるのみ。8月上旬、その特別便でタイ入国を果たし、15泊の隔離生活を経験した。近くて遠くなったタイへの入国体験を報告する。(取材=NNA編集局編集委員 沢木範久)

タイのスワンナプーム国際空港。関係者はマスクと防護服で身を固めていた=8月7日、タイ・サムットプラカン県(NNA撮影)

タイのスワンナプーム国際空港。関係者はマスクと防護服で身を固めていた=8月7日、タイ・サムットプラカン県(NNA撮影)

「査証(ビザ)も労働許可証もある? だったらすぐに搭乗申請してください。希望者が多くて乗れないかもしれませんが、今後は毎週飛ばそうと思います」――。在日タイ大使館の担当者に電話したのは7月14日。同31日に初の外国人向けの特別便が運航されると知り、乗れる可能性を尋ねてみた。すると、「ビジネス関係者だけでなく、メディア関係者も入国させようと思っています」と、想像以上に積極的な言葉が返ってきた。

3月、バンコクでの仕事をやり残したまま、日本に帰ってきた。すぐ戻るつもりが、コロナの拡大で、足がなくなってしまった。在外タイ人の帰国便などに乗って渡った日本人の例もあったが、ごく少数。基本的に、日本人就労者のタイ入国の道は閉ざされた。事業の遅延や人事異動の延期、家族の別居……。何人の企業関係者が影響を受けたことか。

待つこと4カ月近く。ようやくタイへ戻る可能性が開かれたのだ。

■希望者が殺到、タイへの特別便

だが、タイ大使館のホームページを通じた搭乗申し込みは、簡単ではなかった。非常時とあって、タイに入国するには、普段耳慣れない「入国許可証(COE)」をもらわねばならない。その取得までに、何重もの壁があるのだ。(※9月24日現在、方法が変わり、COE申請前に航空券、もしくは予約確認書の確保が必要)

まず、タイに新規赴任する人やその家族は、ビザや労働許可証の事前審査受理書の取得が必要。そのために、タイ労働省やタイ投資委員会(BOI)と折衝せねばならない。ビザも労働許可証も持っている人は、その手間こそ省けるが、補償額が10万米ドル(約1,060万円)以上と高額なコロナ保険への加入ほか、複数の書類をそろえる必要がある。

困ったのは、入国後に14日間の隔離を受けるための「代替隔離施設(ASQ)」となるホテルの予約が取れないことだ。リストに載ったホテルに電話してみたが、「満員」とか「まず前払いを」という回答。そもそも特別便に席を確保できるか確証はなく、コロナ保険への加入も、会社がすぐ認めるかどうか分からない。こんな状況での前払いはリスクが高すぎると判断。目標を、近く発表されるであろう第2便に切り替えた。

「毎週飛ばす方針」という以上、運航日は第1便から7日後の8月7日だろう。それならまだ予約できるASQはある。発表を待っていたら、また満員になるかもしれない。覚悟を決め、宿泊は同7日からと決め打ちして、手頃な1軒の15泊パッケージを前払いした。直後、第1便の搭乗受け付けは「満員終了」となった。

■やっと手に入れた「入国許可証」

心配したコロナ保険証書は、会社の総務担当者が素早く動いて用意してくれた。PCR検査も、英文証明書を発行してもらえるクリニックを都内で探し、搭乗3日前となるはずの8月4日に予約。準備万端整えて、第2便運航の発表を待った。

7月22日、同便の運航を大使館が発表。推測通り、運航日は8月7日だった。用意していたCOE申請用の全書類を、朝一番で送る。即刻「受領した」と返信が来て、ともかく受け付けまではこぎつけた。

さらに5日後、「必要書類はそろっています。航空券の購入手続きを確認してください」というメールが来た。さっそく運航会社の全日本空輸(ANA)に連絡して航空券を予約。予約証明書をタイ大使館に送ったところ、7月31日に待望のCOEが送られてきた。くしくも、乗り損ねた第1便が飛んだ日だった。

