成熟化するタイのパーソナルケア市場(4)
1月11日付のNNA記事「インフルエンサー、消費者の75%に影響力」(https://www.nna.jp/news/result/1856434)によると、タイ国立マヒドン経営大学院(CMMU)が行ったアンケート調査で、会員制交流サイト(SNS)で影響力を持つ「インフルエンサー」のレビューや情報を見て商品を購入したことのあるタイ人消費者が75%に達していることが分かったという。
CMMUは、SNS上でのインフルエンサーマーケティングが金融、投資、ITなど具体的な内容が分かりにくい商品・サービスの宣伝に特に効果を発揮すると指摘。また、広告宣伝費を安く抑えることができるため、美容、健康食品、観光などの分野でもインフルエンサーを活用する中小企業が急増している。大企業は主に製品情報や知識の提供を、中小企業は商品を売り込むことを重視する傾向があるという。
CMMUによると、タイ人のインターネット利用率は93%。このうち49%が常時、36%が夜間もしくは就寝前、8%が移動中にアクセスしている。
前回の記事「【ASEAN】タイ大手企業のマーケティング戦略」(https://www.nna.jp/news/show/1885006)では、タイの大手パーソナルケア会社のSmoothE/Siam Health Groupにおける、タイの市場特性を熟知したマーケティング戦略をご紹介した。パーソナルケア業界での成長において、マーケティング戦略の重要性はもはや言うまでもない。加えて最近では、同記事でも指摘したように、タイのビューティー・パーソナルケア市場においても、インフルエンサーの重要度は高まってきている。
さて、今回のシリーズでは、健康・美容関連の中でも比較的生活に密着したパーソナルケア市場、特にスキンケア、オーラルケアセグメントでのタイにおけるトレンドや主要各社の攻防などを複数回に分けて見てきた。
今回は、その最終回として、タイのパーソナルケア業界におけるインフルエンサーの具体的な活動状況について見ていきたい。タイで現役のパーソナルケア専門のインフルエンサーとして活躍している、Ms. Florence氏に話を聞いた。
<Ms. Florence氏インタビュー>
■一番注力しているメディアはフェイスブック
――いつごろからインフルエンサーとして活動し始めましたか?
2014年からフェイスブックでの発信を始めてました。最初は、自分が使って気に入った商品を紹介することや、メークアップの仕方などを配信していたところ、フォロワーが増えていき、結果インフルエンサーとして活動し始めました。今ではユーチューブやインスタグラムでも発信しています。
――どのような内容が多いですか
特定の商品をテーマに、その商品を使ってみて、どのように効果があったかを実演しながら伝えています。特に自分の肌が敏感なため、どのような商品が敏感な肌の人にも効果があるかなどを伝えています。
また、化粧をする際に、より美しく見せるためにどうすればいいかなども、人気のあるコンテンツです。
最近は、美容に効果的なライフスタイルについても教えて欲しいという声ももらっている。今後は美容を軸にして、食事の作り方やスタイルの保ち方など、ライフスタイルについての投稿を増やしていきたいと思っています。
――特徴としてはどういった点ですか?
14年に始めたばかりの頃は友達から聞いたコスメ情報を発信していましたが、アレルギーがだんだんひどくなり、病院で専門医に検査してもらい自分に合わない成分を理解しました。その後は自分に合ったケアに努めて、アレルギー成分を徹底的に排除しています。
従って現在では、アレルギーの人にも使える商品の発信が、一つの大きな特徴になっています。
――フォロワーは同年代の女性が多いですか?
98%が女性(トランスジェンダー含む)です。私のフェイスブックには高校生から50代までのフォロワーがいます。インスタグラムには25歳くらいから40代までのフォロワーがいます。
実際は中高生の学生も「いいね」をつけてくれますがフォローはしてくれません。理由は本格的なスキンケアの情報を配信しているので、商品価格が高く購入の参考にならず、単に投稿を見て楽しんでいるからだと推測しています。
男性のフォロワーを増やすためには、セクシーな写真も投稿する必要がありますが、それはやりたくないので女性のフォロワーばかりになっています。
――ユーチューブはどのような状況ですか?
