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【ASEAN】新興国でM&Aを行いやすい国はどこか?その見極め方(3)

東南アジアでは、域外から域内への投資に加えて、域内間における合併・買収(M&A)も積極的に行われてきている。東南アジア諸国連合(ASEAN)の大手企業がさらなる拡大を求めて、他のASEAN企業を買収する動きも増えてきた。

6月6日付のNNA記事「セブンイレブン買収中止、タイ系財閥CP」(https://www.nna.jp/news/result/1617896)によると、インドネシアでコンビニエンスストア「セブン—―イレブン」をフランチャイズ展開するモデルン・インターナショナルは、タイの大手財閥チャロン・ポカパン(CP)子会社にセブン―イレブン事業を売却する計画を中止したという。

同記事によると、チャロン・ポカパンは4月下旬、セブン―イレブンの買収に1兆ルピア(約83億円)を投じると表明、子会社のチャロン・ポカパン・レストゥ・インドネシアが6月末までに買収を完了すると発表していた。中止の理由は、チャロン・ポカパンとの間で、重要事項について合意が得られなかったためだそうだ。

この案件は、比較的規模も大きく、かつ事前に買収の意向が開示されていたために、中止の内容もこうして記事として取り上げられた。その一方で、多くの案件が日の目を見ずに、ひっそりと中止に至っている。

さて、この連載シリーズでは「新興国におけるM&Aを行いやすい国はどこか、またそれをどのように見分けるのか」をテーマに、M&Aのやりやすさを決める下記の主な要素6項目を提示している。

(1)制度面の整備度合い

(2)会社情報の信用度

(3)現地アドバイザーの力量

(4)M&A案件の多さ、過去の実績の蓄積

(5)現地企業におけるM&Aに対する意識

(6)資本市場の整備度合い

前回記事(https://www.nna.jp/news/show/1612438)では、3番目の項目である「現地アドバイザーの力量」について説明した。今回は、4番目の「M&A案件の多さ、過去の実績の蓄積」を見ていきたい。特に、通常の記事からは見えてこない、M&A案件の裏側の価格交渉や、アドバイザーの動き方などの観点から説明したいと思う。

■なぜ「M&A案件の多さ、過去の実績の蓄積」がM&A案件のやりやすさに関係するのか

なぜ、「M&A案件の多さ、過去の実績の蓄積」がM&A案件のやりやすさに関係するのだろうか?ここでは、以下の3つの理由を挙げたい。

(1)対象会社のベンチマーク価格がより現実的な水準になること

(2)相手をだますインセンティブが比較的下がること

(3)現地のアドバイザーの力量が上がること

それでは、まず(1)の対象会社のベンチマーク価格がより現実的な水準になること、から見ていこう。これは、平たく言うと、案件が多い国の方が、売り手側が提示する価格がより現実的な(つまりより“吹っ掛け”の少ない)価格水準になりがちということだ。

この点を理解するためには、M&A案件における価格の設定の考え方について少し理解する必要がある。

■買収対象会社の価格はどのようにして値付けられているのだろうか

M&Aの難しさの一つに、その対象会社の真の価値(特に非上場会社の場合)が明確に分からない点がある。これが、野菜や日用品のように、スーパーで日ごろ売られているようなものであれば、「おおよそいくらぐらい」といった推測がつく。またそこまで明確でないにしろ、例えば車のような場合は、「おおよそこのグレードであればいくらぐらい」といった情報がネットで簡単に手に入る。ただ、残念ながらそのような情報は、M&Aの価格算定の場合は出てこない。

M&Aの対象会社の価格算定においても、「おおよそこの業界のこのぐらいの業績の会社であれば、ざっくりいくらぐらい」といった推測を行う方法はある。それは、同じような業種の会社で、同じような売り上げや利益率の会社が上場していたら、その時価総額を参照する方法だ。

この場合の参照する価格は、株式市場で実際に評価されている価値だが、他にも参照できる価格がある。それは、過去に実際に取引された価格だ。例えば、過去に同じような業種の会社で、同じような業績の会社が、過去に実際に取引された価格があれば、それが参照価格になる。

過去の実際の案件での取引の価値なので、対象会社の価格の推測を行う際の有益な情報ではあるのだが、気を付けなければいけない点もある。それは、この過去の取引が何か特殊な背景で行われた案件の場合、必ずしもその価格が今回も当てはまるわけではないことだ。

例えば、売り手が早急に売却しなければならなかったので、当初の想定売却価格よりも大幅に値段を下げた案件かもしれないし、また逆に買い手候補が殺到したため、売却価格が吊り上がった案件かもしれない。そうした個別のM&A案件の特殊性や交渉の背景はなかなか表には出てこないため、どこまで本当に今回の案件にあてはめられるかは正直不明な場合が多い。

■案件数が少ない国や業界は「吹っ掛け」てくる可能性がより高くなる

より案件実績のある国であれば、中には高すぎる価格や、安すぎる価格もあるかもしれないが、今まで行われてきた多くの案件の平均値を取ることにより、個別案件の特殊性を取り除いたおおよその価格の水準が見えてくる。

こうしたM&Aが活発な国におけるアドバイザーは、通常注意深くアンテナを張って過去の案件の価格水準をフォローしているので、現地の売り手側の会社も「おおよそこの業界であれば、この程度の価格が“一般的な水準”」として、その目線を意識して案件をスタートすることが多い。