最後の関門はPCR検査だ。8月4日に受けて、搭乗前日の6日、無事「陰性」の証明書を搭乗可能健康証明書(Fit to Fly)と共に手にした。結局、第2便の搭乗申請も、2日で満員終了となった。

8月7日の朝、東京国際空港(羽田空港)のチェックインカウンターでは、タイ入国に必要な書類がそろっているか、再び調べられた。特別便第2便(ANA847便)の搭乗ゲートへ向かい、人気の少ない館内を歩く。

機内を見回すと、乗客はほぼ1席ずつ空けて座っている状態。ANAによると、同機は246席のボーイング787型機で、乗客は定員の6割の約150人だった。「座席の間隔を開けるために予約を制限することはしていない」(ANA広報部)といい、タイ政府が人数制限をしているようだ。せめて定員いっぱい乗せれば、多くの企業関係者が助かるはずなのだが……。

午前10時50分、ANA機は定刻に羽田を離陸し、現地予定時刻の午後3時30分より大幅に早い午後2時12分に、バンコク近郊のスワンナプーム国際空港に到着した。コロナ禍で、空港やその上空の混雑がなかったのだろう。

■約5カ月ぶりタイの土を踏む

スワンナプーム空港に着くと、まず椅子に座って順番を待ち、入国許可証や健康証明書をチェックされた=8月7日、タイ・サムットプラカン県(NNA撮影)

スワンナプーム空港に着くと、まず椅子に座って順番を待ち、入国許可証や健康証明書をチェックされた=8月7日、タイ・サムットプラカン県(NNA撮影)

羽田では、空港関係者や乗客はマスクをしていた。スワンナプームに着くと、関係者はマスクと防護服で身を固めていた。

飛行機から出ると、通路に椅子が並んでいて、順番に腰掛ける。乗客は機内で「T8フォーム」という健康状態の申告書を書かされていた(携帯アプリのダウンロードも勧められた)。係員が来て、申告書をチェックし、COE以下、羽田で調べた書類を再び調べる。済んだ人からカウンターへ移り、胸に番号札を付けられて、再び書類をチェック。それから出入国管理へ移って、ようやくパスポートに入国印を押してもらう。ここでT8フォーム以外の書類が返却され、入国手続きが終わった。

目の前の外貨両替所は閉鎖。税関にも人がいない。到着ロビーへ出ると、ここにも防護服の集団が待ち構えていて、こちらの胸の番号札を見ながら「おまえはこっちだ」と、タクシー駐車場へ連れて行く。どうやら、胸の番号札はASQのホテルの識別番号だ。駐車場にはバンが並んでいて、そのうちの1台にスーツケースが乗せられ、「おまえも乗れ」と言う。

乗客は他に2人。日本人男性と、一足先にタイに赴任した日本人の夫を追ってきた中国人女性。すぐにバンは空港を出て、高速道路を走り出した。何度も書類を調べられたのに、時計を見ると、着陸から1時間半しか経っていない。タイが誇る巨大な空の玄関は、休眠状態の空ろな箱物になっていた。

運転手は完全な防護服。運転席と乗客との間は、ビニールで仕切られている。異様な車内から眺めるバンコクの姿は、しかし約5カ月前と変わっていない。懐かしい市内の名所を過ぎ、渋滞に巻き込まれながら、バンはバンコク北郊ノンタブリ県の「グランド・リッチモンド・ホテル」へ滑り込んだ。

空港からホテルに向かうバンの運転席と乗客の間は、ビニールシートで仕切られていた=8月7日、タイ・サムットプラカン県(NNA撮影)

空港からホテルに向かうバンの運転席と乗客の間は、ビニールシートで仕切られていた=8月7日、タイ・サムットプラカン県(NNA撮影)

玄関で降りると思いきや、バンは裏口へ回る。スーツケースだけ先に降ろされ、消毒でもしたのか、10分ほど待ってようやく下車が許される。ビルに入ると作業用のエレベーターが開いていて、部屋のキーを渡され、自分で行けという。部屋にたどり着くと、スーツケースは先に運び込んであった。