ユーチューブはフォロワーの属性が見られないので詳しくは把握できていませんが、フェイスブックのフォロワーと同じ属性だと思われます。特に仕事をしていて美容関係に関心が高い女性が多いと思います。
タイも近年、ユーチューバーの競争は非常に激しくなっていますが、悪口を言う人や汚い言葉を使う人、セクシーな画像をアップロードする人の再生回数が伸びる傾向にあります。一方で、私はそういった内容を投稿しないので、自分のフォロワーの伸びは鈍いのだと思います。
――どのメディアに一番注力していますか?
1番力を入れているのはフェイスブックで、動画もユーチューブではなく直接フェイスブックにアップロードしています。フェイスブックの課金方針が変わり、現在はわずか(1%以下)なフォロワーに対してしか自分の動画を宣伝できなくなったため、ぜひ見て欲しいと思う動画をアップロードした時には課金してフォロワーに自分のニュースフィードを表示しています。
■フォロアーからは「どのコスメが合うか」などの質問も
――どのような会社からの依頼が多いですか?
化粧品やスキンケアなどのパーソナルケア関連の会社からの依頼が多いです。依頼を受けても、独自の立場でレビューするスタンスを貫いています。
商品をレビューする時には、アレルギーがあるのでまず成分表示をチェックし、さらに2週間商品をテストしアレルギーが起こらないか確認し、そこで初めてその仕事を受けるかどうか決めます。その後2週間使って結果をレビューしています。
報酬については公開できませんが、ハイエンドのカウンターブランド(デパートにカウンターがあるブランド)に比べて、より一般的なパーソナルケア ブランドの方が報酬は高いようですね。化粧品を実際に使ってのレビューとは別に、化粧品会社のイベントに招待された情報や新製品が出る情報など、ブランドのニュースをプレビューする仕事も受けています。
――1つの商品をレビューするのに、他の人より時間がかかると思いますが、このペースでは多くの商品を試せないのでは?
確かにそうですが、そこが自分のこだわりであり、かつ自信のある点です。私のファンは、自分のアレルギーがひどいことを理解している人が多いので、自分のレビューを信用してくれています。発信内容で嘘をついていないので、フォロワーの伸びは鈍くても、長く続けられると思っています。
――依頼してくる企業の特徴はありますか?例えばハイブランドが多いのか、スタートアップのブランドが多いのか?日用品ブランドが多いのか?
アレルギーがあるので、日用の薬用化粧品のオファーが多いですね。前述の通り、私は9つの成分にアレルギーがあり、それが入っているとどんな高い商品でもアレルギーが出て使えません。
――フォロワーからはどんな質問が多いですか?
1番多いのはメイクについての質問。「結婚式に参加したいが、このドレスにはどの色のコスメが会いますか?」など細かい質問が多いです。
次にスキンケアについての質問。どのブランドを使っているか、またスキンケア方法について。他にはサプリメントについての質問。何のサプリを飲んでいるのか聞かれます。また2週間ですぐ肌を白くしたいのだがどの商品を使ったら良いか?などの質問をもらいますが、それは難しいとアドバイスしています。
■依頼先にこびない情報発信が長期の信用のカギ
――インフルエンサーは個人で活動する人が多いのでしょうか、事務所に属する人が多いのでしょうか
インフルエンサーは事務所に所属している人も多いですが、フリーで有名な人もいます(注:Ms.Florenceはフリー)。フォロワーが1,000人程度でも事務所にスカウトされる場合もあります。芸能人とSNSインフルエンサーの両方を抱えて適宜広告に応じて使い分ける事務所もあります。
各インフルエンサーは自由に表現するのではなく、ブランドの代理店が事務所を指定して仕事を振るパターンが多いように思います。
――フリーの場合、Ms.Florenceのように自分の意見を持ちつつ商品をアピールするという立ち位置は難しいと思いますが、代理店からの「こういうことを書いて欲しい」というリクエストには従っていますか?
