オージー仲間のパーティーで、50代の友人の一人が、昔放送された「ザ・サムライ」というテレビ番組を知っているかと聞いてきた。海外で人気だった古い時代劇だろうから「子連れ狼」か「座頭市」、はたまた「宮本武蔵」か、と想像して話を合わせようとしたがストーリーが全くかみ合わない。こちらが全く知らなかったため、彼は同年代のオージー仲間を集め出し、さながらチャンバラ談議となった。
彼らは昔話で「シンタロー、シンタロー」と、子どもに返ったように目を輝かす。筆者がその場でスマートフォンで検索したところ、TBS系列で1962年から65年まで放送された大瀬康一主演の「隠密剣士(The Samurai)」という連続テレビ時代劇のようだ。
後で調べてみると(こちらは恥ずかしながら、「大瀬康一」という役者も知らなかったが)、この時代劇は江戸末期の日本各地を舞台に、徳川家斉の異母兄である主人公が「秋草新太郎」と名乗り、世の中の平和を乱す悪徳な甲賀忍者集団と戦うストーリーであることが分かった。時代劇でありながら、拳銃や潜水艦なども登場する斬新な内容で、日本でも大ヒットしたようだ。
これが、「ザ・サムライ」というタイトルでアジアやオセアニアを中心に海外でも放送されたのだという。オーストラリアで第1回目がチャンネルナインでシドニーで放送されたのは64年12月。それが大反響を呼び、メルボルンやブリスベン、パース、アデレードなどでも65年6月から次々に放送された(タスマニアでは放送されなかった)。これは、くしくもオーストラリアとニュージーランド(NZ)で初めて放送される日本のテレビ番組だった。
「隠密剣士」は第10部(各12~13話)で構成されていたが、チャンネルナインが第1部のビデオを保有しておらず、第2部から放送したところ、番組の熱狂的なファンからテレビ局に手紙で要請が殺到し、後で第1部を放送することになったのだという。
■空港でもみくちゃに
件の友人によると、この秋草新太郎を演じた大瀬康一さんがオーストラリアを訪れたことがあるという。一目見ようと彼もシドニー空港に行ったところ、シーツで作った日本の着物やダンボールで作った日本刀を携えた、現在で言うコスプレ姿の熱狂的なファンにもみくちゃにされる大瀬さんを見たそうだ。
当時のことを記した昔のテレビ番組に関するファンサイト(retrorocket.tripod.com)によると、なるほど確かに大瀬さんは65年12月に、大規模な実演イベントを行うためにシドニーとメルボルンを訪れている(当初はシドニーだけだったが、メルボルンからの“圧力”に負けて2カ所で行われたのだとか)。
大瀬さんは地方巡業の一環のつもりで訪れたのだろうが、空港に降り立つその時まで、数千人が集まった現地の大騒ぎを知らなかったという。それはビートルズが来豪した時をしのぐほどだったというから、その熱狂ぶりが伝わろうというものだ。
「隠密剣士」は、60年代にオーストラリアで放送された中で最もセンセーショナルを巻き起こしたドラマであり、当時育ったオージーで「シンタロー」を知らぬ者はいないという。
■「隠密剣士」の貢献
さて、これらのエピソードを聞いて思ったのは、オーストラリア人やNZ人の概して親日的な性分は、「隠密剣士」が経済発展期の国民に刷り込んできたイメージが貢献しているのではないか、ということだ。60~70年代の日本人が、ホームドラマから米国に憧れたこととも似ているし、現代の日本のアニメが世界を席巻して、日本への好意的イメージを作っているのと同じかもしれない。
またそれは、オーストラリアのテレビメディアでは、日本のテレビがオーストラリアの話題を扱うよりもはるかに多く、日本の話題を扱っていることにもつながっている気がする。なるほど英国や米国では、「隠密剣士」は放送されなかった。
■60年代の日本ブーム
ところで話題は経済になるが、日系企業によるオーストラリアやNZでの貿易活動が活発化し始めたのは19世紀末である。現在から見ると意外なことだが、日本は当初オーストラリアに米と石炭(!)を輸出し、オーストラリアは日本に羊毛を輸出していた。
こうした貿易の発展を受けて、57年に最初の日豪通商協定が締結されている。62年には三井物産が、日系企業として初めてオーストラリアでの炭鉱JVに出資し、それからオーストラリアから日本向けに怒濤のような資源輸出が本格化する。来年は、第1回日豪通商協定が締結されてから60周年ということになる。「隠密剣士」の熱狂ぶりに合わせるかのように、産業界でも日本ブームが幕を開ける時期だったのだ。
日本のひとつの時代劇が、経済発展真っ盛りのオーストラリア人やNZ人の心をときほぐして夢を与え、半世紀にわたって彼らの記憶にとどまり続ける。その類いまれな「外交力」に、現在の外交下手な日本政治を横目に眺めながら、感嘆している。【NNA豪州編集長・西原哲也】
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