【ASEAN】ベトナム医療は魅力的な投資機会か?(6)

今週の10日からベトナムの中部の中核都市であるダナンで、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会談が開催される。風光明媚な海岸線を備え、ベトナム屈指の観光都市でもあるダナンは、国を挙げての一大イベントの開催に向けて、新たな国際線用ターミナルの建設をはじめインフラ整備を急ピッチで進めてきた。そうしたインフラの準備には、国際レベルの病院設立も含まれている。

9月29日付のNNA記事「ビンメック総合病院、ダナン市で開院」(https://www.nna.jp/news/result/1668401)によると、ベトナム中部ダナン市で9月27日、同市で最大規模の民間病院「ビンメック・ダナン国際総合病院」が開院した。ベトナム投資グループ(ビングループ)が1兆2,000億ドン(5,280万米ドル、約59億6,110万円)余りを投じて建設した。

同記事によると、「ビンメック・ダナン国際総合病院は9階建てで、病床数は222床。MRI(磁気共鳴画像装置)やCT(コンピューター断層撮影)など最新の医療機器を備える」

ビングループは、「ビンメック」の名称で総合病院を各地に展開しており、ビンメック・ダナン国際総合病院は、ハノイ、南部キエンザン省フーコック島、ホーチミン市、中南部カインホア省ニャチャン市、北部クアンニン省ハロン市に次いで6カ所目の総合病院となる。

ビンメック・ダナン国際総合病院(写真提供:株式会社アジア戦略アドバイザリー)

ビンメック・ダナン国際総合病院(写真提供:株式会社アジア戦略アドバイザリー)

このシリーズでは、「ベトナム医療は魅力的な投資機会か?」と題して、ベトナムにおける医療環境を見ながら、日本企業にとっての事業機会としての可能性とリスクを検証している。

前回記事(https://www.nna.jp/news/show/1675638)では、ベトナムにおける公立病院に対する評判の高さの原因の一つとして、公立病院の医師のレベルの高さと、それをもたらす公立病院の医師ならではのメリットについて説明した。

今回は、このような公立病院優位のベトナムにおいて、上記記事に取り上げられたビンメック・ダナン国際総合病院の設立の背景を見ながら、現地の有力な私立病院がどのように評判向上に努めているかを説明したい。

■急激な街の拡大に追いつかないダナン市の医師供給

今回の舞台であるダナンは、中部の中核都市として約100万人の人口を有している。ただ、この都市が急激に拡大したのはここ10年ほどで、それまでは比較的静かな地方の一都市にすぎなかった。

一方で、ダナンから100キロメートルほど北上すると、古都として有名なフエが存在する。ベトナム阮朝時代の首都として、1800年代の初めからベトナム中部の中心都市として位置づけられており、現在ユネスコ世界遺産に指定されている王宮を中心に街が整備されてきた。

そうしたことから、フエには、ハノイの「バクマイ病院」、ホーチミン市の「チョーライ病院」に並ぶ保健省管轄のベトナム3大病院の一つである「フエ中央病院」(2,400床)が存在し、年間の手術3万件、入院11万人、外来60万人と、ベトナム中部における中核病院としての役割を果たしている。

一方でダナンにおいては、街全体では小さなクリニックなどを含めると、73の医療機関が存在し、4,722床の入院が可能になっている(14年段階、ダナン市保健局より)。主要な公立病院としては、この地域の中心となる総合病院として、ダナン市保健局管轄の「ダナン総合病院」(1,200床)がある。それ以外にも、元は政府官僚向けの保険省管轄病院である「ダナンC病院」(800床)、地域の婦人及び小児向け医療サービスの中核を担っている「ダナン母子病院」といった大規模病院が存在している。一方で、私立病院では「HoanMy病院」(366床)、「Family病院」(250床)、「Tam Tri病院」(150床)といった中規模病院がある。

ダナンの街がここ10年あまりで急速に拡大する中で、医療需要は高まっているのだが、急速な街の発展に医師の供給が追い付いていない状況はここ数年問題化していた。図表1は、ベトナム主要地域における人口1万人当たりの医師数だが、これを見るとダナンを含む「中北部及び中部円海岸地域」は7.1人で、ベトナム全体の7.6人と比較してもより少ない水準となっている。

■ビンメック病院~不動産会社が作る病院とは?

