オーストラリアで大惨事を巻き起こしている山火事について、森林管理の専門家や地元の消防士などの間で議論を巻き起こしていることがある。山火事の延焼拡大を未然に防ぐ対策として、数千年前から伝統的に行われてきたオーストラリア特有の「ハザード・リダクション・バーンズ(Hazard Reduction Burns)」と呼ばれる野焼きが、果たして有効なのかどうかということだ。
オーストラリアではなぜこれほど山火事が起きるのだろうか。
そもそも山火事の原因としては、落雷や付近の電線からの発火などがあるが、オーストラリアの場合は人為的な原因を除くと、強い太陽光による自然発火が多いとされる。
オーストラリア大陸はユーカリの木が至る所で自生しており、気温が50度近くになる真夏になると、ユーカリの樹脂油濃度が気温上昇と共に高まり、太陽光で発火するケースが多いという。このことはオーストラリア大陸の自然の摂理でもある。自然発火による山火事が焼畑農業の役割を担い、極度に乾燥した土地に栄養を循環させる仕組みになっているのだ。
だが、山火事の延焼が膨大に拡大するのを防ぐため、オーストラリアでは晩冬から初春にかけて、数千年前の先住民時代から伝統的にある対策が用いられてきた。それが野焼きだ。
野焼きといっても、日本などで行われるような一定面積全体を焼き尽くす野焼きではなく、立ち木を残しながら、枯れ葉や雑草を燃やしていくモザイク式の野焼きだ。これにより、地面の枯れ葉が自然発火するのを防げるわけだ。
■「役人が野焼きを認めない」
ところで今回の山火事で、延焼被害に見舞われた地域の消防団長を長年務めるブルース・リチャードさんの怒り心頭の訴えが14日付のメディア各紙に取り上げられていた。
リチャードさんによると、山火事が広がるのを防ぐ際に、野焼きは明らかに有効だという。理由は単純で、火種が広がる燃料となる枯れ葉が残っていないと、それだけで火勢は周囲に広がらないということだ。それなのに、ニューサウスウェールズ(NSW)州消防局が野焼きをなかなか認めないのだという。
「山火事の影響を受ける地元の人間ではなく、デスクワークの役人が野焼きの許可を判断するのは愚かなことだ」と糾弾した。リチャードさんの地域では、過去6~8年でわずか1カ所しか野焼きが認められなかったという。
これに対し、同州消防局のコミッショナーは「確かに野焼きは山火事管理には重要だが、それで全てが解決できるわけではない」と話す。また、別の専門家も「野焼きを実行するには、気温が高くて乾燥していることが条件だが、火が制御できなくなるほど暑くて乾燥してはダメで、極めて難しい判断だ」と言う。山火事を防ぐための行為が、山火事を生む原因になってしまう本末転倒のリスクが多分にあるわけだ。
枯れ葉が元凶であるなら、機械などで一掃する手法があり、山火事や大気汚染を拡大させるリスクはない。だがこれは高コストであるため、結局、多くが野焼き頼りとなっているようだ。
例えば昨年度では、NSW州では20万ヘクタールで野焼きを実施。ビクトリア(VIC)州では全体の5%で野焼きが推奨されているが、実施率は7割を下回った。西オーストラリア州では同8%で野焼きを実施しており、60年代から大規模な山火事の被害はないという。
■野焼きは有効ではない?
だが実際は野焼きをしても、いったん山火事が拡大すると焼け石に水だとの見方もある。
メルボルン大学のトレント・ペンマン准教授は「数多くの小規模の火事が結合したり、野焼きした上にできた新しい枯れ葉が発火したり、燃え移ったり。正直、野焼きを多くやれば山火事の火勢を抑えられるのかどうかは疑問」と言う。しかも気候変動で野焼きが可能な期間が縮小しているのだという。「だからこそ、気候変動対策の方に、専門家の焦点が移っている」と話す。
さらに、野焼き自体が大気汚染を拡大させているとの指摘もあるほか、低木の周囲に植生し、薬品などに使われる貴重な植物種を野焼きが根絶させてしまっているとの批判もある。
■ブラックサタデーをしのぐ
オーストラリア人には、「ブラックサタデー」と呼ばれる史上最大級の山火事悲劇が記憶にある。2009年2月7日から3月にかけてVIC州で大規模な山火事が発生し、焼失面積43万ヘクタール、焼失家屋は2,000軒、死者は173人に上った。
だが今回の山火事は、焼失面積だけで見ると、NSW州だけで380万ヘクタール、全国で700万ヘクタール以上と、ブラックサタデーの被害をはるかにしのぐ規模だ。今後オーストラリアは、山火事や干ばつといった自然災害が最大級の国家リスクとして直面せざるを得なくなるに違いない。【NNA豪州・西原哲也】
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