タイで農業のスマート化に向けた取り組みが始まっている。タイは農業が労働人口の約30%を占めるものの、国内総生産(GDP)に占める割合は8%ほど。鍵となるのは生産性の向上だ。クボタは東部チョンブリ県にある自社農場「クボタファーム」での試行錯誤を通じて、タイの伝統的な農法に「科学的な視点」を取り入れようとしている。
機械化がそれほど進んでいないタイの農業では「スマート化」と言っても、解釈の仕方は人それぞれ。農機の活用をイメージする人もいれば、トラクターなどの自動化、あるいはドローン(小型無人機)や人工知能(AI)、情報通信技術(ICT)などを活用した「デジタル農業」を連想する人もいる。クボタのタイ子会社のサイアムクボタ(SKC)の東隆尚社長は、タイでのスマート農業を「標準化と生産性の向上」と定義する。
■最適解を求めて
タイではコメのほか、キャッサバやサトウキビなどさまざまな作物が栽培されているが、これまでの経験や勘に頼った昔ながらの農法が主流だ。例えば、田植えでは苗を植えずに、種もみを田んぼに直接まいて自然に芽が出るのを待つ直播が一般的。灌漑(かんがい)施設が不十分であるため、干ばつや洪水の影響を受けやすく、農家の収入は不安定だ。
「水や肥料の適量はどれくらいか」「どのような質の土壌を作ればいいか」「どうすれば水を節約できるか」。タイ農業の標準化と生産性向上に向け、クボタファームでは最適解を求めてさまざまな試行錯誤が続けられている。東社長は「実証実験と呼べるよう大げさなものではない。実際の農業では失敗は許されないため、われわれが農家に代わって地道にトライ・アンド・エラーを行っているようなもの」と説明する。
クボタファームへの来場者には、農機に実際に触れてもらう機会も提供する。例えば、サトウキビの葉を除去するインプルメント(周辺機)が普及すれば、サトウキビや稲わらの野焼きを大幅に減らすことが可能だ。収穫時期を迎えたサトウキビは大量の葉で覆われており、収穫作業の妨げとなっている。そこでタイでは収穫前に葉を焼き払う農家が多く、大気汚染の原因の1つとされている。
■知見を有志の農家で活用
クボタファームの実験で得た知見は、サイアムクボタコミュニティーエンタープライズ(SKCE)という有志の農家グループなどにも提供する。サイアム・クボタの花岡孝副社長は「SKCEの農家は数年以内の収入アップを目指して生産性の向上に取り組んでいる。これまでの農法を変えてもらうには、目に見える成果が必要だ」と話す。
伝統的な農法に執着してきたタイの農家に「科学的な視点」を取り入れてもらおうとするクボタの取り組みにはタイ政府も注目。プラユット首相が9日、クボタファームを視察して「農業はタイの未来」とスタッフを激励した。
タイは地域によって気候が異なり、それぞれの作物に合った農法がある。現在は、各地域のディーラーがクボタファームを参考に、それぞれの事情に応じた「ミニ・クボタファーム」を作る動きが進んでいるという。
■デジタル化で支援も
クボタはデジタル技術を活用した農業支援にも乗り出した。クボタとSKC、地場の素材最大手サイアム・セメント(SCG)の3社はこのほど、合弁会社「カセートイーノ(KasetInno)」を設立した。資金力のある比較的規模の大きい農家や法人組織を対象に、農地の設計や開墾、管理までワンストップで行う「カセートイーノ・ソリューションズ」を提供する。既存の農家からも「作業効率が高くなるように農地を設計してほしい」という声が上がっているという。
新会社ではサイアム・セメントの技術力を活用して、栽培した農産物を見栄えよくパッケージングできるように農家を指導していく。付加価値を付けることで、農家の収入アップにつなげる狙いがある。タイでは、仲買人に農産物を買い叩かれるケースが多く、農家の収入が増えない一因になっているという。「農機を使って収穫を増やしたいけれども、購入資金がない」という零細農家を対象に、農機のレンタル事業の立ち上げも検討している。
新会社のもう1つの事業の柱が「カセートイーノ・マーケット」事業だ。オンラインを通じて農家が生産した農作物の流通を支援したり、クボタ製農機の交換部品などを販売したりする。
クボタがタイで農業のスマート化の推進に力を入れている背景には、同国の農機市場が成熟段階に入っているという事情もある。資金的に余裕のある農家は農機を一通り取りそろえるなど、需要が一巡した感がある。クボタの取り組みによって農家の生産性が向上して収入が増えれば、農機市場自体のパイ拡大が期待できる。
SKCの2021年の売上高は前年比30%増の690億バーツ(約2,573億円)。22年の売上高目標は、新型コロナウイルスの感染状況や農産物価格などへの不透明感から前年比9%減の630億バーツとしている。
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