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【ASEAN】「悪貨が良貨を駆逐」するベトナムホテル投資市場

過熱するASEANのホテル投資(1)

東南アジア諸国連合(ASEAN)地域では、国を問わず新規ホテルの開業が続いている。最近のNNAの記事を見るだけでも、連日、ASEANの各地で新たなホテル開業に関わる記事が出ている。

◇タイ「グランデ、ナナ駅前の高級ホテルを月末開業」(2018年10月5日)

タイの不動産投資会社、グランデ・アセット・ホテルズ・アンド・プロパティーは、バンコクの高架鉄道(BTS)ナナ駅前に開発中の高級ホテル「ハイアット・リージェンシー・バンコク・スクンビット」(273室)を今月末に開業すると発表した。(https://www.nna.jp/news/result/1820342

インドネシア「米ヒルトン、5年内にホテル15軒開業へ」(2018年9月28日)

米ホテル運営大手ヒルトン・ワールドワイドは、5年以内にインドネシアにホテル15軒を開業する計画だ。シンガポールに本拠を置くヒルトン・アジアパシフィックのアラン・ワッツ社長は26日、2019~20年に中級クラスのブランドホテルを東ジャワ州スラバヤ、首都ジャカルタ、バンテン州カラワチ、同タンゲランの4カ所で開業すると述べた。(https://www.nna.jp/news/result/1817747

◇カンボジア「シックスセンシズ、高級ホテルを12月開業」(2018年9月27日)

カンボジア初となる高級ホテルブランド「シックスセンシズ」が、12月にも南部シアヌークビル州の沖合の島で開業する見通しだ。「シックスセンシズ・クラビ・アイランドホテル」は、シアヌークビル中心部の本土側から南に位置するクラビ島に立地する。(中略)シアヌークビル州観光局の幹部によると、同州には約80軒のホテルと300軒のゲストハウスがあるが、観光客の増加に供給が追い付いていない。(https://www.nna.jp/news/result/1817206

◇ラオス「タイのセンタラ、ホテル3軒を運営へ」(2018年9月26日)

タイ流通大手セントラル・グループ傘下でホテル運営を手掛けるセンタラホテルズ&リゾーツは、ラオスの建設大手AIDCラオスと、同国でホテル3軒を開発・運営することで覚書を交わした。(https://www.nna.jp/news/result/1816111

ASEAN各地で増加するホテル投資の背景には、域内の経済活動の拡大に伴う複数の要因が存在する。

(1)所得の向上によって旅行者数が拡大し、宿泊需要が高まっていること

(2)地域によっては増加する宿泊需要にホテルの供給が追い付かず、ホテル客室単価や宿泊率が高止まりしていること

(3)海外のホテルチェーンも優良な拡大市場として積極的に展開を図っていること

(4)不動産開発におけるシンボル的な存在として、特に海外の有力ホテルブランドを冠したホテルを開業するケースが多いこと

(5)政府が経済発展の柱の一つとして、ホテルへの投資を積極的に優遇していること

このシリーズでは、過熱するASEANのホテル市場の動向を見ながら、投資機会やリスクの実態を紹介したい。初回は過熱が続くホテル投資市場に広がりつつある、「好ましからぬ案件プロセス」の横行をまず伝えておきたい。

■過熱するベトナムのホテル投資で突きつけられる不可解な売り手側の要求

「ハノイのあの4つ星ホテルが売りに出ているらしい」「ダナンの新たなリゾート開発で新規投資家を募っている」――ベトナムで合併・買収(M&A)の案件の調達のために現地のアドバイザーにヒアリングを行っていると、こちらが聞いてもいないのにホテル投資の話を勧めてこられることがある。現地のアドバイザーの質にばらつきが多いベトナムでは、その中の多くが過去に出回っていた案件であったり、実際にどこまで本当かあやしいい話も混在していたりする。

中には、比較的確実そうで、かつ優良と思われるホテルの売却案件も混在しているので、そうした珍しい出物案件について具体的に案件の詳細を聞いてみると、意外なことを言ってきたりする。

「案件の概要はある程度までは教えるが、これ以上の詳細の情報は、機密保持契約書を締結したうえで、かつ〇×ドル支払えば、インフォメーションメモランダム(案件の詳細を記載した文書)を開示する」

機密保持契約書を締結するのは、一般的にどの案件でも最初の段階に発生するプロセスだが、投資対象の概要を記載したインフォメーションメモランダムを開示するのに、最初の段階でフィーを請求することは一般的なM&Aプロセスではない。

機密性が重要視されるM&Aにおける情報開示の基本は、売り手と買い手がお互いの信用度を確認しながら段階的に情報開示を行っていくことだ。従って、一般的には案件の最初の紹介段階においては、具体的な売却先の固有名詞を伏せた案件概要を記載した概要書(ティーザーと呼ぶ)で、買い手側の意志度合いを確認する。

もし買い手側が興味を示した場合、秘密保持契約書を締結し、売り手は買い手側の素性や資金力を確認し、買い手側は今回の投資対象案件の内容や売り手側の具体的な情報などを理解した上で投資の検討を行う。買い手が前向きな場合は、案件の主要事項についての一定の合意を行ったうえで、さらなる詳細情報の開示(一般的にデューディリジェンスと称されるプロセス)に進む。