冒頭の記事にも記載のとおり、ダナンにビンメック・ダナン国際総合病院を開設したビングループは、ベトナム有数の不動産事業を中心とした大手コングロマリットで、ベトナム全土で幅広く事業展開を行っている。その事業内容は、不動産経営、賃貸オフィス、住宅建設販売、機械・設備販売、ホテル・飲食経営、娯楽施設、農水産品販売、家庭用器具・医薬・化粧品・医療機器等販売など多岐にわたっており、最近では電気自動車(EV)の製造販売に乗り出したことも話題に上がった。(17年9月5日付NNA記事「ビンGが自動車生産へ、北部で工場着工」参照)

医療事業としては、12年にオープンしたハノイのビンメック病院をはじめ、既に5つの総合病院(Hanoi, Phu Quoc, Ho Chi Minh City, Nha Trang, Ha Long)と2つのクリニック(Hanoi, Ho Chi Minh City)を運営しており、今回のダナンで6か所目になる。彼らの病院の特徴としては、自社の開発する大規模な住宅地の中に建設することが多い点だ。これは、きれいな医療機関を内包することで、自社で開発する不動産の価値を高めることを目的としている。

ビンメック病院ハノイ

ビンメック病院ハノイ

ビンメック病院ハノイ1階(写真提供:株式会社アジア戦略アドバイザリー)

ビンメック病院ハノイ1階(写真提供:株式会社アジア戦略アドバイザリー)

ビンメック病院は、総じて一般的にイメージする私立病院のように、きれいな建物で内部も混雑していない。医師を含む医療スタッフも、その多くが英語での対応が可能で、国際的な医療サービスの提供を目指している。

さて、医療機関を設立することは、関連省庁からの許認可を取得できて、かつお金があれば基本的には可能だ。ビングループのように、ベトナム政府との強力な関係を有し、かつ資金力のある企業であれば、実際彼らが行っているように短期間でどんどん病院を開設することはできるだろう。

ただ、その際に大きなボトルネックになりうるのが、そこで働く医師の確保だ。優秀な医師はベトナムの中でも限られており、そしてその多くは公立病院に在籍している。新たな病院を開設するためには、このような評判のいい医師を採用することが最も近道だ。加えて、優秀な医師が入ることになれば、その評判につられて多くの患者が来ることも予想できる。

■ビンメック開設による熾烈な医師引き抜き合戦

優秀な医師の招致は、病院開設の可否にかかわることに加えて、その後の患者の安定した囲い込みにつながる。結果、新しい病院開設の際には、評判のいい医師に対しての引き抜きは熾烈なものとなりがちだ。通常状態においても医師の数が不足しがちなダナン市でビンメック・ダナン国際総合病院の設立は、既存の病院にとってはあたかも「災害の襲来」のような出来事だった。

ビンメック・ダナン国際総合病院の開設がより具体的なスケジュールに乗り始めた16年の初めごろから、ダナンの病院ではヘッドハントの話が飛び交うようになった。特に、ビンメック側が必死になって採用しようとしたのが、公立病院で中核を担っている30代から40代の医師だった。

ダナンにおいては、30代の私立病院勤務の医師の平均月収は、日本円で約10万~15万円程度だが、著者が会ったビンメックからの誘いを受けた医師は、相場の3倍程度の金額を提示されたという。中でも英語が使える医師には、追加の金額のオファーも用意されていた。

ビンメックからの札束攻勢での引き抜きにおいて、一番の草刈り場になったのが地域医療の中核を担っているダナン総合病院だ。幅広い診療科の医師がアプローチを受け、その結果30人以上の医師が転籍することになったという。中には、診療科のトップから中堅まで、医師がごっそり移ったケースも存在していたようで、こうした引き抜きにあった科は一時現場が混乱を来たすことになった。

一方で、誘いを受けたけれども断った医師も多くいる。ダナン総合病院の30代の医師も、勧誘を受けたが断った。待遇が魅力的ではなかったのかと聞くと、「いや、私立病院に移る医師が多く発生すると、安価な地域医療を誰が担うかとの問題が出てくる。それよりも、自分は公立病院での診療機会やステップアップの機会のほうが魅力的だ。もっとも私の場合は自分で事業も行っているし、いろんな私立病院での出張診断なども行っているので、それほど待遇も魅力的に写らなかった」との答えが返ってきた。

華々しくオープニングを迎えたビンメック・ダナン国際総合病院の裏には、ベトナムの公的医療に対して高い価値を確立しようとしている私立病院と、その中で翻弄される公立病院とそこで働く医療関係者の影が見え隠れする。

次回は、ベトナム一般市民の視点から、公立病院と私立病院に対してどのように思っているのかを見ていきたい。

<筆者紹介>

杉田浩一

株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役。カリフォルニア大学サンタバーバラ校物理学および生物学部卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり複数の外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。2000年から09年まで、UBS証券会社投資銀行本部M&Aアドバイザリーチームに在籍し、数多くのM&A案件においてアドバイザーを務める。また09年から12年まで、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて、在日副代表を務める傍ら東南アジアにおけるM&Aアドバイザリー業務に従事。

12年に、東南アジアでのM&Aアドバイザリーおよび業界調査を主要業務とする株式会社アジア戦略アドバイザリーを創業。よりリスク度の高い東南アジア案件において、質の高いアドバイザリーサービスの提供を目指してASEAN各国での案件を遂行中。特に、現地の主要財閥との直接の関係を生かし、日系企業と現地企業間の資本・業務提携をサポートしている。


関連国・地域: ベトナム日本
関連業種: 経済一般・統計医療・薬品金融・保険

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