先週末(18日付)に続いて、オーストラリアが軍事戦略上極めて重要な拠点であるダーウィン港を、中国企業の嵐橋集団(ランドブリッジ)に委託したことについて述べたい。今年3月に入ってから再びメディアで騒がれているのは、米国からの不快感表明の後、オーストラリア連邦上院議会で聴聞会が開かれているためでもある。その聴聞会に、外資審議委員会(FIRB)のブライアン・ウィルソン委員長が呼ばれて、興味深いことを証言している。
上院議会の聴聞会では、嵐橋集団への委託が決定されたプロセスで一体何があったのか、FIRBや国防省高官が、綿密に検証を受けている。
オーストラリアン・フィナンシャル・レビュー(AFR)などによると、ウィルソン委員長は嵐橋集団が落札する可能性について、「2014年末に初めて知り、15年初頭と3月に国防省に対し説明を求めていた」と話している。その後、嵐橋集団が落札する可能性が非常に高くなったことから「可能な限りハイランクの高官に再考を求めた」という。つまり、3回説明を求めていた。
だが10月、案の定、嵐橋集団が落札した。
その直後に港湾委託契約には、オーストラリア海軍の港湾利用が確約されているのは「99年間のうち最初の25年」しかないという項目が盛り込まれているのに気づいてウィルソン委員長は仰天する。「それを知っていたら、4回目の再考を促していただろう」――。
同じく聴聞会に呼ばれた中には、安全情報機関(ASIO)や秘密情報局(ASIS)の元長官、デビッド・アーヴィン氏もいる。
アーヴィン元長官は「自分が現役であれば、国防省に詳細な説明を求めていただろう。なぜ港湾管理の際のサボタージュや諜報活動を許す可能性を考慮しないのか、と。そしてそれは過去に現実に起きたことでもある」――。
ASIOやASISというのは、テロやスパイ対策、海外諜報を任務とするオーストラリアの諜報機関である。その元長官が、完全に疑問符を付けた形だ。
■「抜け穴を利用」
では、その国防省は何と弁明しているのか。
同省のリチャードソン事務次官は地元紙に述べている。「嵐橋集団による管理の安全保障上のリスクについては徹底的に調べたが問題はなかった。中国海軍が同港湾に入れるようになるとの懸念はばかげている」。
だが、こうも話した。「もしも万が一、脅威が確認されていても、現在のFIRBの審査プロセスでは、委託を止めることはできなかっただろう」。
連邦政府の承認を経ずに、北部準州(NT)政府だけで決定してしまう法的抜け穴を利用したことを示唆したものだ。
その背景には、常に財源不足状態にあったNT政府の事情が関係している。
同じく聴聞会に出たNTの財務高官は、「NT政府が、多額の中国マネーが舞い降りてくる今回の契約を推し進めたのは、連邦政府がNTのインフラへの補助金支給を何度も拒否してきたからだ」と証言したのだ。連邦政府に対する積年の恨みをはらすように、当てつけ的に嵐橋集団を選んだかのようである。
時期的にも混乱の最中だったことが分かる。嵐橋集団が落札したのは昨年10月。つまり、ターンブルが新政権を発足した直後のことで、国防相もケビン・アンドリュー議員から、女性のマリス・ペイン議員に交代している。
■失態の反省で
ターンブル政権は昨年末、実に40年ぶりに外資買収法を改正している。外国資本が「重要な行為」を行う場合、FIRBは国益を考慮して、禁止命令などを発令できるなどとするものだ。これは明らかに、ダーウィン港をめぐる粗忽な「失態」が反省材料となったからだろう。しかも、FIRBの人事を刷新する改革まで断行している。幹部に加わったのは、先のデビッド・アーヴィン氏である。
■旧日本軍の空爆を観光のダシに?
そして、もう一つ言及しておきたいことがある。
NT政府はダーウィン港に、第二次世界大戦での旧日本軍による空爆をバーチャル体験できる戦時記念館を建設する計画だということである。前回の記事で言及した「安全保障面とは別に、日本をリスクにさらすある重要な問題」というのが、それである。
NT政府がこれを発表したのが昨年11月。これもダーウィン港落札の直後だったため、観光業も傘下に持つ嵐橋集団が反日プロパガンダで計画したのだろうかと思わず勘ぐった。だが、ジャイルズ主席大臣が「旧日本軍」とは触れていないものの「来場者が空爆体験で歴史の一部になれる」などと、あまりに嬉々として観光面を強調しているので、一体誰の発想なのか分からない。だが少なくとも唯一言えるのは、その計画は日豪関係にはプラスに働かないということだろう。
そしてさらに懸念すべきは、この計画について、日本政府がNT政府に懸念を伝えた形跡はないことだ。ダーウィン港が中国企業に管理され、日本がお化け屋敷のような恐怖観光のダシに使われるのだけは、想像したくないものである。(了)<筆者・西原哲也>
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