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【プロの眼】ココイチのカレーが好評 新たな食を楽しむ中間層

インド食文化のプロ 小林真樹(1)

インドを中心にネパール、パキスタン、スリランカ、バングラデシュなど南アジア独自の食文化に通じている小林真樹氏が登場。日本でも専門的な店や熱狂的なファンが増えているインド料理の奥深い世界を、数回にわたり案内する。

デリーにある「サラヴァナ・バーヴァン」の南インド・ミールス。デリーで食べられる数少ない本格南インドの味だ=インド・デリー(筆者撮影、以下全て同じ)

デリーにある「サラヴァナ・バーヴァン」の南インド・ミールス。デリーで食べられる数少ない本格南インドの味だ=インド・デリー(筆者撮影、以下全て同じ)

今回より、こちらに書かせていただきます小林真樹と申します。インドから食器を輸入し、日本国内のインド料理店やエスニック料理店の他、近年増加しつつあるインド料理を家庭で作る層、あるいはそれら愛好者が通うインド料理教室などへの販売を業務とするアジアハンターという会社を経営しています。

あまり関心のない人は「えっ、インドの食器!?」と思うかもしれません。しかし、国内のインド人やネパール人経営者による料理店は年々増加傾向にあります。

また、コロナ禍で自宅滞在を余儀なくされる現在、家庭で凝ったスパイス料理を作り、盛り付けは本格的な現地の食器で、と考える人たちも確実に増えつつあると実感します。

普段からインド料理に関心のある層、いわゆるインドマニアと呼ばれる人たちと付き合いの多い私ですが、彼らの間で最近話題になったのは「カレーハウスCoCo壱番屋」(ココイチ)のインド進出のニュースでした。

ご存知の通りカレーはインドが発祥の地で、日本のカレーはイギリス経由で伝来したことがよく知られています。その総本家ともいうべきインドで、日本ナイズされたカレーがどこまで通用するのか注目の的となりました。

インドの食事情に詳しいマニア層ほど、「いやいや難しいのでは…」という意見が幅を利かせていたように感じます。

インドは多宗教・多民族の国。日常生活は伝統的な宗教観によって規定され、食の戒律も厳格に決まっています。そんな価値観を持つ市場に日本発の料理が、ましてやインド発祥のカレーになど通用するのだろうか、というのが主たる懐疑派の見立てです。

■ココイチのカレー、中間層に人気博す

ところが、いざふたを開けてみるとそれは全く無用の心配。報道を見る限り、コロナ禍にもかかわらず出足はかなり好調でした。

ルーの辛さの度合いを自分で決められたり(インドでは注文時にカレーの辛さを聞かれることはありません)、ライスに日本米を使用していたり、トッピングを何にするか選択できたり、といった日本のココイチ流そのものが好意的に受け入れられているようです。

もちろん、インド人の好みや戒律に合わせて牛・豚は使わないとか、ライスの他にインド人が好む鉄板焼きで作るパン、パロタも選択できるといった工夫も凝らしています。

インドのココイチに来店するのは、主に経済的な余裕のある中間層と呼ばれる人たちです。インドではこの分厚い層が近年存在感を増しています。

その中心は大企業で働き、都市部の戸建てや高層住宅に住み、休日には自家用車でショッピングモールなどに出掛けるファミリー層。事実上、インドの消費市場をけん引している人たちともいえます。元来、宗教的な食のタブーが根強く残るインドにあって「レジャーとしての食」を謳歌(おうか)しているのも、この層です。

現在、彼らをターゲットとして、インドの都市部では国内・外資問わずさまざまな飲食ビジネス資本が投下されています。ココイチに代表される外資系チェーンもそうですし、もちろん本場ならではのインド料理店も趣向を凝らしたあの手この手で集客にしのぎを削っています。

■地方料理が集まる、大都市デリーの店

代表的なインドの国内料理の種類を挙げると、まずは重厚感ある店内でシャー(皇帝)が愛したとされる羊肉料理を提供する伝統的なムガル宮廷風料理。ターバン姿で知られるパンジャーブ州の男たちが大好きなタンドール窯で焼いた大きなナーンとバターなどの乳製品を使ったこってりとしたカレーが特徴のパンジャーブ料理。またバナナの葉を皿にしてライスを主食に数種類もの菜食系のおかずと共に食べさせる南インド料理、屋台発祥の料理を洗練させたストリートスタイルの料理などが人気を博しています。

活況を呈するレストランについて、日系企業の駐在員など日本人が多く滞在するデリーを例にいくつか紹介しましょう。

いくつもの鍋で肉を煮込む「カリーム」の厨房。客席からも見ることができ、店の名物になっている。コロナ前は外国人客の姿も目立った

いくつもの鍋で肉を煮込む「カリーム」の厨房。客席からも見ることができ、店の名物になっている。コロナ前は外国人客の姿も目立った

ムガル宮廷風レストランはオールドデリーと呼ばれる旧市街に集中しています。中でも「カリーム」は、かつてムガル宮廷の厨房で働いた調理人の末裔(まつえい)であることをうたい文句にした伝統風ムグライ料理店として有名です。