後で聞くと、空港からバンでわれわれを運んだのは、タイ政府の緊急対応センター(EOC)の人たちだという。宿泊者カードの記入など、通常の手続きはなかった。フロントを通らず、ホテル職員にも会わず、午後5時15分、部屋に入った。

高層タワーの32階。外はまだ明るかったが、小雨に民家の屋根が濡れだしていた。遠くに広がるバンコクの中心部が窓から見える。この部屋が、今後半月の狭い生活空間となるのか。旅路にあっても、心は晴れない。

午後7時、夕食が運ばれる。日本風の焼き鮭と、スパゲティ。7月以来、3週間余りにわたって準備に追われた疲れが出たのか、完食すると、ぐっすり寝てしまった。

隔離生活の場となったホテルの部屋から見たバンコクの夕暮れ=8月15日、タイ・ノンタブリ県(NNA撮影)

隔離生活の場となったホテルの部屋から見たバンコクの夕暮れ=8月15日、タイ・ノンタブリ県(NNA撮影)

■厳格リスク管理、疑わしきには近づかず

タイ政府のウェブサイトによると、ASQは9月24日現在、首都バンコクを中心に74軒。政府が海外からの入国者に義務付ける隔離期間は14日以上。今回滞在したホテルでは15泊のパッケージで、料金は5万5,000バーツ(約18万9,000円)。1日3度の食事と、期間中2回のPCR検査、空港への出迎えが含まれる。

実は、新型コロナに絡んだ隔離生活は、初体験ではない。3月にバンコクから日本へいったん帰国した際、2週間の自宅隔離を求められた。ただ、その内容は、単に外出を控えるという程度。PCR検査も受けずに済んだ。

タイの隔離生活は、その時とは雲泥の差だった。ホテルの客に対する説明資料には「当ホテルはASQとして、保健省、国防省、(近くの)ワールド・メディカル病院の監督下に置かれている」と書かれ、「備え付けの手術着(上下の簡素な服)を着ること」「洗濯物やごみは、それぞれ専用の袋に入れドアの外に出す」といった項目が並んでいた。

「自分は新型コロナに感染の疑いがあるという前提で扱われている」。それがひしひしと分かった。

食事は1日3度、部屋前の台に運ばれ、ドアがノックされる。運んでくる従業員は、マスクに手袋。ごみの回収係や部屋の清掃係は、完全防護服だ。フロント係などとは内線電話で話すぐらいで、出会うことはない。ワールド・メディカル病院から看護師5人が24時間体制で派遣されているが、朝夕の体温の報告も電話か無料通信アプリ「LINE(ライン)」経由だ。

ほとんど人に接触せず、たまに出会えば防護モードの人たちばかり。部屋からリモートによる仕事を始めたが、何となく気分が滅入ってくる。いきおい、関心が向かうのは食事だ。

■食事は多種多様、マイ食器持参をお勧め

朝は西洋風の定番。スクランブルエッグにハムとソーセージ、野菜、果物の盛り合わせと、食パン2枚にクロワッサン、牛乳にフルーツジュースという豪華版だ。昼食、夕食は日替わり。焼き魚やみそ汁といった和食から、グリーンカレーやガパオライスなどのタイ料理、海南鶏飯やチキンカツ。多種多様でデザートも付く。

元来、好き嫌いは少ないので、おいしくいただいた。ただ、量が多い。「籠の鳥」がこんなに食べては健康を害する。やむを得ず、フードロスして自責の念にかられた。他の部屋の前に出された残飯をそれとなく見ると、どの客も結構残していた。

それに、スプーンやフォークが使い捨てのプラスチック製で困った。感染予防のためとの説明だが、軟らかすぎて料理が切れない。翌日、会社のバンコク事務所の同僚が丈夫なスプーンやフォークを差し入れてくれて助かった。今後、隔離を経験される方には、マイ箸やマイ食器の持参をお勧めする。ただし、ナイフは鋭利な物体ということで、差し入れを認められなかった。