一方、案件実績のあまりない国の場合、たまたま高く決定した案件が「価格のスタンダード」になってしまうことが多い。「過去に別の日系会社が、この業界の類似の企業を、いくら払って買っていった」という情報が、業界の中でシェアされていて、現地の売り手側企業も「うちも案件を行うのであれば、この金額でなければやりたくない」と言ってくる。

こちらがその時の案件の特殊性や、今回の案件では必ずしもその金額が妥当でないことを主張しても、売り手側の頭に織り込まれた価格はなかなか解きほぐすのが困難だ。

中には、過去の案件の水準とは関係なく、「この価格でなければやらない」といった、通常の価格より大幅にかい離した価格から相手がスタートしたりする。このような、あまりに“吹っ掛け”がひどすぎる場合は、日系企業の多くは検討すらしないこと場合が多い。

実はどれだけ「吹っ掛け」を行うかは、次に記載する2番目の理由である「案件数が多くなればなるほど、相手をだますインセンティブが比較的下がること」にも関係している。

■なぜ「案件数が多くなるほど、相手をだますインセンティブが下がる」のか

どれだけ売り手側が“吹っ掛け”てくるかに警戒することが、M&Aに重要になることが見えてきた。それでは、どのような環境だと、売り手側はより“吹っ掛けて”くるのだろうか。

答えは、より案件が少ない環境のケースだ。つまり、案件数も“吹っ掛け度合い”に大きく関係してくるのだ。

案件数が少ない場合は、そもそも案件の希少性もあり、売り手側は「これを逃したら、こんないい案件はもう出てこないよ」と価格を吊り上げる傾向にある。

加えて、案件数が少ない環境だと、価格を「吹っ掛けて」もそれによる売り手側アドバイザーのダメージが少ないのだ。どういうことか?

売り手側のアドバザーは、価格を「吹っ掛ける」と、さすがに投資銀行などのプロの世界では、「彼の案件は高値で吹っ掛けてくる傾向にある」という悪い評判になり、そうなるとその後の案件の交渉において、マイナスに働く。つまり長い時間軸で見ると、“吹っ掛け”てばかりいれば、評判の低下によるマイナスのダメージが働くのだ。

ところが、案件があまりない場合は、より「この案件で吹っ掛けて、あわよくば勝ち逃げをしよう」とのインセンティブがより働く。その裏には「どうせ、評判が多少下がったとしても、相手とまた会うこともどうせないだろうから、気にすることはない。」との思いがある。

こうした傾向は、長期間M&AにかかわるプロフェッショナルなM&Aアドバイザーがあまりいない国ではより顕著だ。なぜなら、プロとしての長期的な評価など気にせずに、目の前の案件でめでたく高く売り受けて、とっととずらかろうと思う売り手側のスタンスがより顕著になるからだ。

したがって、より案件数が多くなれば、長期的に相手をだますことによるマイナス面がより大きくなるので、“吹っ掛ける”インセンティブが下がり、結果としてよりM&Aがやりやすい環境になるのだ。

■長期的にM&Aアドバイザーが生存できる環境か

先ほどの話から見えてくるのは、より長期間関与するM&Aアドバイザーがいる国は、より“吹っ掛け”たり、だますことによるマイナスの影響が大きくなるため、より妥当なプロセスでの案件を行う傾向が高まることだ。

そうであれば、よりM&Aアドバイザーが長期間生存できる環境のほうが、だますことが減り、M&A環境がより活発化することを意味する。それは、どのような環境だろうか。

端的な答えは、より案件数が多い環境だ。M&Aアドバイザーはそれを生業としているので、より案件数が多いほど、M&Aアドバイザーとしての「業界規模」が大きくなる。そうなれば、よりフィーの水準も高くなり、継続しようとするインセンティブも高まるだろう。

逆に、案件規模が限られていると、長期的に安定して職業として成り立てることが困難になる。従って、M&Aアドバイザーの平均したキャリアの期間も短くなってくる。

また、案件数が少なければ、アドバイザーとしての習熟度の上がり方も限られてくる。M&Aアドバイザーには、例えばMBA(経営学修士)のクラスでM&Aのクラスを取ったから、すぐにできるようなものではない。多くの案件を地道にこなしながら、いろいろなタイプの案件経験を経て、徐々に習熟度を高めていく必要がある。

したがって、熟練したM&Aアドバイザーを養成するために、案件が多い環境が必要なのだ。

次回は、「M&Aのやりやすさを決める主要素6項目」のうち、5項目の「現地企業におけるM&Aに対する意識」について説明する。

<筆者紹介>

杉田浩一

株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役。カリフォルニア大学サンタバーバラ校物理学および生物学部卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり複数の外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。2000年から09年まで、UBS証券会社投資銀行本部M&Aアドバイザリーチームに在籍し、数多くのM&A案件においてアドバイザーを務める。また09年から12年まで、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて、在日副代表を務める傍ら東南アジアにおけるM&Aアドバイザリー業務に従事。

12年に、東南アジアでのM&Aアドバイザリーおよび業界調査を主要業務とする株式会社アジア戦略アドバイザリーを創業。よりリスク度の高い東南アジア案件において、質の高いアドバイザリーサービスの提供を目指してASEAN各国での案件を遂行中。特に、現地の主要財閥との直接の関係を生かし、日系企業と現地企業間の資本・業務提携をサポートしている。


関連国・地域: 日本
関連業種: マクロ・統計・その他経済

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