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【アジアで会う】八巻久美子さん ケフセフト副社長 第289回 「酪農不毛の地」に挑む(フィリピン)

やまき・くみこ 1980年生まれ。神奈川県出身。東京農業大学を卒業後、大分の牧場で1年働く。在学中に取得した家畜人工授精師の資格を生かすため、奈良の牧場に転職。青年海外協力隊として2008年から2年半、フィリピン農業省畜産局内に派遣された。同国の酪農の可能性に目を付けた現在の夫の説得を受け、フィリピンで起業。牧場経営から乳製品の物流、販売までを手掛ける。19年9月、ブラカン州からタルラック州に農場を移転した。

牛乳の自給率はわずか2%――。乳製品はほぼ外国産と「酪農不毛の地」のフィリピンで、経済成長や健康意識の高まりによる潜在的な需要に目を付け、新鮮な牛乳作りに挑戦してから間もなく9年になる。夫婦二人三脚で、マニラ首都圏の日本人駐在員を中心に、徐々にマーケットを確立してきた。

この国で「中堅規模で加工から流通までを手掛けている業者はなかなか珍しい」という。早朝と夕方5時に搾乳した生乳は、機械に頼らずシンプルに手作業で殺菌・加工していく。北海道で酪農を起業するには億単位の資金が必要だが、人件費の安いフィリピンでは人手をかけても、コストを抑えられることが魅力の一つ。

牛乳は1本480ミリリットルで80ペソ(約170円)。常温で販売されている輸入品より高いが、濃厚な味と品質に定評がある。日本の一般的な牛乳は120度以上の高温で2秒間殺菌するのに対し、ケフセフトが製造している低温殺菌のノンホモジナイズ乳は生乳本来の味に近い。週4日、首都圏の個人宅や日本・韓国の食材店、ケソン市のカフェに宅配している。定番の牛乳とヨーグルトに加え、チーズやアイスなど7品目を製品化してきた。

■夫の熱意に押され起業

東京農大で家畜人工授精師の資格を取得し、大分から奈良の大規模農場に転職した。高校生の頃から抱いていた「海外で働きたい」との思いが強まり、同僚の獣医師の勧めで青年海外協力隊に応募。08年1月から2年半、フィリピン農業省畜産局内の国家家畜人工授精センターで、全国から集まる人工授精データの問題点を分析し、フィードバックする仕事をした。

着任から半年たった頃、奈良の牧場で出会い、付き合っていた現在の夫が訪ねてきた。大手スーパーに買い物に行くと、常温で長期保存可能な牛乳が日本と同じような値段で売られている。将来的な人口増加や市場の伸びに着目し「フィリピンで酪農をしよう」と提案を受けるも、当初は「勘弁してほしい」と取り合わなかった。しかし、半年もの間、めげずに説得する夫の熱意に押され、ともに挑戦することを決意した。

首都圏から車で2時間のブラカン州で11年6月に乳牛の飼育を始めたが、苦労の連続だった。耐暑性のある品種との混雑種を飼育するが、1頭当たりの乳量は約13リットルと、日本の純粋種と比べて3分の1程度。暑さに加え、栄養価の高い餌が手に入りにくい。餌の調達は業者に頼らず、自分たちで配合を工夫した。酪農経験は豊富でも、乳製品の加工は初めて。生ものだけに品質維持に気を配り、手探りで改善を重ねた。

従業員との付き合いも悩みの一つだ。あるとき、牛舎に取り付けた監視カメラの映像が何度も途切れていることがあった。停電かと頭を悩ませていると、隣の建設現場の女性から「餌の数を確認した方がいい」と指摘を受けた。従業員が電源を切っては、餌を横流ししていたことが判明した。

■新鮮な牛乳を届ける

数々の困難も「毎日、何かしら起きて刺激的」と笑い飛ばし、ここまでやってきた。子どもは現在6歳と4歳。夫婦で、この国で事業を続けていくと決心した。昨年9月にはタルラック州ラパス市に牧場を移転。ブラカン州の農場は借地の上、事業拡大に伴い牛舎も手狭になっていた。新たな農場の敷地面積は0.5ヘクタールで拡張も可能という。

4年ほど前から、五つ星ホテルにも製品を供給する地場アイスチェーンのマニラ・クリーマリーに、週平均500リットルの牛乳を卸している。「これに次ぐ大口の取引先を獲得したい」と意気込む。

日本人だけでなく、フィリピン人の需要を取り込むことも今後の目標だ。特に富裕層の間では健康志向が高まっており、多くの販売量が見込める。さらに幼稚園や小学校では、フィリピン国家酪農庁(NDA)が栄養価の高い牛乳を給食プログラムに導入する取り組みを進めている。

当初3年で農場を移転する計画だったが、「この国ではそうスムーズにいかない」。苦労は絶えないが、この地で約9年やってきた経験から「将来的に需要は必ず伸びる」と確信している。首都圏に加えタルラック周辺の市場開拓も視野に、一人でも多くの人に新鮮な牛乳を届けようと、試行錯誤している。(フィリピン版編集・大堀真貴子)


関連国・地域: フィリピン
関連業種: 農林・水産社会・事件

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