食事を運んでくるボーイもフェイスシールドを使用=8月9日、タイ・ノンタブリ県(NNA撮影)

食事を運んでくるボーイもフェイスシールドを使用=8月9日、タイ・ノンタブリ県(NNA撮影)

宿泊客は隔離中、2回のPCR検査を受けた=8月12日、タイ・ノンタブリ県(NNA撮影)

宿泊客は隔離中、2回のPCR検査を受けた=8月12日、タイ・ノンタブリ県(NNA撮影)

メニューを指定して届いた朝食。少しは量を減らすことができた=8月21日(NNA撮影)

メニューを指定して届いた朝食。少しは量を減らすことができた=8月21日(NNA撮影)

■孤独な隔離生活、検査陰性で自由が拡大

閉塞(へいそく)感に満ちた隔離生活も、8月13日に1回目のPCR検査の結果が陰性と出ると、多少「自由の空間」が広がってきた。

まず、部屋の掃除に初めて来てくれた。また、館内8階にあるバルコニーで、予約制により1日50分の休憩が認められるようになった。

定員は6人。ビーチデッキが6台に、フィットネスバイクが2台。あとは20×10メートルほどの人工芝のスペースがあるぐらいだが、屋外の空気を吸い、他の客と話す時間ができた。雑談の中で、毎日の食事を選べると教えられた。部屋に戻って客室係に電話すると、確かに朝、昼、夕食の各メニューをLINEで送ってきた。そこから食べたいものを指定して連絡すれば、翌日、その料理が届くという。

部屋に置かれていた説明書には、はっきり書いていなかったことだ。メニューの存在を教えてくれた人も、たまたまホテルに「いつもと違う料理はないか」と尋ね、知ったという。さっそく活用して、朝食の量を減らし、フードロスを少なくした。

8月20日、2回目のPCR検査もパス。22日、ついに最終日を迎え、荷物をまとめて1階に降りた。初めて使う通常のエレベーター。初めて見るフロントはぴかぴかで、こんな新しいホテルだったのかと驚く。

チェックアウトを済ますと、保健省幹部の署名が入った封書を渡された。「隔離を命じられ、16日間を過ごし、2回の検査で新型コロナウイルスが検出されなかったことを証明する」。万感の「卒業証書」を手に、ホテルを後にした。

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■「客の激減でASQに応募」、認定ホテル邦人従業員インタビュー

グランド・リッチモンド・ホテルの坂本修ディレクター=8月22日、タイ・ノンタブリ県(NNA撮影)

グランド・リッチモンド・ホテルの坂本修ディレクター=8月22日、タイ・ノンタブリ県(NNA撮影)

「グランド・リッチモンド・ホテル」でセールスを担当する日本人従業員、坂本修ディレクターに、ASQの認定を受けたいきさつなどについて聞いた。(聞き手=沢木範久)

政府の募集に応じて参加した。応募したのは、最初は当ホテルを含めて2軒。付近の住民から「コロナが怖い」と反対されたりした。今は応募が相次いでいると聞く。どこのホテルも、一般宿泊客の減少で運営が苦しいということだ。

全700室のうち、300室をASQに充てている。今は、一般客はいない。ASQは政府のEOC(緊急対応センター)という組織が仕切り、ホテルの一般従業員は客と面接できない。エレベーターも、一般用とは別の台を使ってもらっている。

隔離パッケージの料金はまちまち。当ホテルの5万5,000バーツ(約18万9,000円)は標準的。その倍以上取るホテルもある。当ホテルの料金は、普段ならデラックスルームで3,800バーツ。ASQでは1泊当たり3,700バーツの計算。そこからEOCや病院への支払いが生じる。純益は通常よりも低くなるが、それでもやろうという社長の判断だ。

※特集「タイ入国記」は、アジア経済を観るNNAのフリー媒体「NNAカンパサール」2020年10月号<http://www.nna.jp/nnakanpasar/>から転載しています。


関連国・地域: タイ日本
関連業種: 医療・医薬品観光社会・事件

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