このように、売り手と買い手の双方が案件の実施について、相手の素性や案件実施の意思、その場合の条件などについて、徐々に確認しながら段階的に情報開示を行っていくのが一般的なプロセスになる。

■なぜ一般的ではないプロセスがまかり通っているのか

今回のホテルのケースでは、買い手側にとってどのような案件なのか具体的な情報が提供されない段階で、情報を取得するためには金を払えという。またこれに似たケースでは、案件の初期段階で、情報取得のためにはデポジットとして一定額を所定のエスクローアカウント(代金の第三者預託)に預託することを要求してくることもある。

これも、基本合意書の締結後など、ある程度お互いが案件について前向きに検討することが確認された段階で、エスクローへの資金拠出を要請されるのであればまだ理解できるが、それよりも相当前の基本的な情報すらわからない段階で、こうした要請がなされるケースはそうあることではない。

なぜこのような一般的ではない案件プロセスを行うのかと売り手側のアドバイザーに聞くと、決まって同じような返答が買ってくる。

「実際に案件を行う意志があるかどうかがが不確かな買い手候補やブローカーからの問い合わせがあまりに多く、こちらもいちいち対応してられないからだ」

つまり、素性が不確かな投資家やそのアドバイザーと自称する買い手候補からの問い合わせが多いわりに、しっかりとした買手候補からの本当の検討につながる話があまりに少ないために、確実な買い手候補の選別のために行っているのだという。

今の過熱したベトナムの状況を鑑みると、売り手側がそうしたくなる気持ちも分からないわけでもない。不動産市場の活況に舞い踊っているベトナムでは、大きな不動産案件に一口介入しておこぼれに預かろうとするにわかブローカーが横行している。紹介されたベトナム人の普通の主婦が、こちらがM&Aアドバイザーだとわかると、「いい案件を知っているが興味はないか」と聞いてきたことも1度や2度ではない。

■悪貨が良貨を駆逐しているベトナムホテル投資市場

こうしたイレギュラーな要求がなされた際に、決まって売り手側に伝えることがある。

「このような案件プロセスをしていると、少なくとも真っ当な日本の投資家は検討を行わない。なぜなら、案件の概要すら分からなかったら、もしそれが仮に本当にいい案件であったとしても、検討を開始するかどうかの社内稟議にかけられないから。ましてや情報入手のための資金の拠出などこの段階で行うことは、そうしたことが通る日本の会社は少なくとも一定程度の規模の会社では存在しない」

それに対して売り手側が言ってくるのは、「こうしたプロセスは、案件をあさりに来る地元のブローカーや、中国や韓国の買い手が多いのでやっているのだ。また日本からの買い手候補も興味を示すところは多いが、結局前に進まない話ばかりなので、あえてこうしたプロセスを取っている」

経済学で「逆選択(アドバース・セレクション)」という言葉がある。これは、情報が不確かな中で、悪い行為を行う買い手が存在すると、悪い買い手を排除する行為によって、結果として、悪い買い手しか市場に残らなくなることだ。

今回では、悪質な買い手候補があまりに多く存在する中で、売り手側はこうした買い手を除外するために案件のハードルを高くしたが、そうすることによって真剣に案件実行を考えている良質の買い手候補であるほど検討の開始すらできなくしているのだ。

その結果、アプローチしてくるのはなおさら素性の怪しい買い手候補ばかりになり、従って売り手はさらにこうした売却方法を取ろうと思うことになる。こうして、さらに良質な買い手候補にとっては対応しづらい市場になり、結果「悪貨が良貨を駆逐した状況」になっていく。

今までもこうした案件プロセスが無いわけではなかったが、それは決まって売却プロセスを分かっていないエセアドバイザーの案件が多かった。ただ、最近比較的まともと思われる売り手側アドバザーの仕切る案件ですら、こうした要求がなされるケースも出てきた。

過熱し続けるASEANのホテル投資市場の裏側で、良質な投資家が検討において不必要な対応を迫られる「寒い」状況が広がり始めている。

<筆者紹介>

杉田浩一

株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役。カリフォルニア大学サンタバーバラ校物理学および生物学部卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり複数の外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。2000年から09年まで、UBS証券会社投資銀行本部M&Aアドバイザリーチームに在籍し、数多くのM&A案件においてアドバイザーを務める。また09年から12年まで、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて、在日副代表を務める傍ら東南アジアにおけるM&Aアドバイザリー業務に従事。12年に、東南アジアでのM&Aアドバイザリーおよび業界調査を主要業務とする株式会社アジア戦略アドバイザリーを創業。よりリスク度の高い東南アジア案件において、質の高いアドバイザリーサービスの提供を目指してASEAN各国での案件を遂行中。特に、現地の主要財閥との直接の関係を生かし、日系企業と現地企業間の資本・業務提携をサポートしている。


関連国・地域: ベトナム日本
関連業種: 建設・不動産

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