基本的にできないことは事前に伝えるし、フォロワーは本音か嘘かを敏感に感じ取ると信じているので、メーカー側からのリクエストは意識しつつもなるべく自分自身の言葉で伝えようとしています。
――自分の発信で常に伝えたいと思っているメッセージは何でしょうか?
嘘をつかないことです。マーケティングの仕事として捉えれば、いくらでも言えるとは思いますが、嘘はつかないことを大切にしています。
■商品の特徴とインフルエンサーのライフスタイルの一致が訴求のポイント
――タイで活動している外資企業で、SNSマーケティングが上手だと思う会社はありますか?
ロレアルとメイベリンが最も積極的にSNSマーケティングを行っている印象があります。新製品の発売時には全てのインフルエンサーがその商品を同時にレビューしています。他にはビオレとニベアが比較的SNSマーケティングを効果的に使っている印象があります。
――それらの会社は通常の広告を打った上で、さらにSNSマーケティングを大々的に行なっているのでしょうか?
そうです。一方ハイブランドはSNSマーケティングをあまり活発にしていません。理由はSNSのメインユーザーの所得層とは商品価格が合わないためだと推測しています。
また、タイのとある有名ブランドはSNSマーケティングをあまり行なっていませんが、その理由はタイのテレビを見ているミャンマーやラオスの人をターゲットにしているため、SNSではなく芸能人をプレゼンターに置くテレビCMを重視しているためだと思われます。
――今まで活動するなかで、自分のレビューが実際の購買に繋がったという実感はありますか?
大手ではなく、個人で立ち上げたブランドのコンディショナーがとても良かったので、1人でも多くの人に知ってもらいたいと思ってSNS上でレビューしたところ、そのブランドから売上が増えたとお礼の電話をもらったことがあります。ただ代理店を通しての仕事だと、自分以外にも同時に何人ものブロガーやインフルエンサーや芸能人を使って宣伝するので、個人の成果は全く把握できません。
――SNSマーケティングがよく機能するために大事な点は何でしょうか?
商品の特性とブロガーのライフスタイルがマッチしている宣伝の仕方が大切だと思います。また、その商品と特徴をしっかり伝えられることが、マーケティングが成功する秘訣だと思います。(インタビュー終わり)
Florence氏は、自らの媒体としての価値を高めるため、あくまでもフォロアーに対して正直であるスタンスを重視している点が興味深い。クライアントからレビューを頼まれても、実際に商品の品質が良くない場合は、レビューができないとしてお断りすることもあるようだ。また、こういったことを伝えてほしいというリクエストも多いが、なるべく自分の表現で伝えるようにしているという。
フォロアーからの信用度が高いからこそ、媒体価値が高まり、したがって企業側からの依頼が来ることになる。ただそのためには、企業側に対して媚びない姿勢をどこまで貫けるかがポイントになる。
自らのポリシーを持ち、しっかりとしたスタンスで情報発信をしているインフルエンサーと、企業の伝えたいメッセージがうまくかみ合った時に、より効果的な情報発信が可能になるようだ。
<筆者紹介>
杉田浩一
株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役。カリフォルニア大学サンタバーバラ校物理学および生物学部卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり複数の外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。2000年から09年まで、UBS証券会社投資銀行本部M&Aアドバイザリーチームに在籍し、数多くのM&A案件においてアドバイザーを務める。また09年から12年まで、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて、在日副代表を務める傍ら東南アジアにおけるM&Aアドバイザリー業務に従事。12年に、東南アジアでのM&Aアドバイザリーおよび業界調査を主要業務とする株式会社アジア戦略アドバイザリーを創業。よりリスク度の高い東南アジア案件において、質の高いアドバイザリーサービスの提供を目指してASEAN各国での案件を遂行中。特に、現地の主要財閥との直接の関係を生かし、日系企業と現地企業間の資本・業務提携をサポートしている。
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