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【アジアで会う】加治屋文祥さん 小学館アジア社長 第274回 現地作家と共に成長(シンガポール)

かじや・ぶんしょう 1959年生まれ、宮崎県出身。新聞記者だった父親の影響から「人にものを伝える仕事をしたい」と思い、小学館に入社。総合男性誌『GORO』や単行本の編集に携わる。その後、キャラクター事業センター、国際ライツ室室長などを経て、2013年に小学館のシンガポール子会社・小学館アジアの初代社長となる。趣味はテニスと茶道。

「これがシンガポールの作家が書いたコミックです」。加治屋さんはいとおしそうに一冊の本を手に取った。『ミスターキアス・イン・シンガポール・ヒストリー』は、コミックスタイルでシンガポールの歴史を紹介する初めての英語の学習まんが。シンガポールが発見された1200年代にタイムスリップした主人公のミスターキアスが、同国が独立するまでの道のりをオムニバス形式でひもといていく物語だ。

今年がラッフルズ卿上陸200周年に当たることを記念し、政府の協力のもと小学館が6月にシンガポールで販売を開始した。ミスターキアスは、負けず嫌いで損することを恐れるシンガポール人の性格を表すキャラクターとして、1990年代に現地の漫画家ジョニー・ラウ氏が生み出した。小学館がラウ氏の作品を販売するのは今回で3回目だ。

シンガポールでは国家遺産局などが財政的に作家を支援する仕組みがある。それでも市場の状態から読者の心理を判断してストーリーの内容や展開まで助言する「日本スタイルの編集」の良さを知ってほしい。加治屋さんはそう考え、最初の共同作業となる作品を生み出すときにラウ氏に30~40種類ものストーリーアイデアを提案した。

この中からは結局、ほとんど採用されることはなかった。「これでいいんです。身を削りながら、孤独に制作と向き合っている作家に刺激を与えてコミュニケーションを取る。こうして良い作品が出来上がっていくのです」と加治屋さんは目を細める。

3作目となる今回も、この手法がうまくいった。1万部売れたらヒットというシンガポールの市場で、発売から数カ月で6,000部を売り上げ、すでに目標を上回るペースだ。シンガポールの歴史をコミックスタイルで描くという手法が現地の人には新鮮だったようだ。加治屋さんは「作者の才能と技術が一番大きいが『まんがで歴史を紹介しては』というこちら側の提案も良かったのではないか」と顔をほころばせる。

■拠点設立へ粘り強く説得

シンガポールに赴任する前は国際ライツ室の責任者として、海外の出版社に対してコミックや書籍の現地言語版の販売を許諾する仕事をしていた。アジアの出版社と取引をする中で、現地の人が何を求めているのかを直接感じたいと思った。

しかし、シンガポール拠点の設立までは困難の連続だった。会社からは「ライセンスのビジネスだけでも十分ではないか」「リスクを取ってでもやるべき事業なのか」などの反対論が出た。

これに対して「ライセンス事業は手数料収入というリスクのない売り上げが上がるだけだ。ここから抜け出したい」と粘り強く掛け合った。海外で出版社としての足場を固めるためには、現地のニーズをつかむ必要があるとの確信があったからだ。

日本では少子化が進み市場の縮小が避けられないだけに経営陣も最終的には受け入れてくれた。2013年、従業員3人、うち日本人は加治屋さん1人の体制で始動した。

現在は従業員数を8人、うち日本人2人の規模まで拡大。シンガポールを制作拠点として、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、ブルネイの東南アジア6カ国に作品を流通させている。

■できるだけ多くの人に届けたい

設立当初はラインアップが少ないことから直接書店に掛け合い販売していたが、2~3年後からは取次店を経由するようになった。しかし、日本の漫画の特色や有効なプロモーション方法に対する取次店側の理解が浅く、扱ってくれる書店は少なかった。

でも、従来の翻訳・出版から現地の作家によるオリジナル作品が加わった今なら売り込める。18年から、域内全ての書店に取次店を通さず直接販売できるように流通を再構築した。

設立から6年、来年の黒字化が目標だ。最近では読者層の拡大のため、女性向け漫画やホラーコミックなどの制作にも取り組み始めた。デジタル書籍など販売手段の多様化も検討している。

クリエーターが作ったおもしろい作品や世の中のためになる作品を、できるだけ多くの人に届けたい――。ベテラン編集者の柔らかな語り口には熱き思いが込められていた。(シンガポール&ASEAN版編集・上村真由)


関連国・地域: シンガポール
関連業種: メディア・娯楽社会・事件

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