「カリーム」のテーブル。ムガル宮廷風料理で使われる食材の筆頭、マトンの肉を粗くひいたキーマ(右下)は薄焼きにしたロティ(左)と共に。カルダモン、シナモンなどのスパイスをふんだんに使った米料理ビリヤーニ(上)もぜいたくな味わい

「カリーム」のテーブル。ムガル宮廷風料理で使われる食材の筆頭、マトンの肉を粗くひいたキーマ(右下)は薄焼きにしたロティ(左)と共に。カルダモン、シナモンなどのスパイスをふんだんに使った米料理ビリヤーニ(上)もぜいたくな味わい

そこで出されるゴロリと肉塊の入った炊き込み米料理ビリヤーニ、ローガンと呼ばれる赤い油の浮いた濃厚なマトン・コールマー、アーモンドとヨーグルトをベースにしたリッチな味わいのバーダーム・パサンダ、それらと共に食べる布のように薄く焼いたルマーリー・ローティーと呼ばれるパン類が、ことのほかおいしく評判です。コロナ前は内外からの観光客などで満席となり入店待ちする客の姿も見られました。

次はデリーの北西に位置するパンジャーブ州の料理。緑豊かな穀倉地帯として知られ、地理的な近さもあり多くの同州出身者がデリーに住んでいます。

パンジャーブ料理は小麦が主食。日本のインド料理店でもおなじみのタンドール窯で焼き上げられた本場のナーンを食べさせるのが、チャンドニー・チョウクと呼ばれる商業地区に店を構える「カケ・ディ・ハッティー」。

ジャガイモやチーズ、マッシュルームなどの具材を小麦の生地で包み、両手でガシガシと叩いて浸透しやすくした上からたっぷりバターを塗って仕上げるチュルチュル・ナーンが名物で、いつも地元の若者でにぎわっています。

南インド料理の「サラヴァナ・バーヴァン」は、青々としたバナナの葉の皿の上に盛られたライスに、これまた南部タミル人の給仕係が手持ちの容器から野菜料理を一つ一つ盛り付けてくれます。

混雑した「カケ・ディ・ハッティー」の店内。ピーク時は空席が出るまでしばらく待つことも。活気ある店内の様子は外まで伝わってくる

混雑した「カケ・ディ・ハッティー」の店内。ピーク時は空席が出るまでしばらく待つことも。活気ある店内の様子は外まで伝わってくる

スパイスと共によく煮込んだ豆に、バターをたっぷり載せた「カケ・ディ・ハッティー」名物のダール・マッカニー

スパイスと共によく煮込んだ豆に、バターをたっぷり載せた「カケ・ディ・ハッティー」名物のダール・マッカニー

「サラヴァナ・バーヴァン」の店舗。商業地区に位置し、昼食時は混雑する

「サラヴァナ・バーヴァン」の店舗。商業地区に位置し、昼食時は混雑する

油っこい肉料理主体の「カリーム」とは対照的に、さっぱりとした菜食料理が身上という店。こうした地方色豊かなレストランが集中しているのも、デリーという大都市ならではと言えるでしょう。

民族服を着た従業員が出迎える伝統的スタイルを売りにする店から、ポップなデコレーションで飾り付けた派手で可愛い店まで、今やレジャーとしての飲食産業は百花繚乱(りょうらん)。外資系チェーンも続々と参入しています。

宗教や社会的制約に縛られず、人生を謳歌(おうか)しようとするニュータイプのインド人たち。彼らの旺盛な食欲の前には、伝統風の意匠を施された復古調のインド料理も、ココイチに代表される新しいスタイルの外国料理も非日常体験である点において同列です。

口コミサイトに寄せられるインド人の手厳しい評価コメントなどを参考にしながら、日本では味わうことのできない新しくて豊かなインド的食体験を楽しみたいものです。

<筆者紹介>

小林真樹(こばやし・まさき)

インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表。1990年ごろからインド渡航を開始。以降、毎年渡印を重ねる。最大の関心事はインド亜大陸食文化。食器の仕入れを兼ねてインド亜大陸の各地を、営業を兼ねて日本全国各地を、くまなく食べ歩き踏破している。近著に『日本の中のインド亜大陸食紀行』(阿佐ヶ谷書院)、『食べ歩くインド』(旅行人)。

※特集「プロの眼」は、アジア経済を観るNNAのフリー媒体「NNAカンパサール」2020年10月号<http://www.nna.jp/nnakanpasar/>から転載しています。


関連国・地域: インド日本
関連業種: 食品・飲料サービス

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