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【アジアで会う】岡田健一郎さん ベトナム航空・機長 第257回 逆風からつかんだチャンス(ベトナム)

おかだ・けんいちろう 1967年、福岡県で生まれ、鹿児島県で育つ。高校卒業後、海上自衛隊に入隊し航空機の整備業務に従事。民間の航空学校で飛行機の操縦士免許を取得後、日本エアコミューターに勤務。2006年、スターフライヤーに移籍してジェット旅客機のパイロットとなる。10年、ベトナム航空に入社。15年、日本人初の機長に昇格する。趣味はアマチュア無線、プログラミングなど。

深い緑色の胴体、金色のハズの花が尾翼にあしらわれた機体でおなじみのベトナム航空機に搭乗すると、ふと日本語の機長アナウンスが流れてくることがある。その声の主は、日本人機長の岡田健一郎さんだ。乗客名簿に日本人名らしき表記があったときは、日本語でもアナウンスする。「日本人の自分だからできるおもてなし、ホスピタリティーだと思っています」。着陸後、年配の日本人女性から「日本語のアナウンスを聞いて本当にほっとしました」と涙を流されたこともある。初めての海外旅行で緊張していたという。

もちろん、お客様に国籍や人種の違いなど関係ない。フライトでは、乗客200~300人の命だけでなく、無事を願う家族や友人たちの思いも背負う。岡田機長は、「いつも重圧を感じるし、怖いですよ。でも、その怖さは忘れちゃいけない」と話す。

ベトナム人の気さくな性格は気に入っている。まれに、岡田機長がモットーとする「おもてなし」の細やかさとスタッフの業務姿勢が相いれないときもある。そんな時は頭ごなしの指導ではなく、「こうしてみようか」「君はどう思う」と、相手の自主性を生かす。

■空に憧れて

小学校のとき、鹿児島空港近くから見た旅客機の姿に岡田さんは心をつかまれた。そのとき将来の夢は「パイロットになること」に決まった。高校卒業を控え、戦闘機パイロットを志望し航空自衛隊の身体検査を受けたが、重力加速度(G)の基準でわずかに及ばず。それでも「飛行機に関わりたい」と海上自衛隊に入隊。航空機の整備・シミュレーター関連業務に従事した。

3年の任期が終わる頃、岡田さんは、自衛隊に残るか、あるいは勧誘のあった大手企業に移るかを選択できた。でも、夢が諦められない。民間旅客機パイロットなら身体検査もパスできる。反対する父親を説得し、熊本県の民間航空学校に入学。当時で800万円の学費、そして生活費を貯金とアルバイトで賄いながら、2年後に事業用の操縦士免許を取得した。

■煩悶の日々

念願のパイロットとなった岡田さんは、国内路線専門の航空会社に就職する。夢をかなえ、日本各地を結ぶ日々。経験を重ね技量にも自信を得ていくにつれ、航空機運航の最高責任者である「機長」になりたいという新たな夢が膨らんでいった。

しかし、なかなか機長昇格は実現しなかった。航空会社も、企業組織であることに変わりはない。パイロットの力量とは無関係の「しがらみ」が生まれ、それが昇格を阻むこともあり得る。競合社への転職はタブーであった当時、「さすがに悶々(もんもん)としました」と岡田さんは笑う。

■ジェット旅客機のパイロットに

しかし、業界に新たな風が吹き始めた。1990年代からの規制緩和によって航空会社の新規参入が始まったのだ。2006年、30代後半になっていた岡田さんに、就航準備中の航空会社から転職の打診が来た。戸惑いながらもチャンスをつかむことにした。

戸惑いのひとつは、操縦する航空機の変更だ。それまで操縦していたのはターボプロップ旅客機、いわゆるプロペラ機だ。転職先はジェット旅客機を運用するため、数カ月にわたる移行訓練を「必死に受けた」(岡田さん)という。

新しい職場は外国人パイロットが多かったが、不思議と反りが合った。プライベートでも付き合うことが多く、海外航空産業の知見も得ることができた。今思えば、ベトナムへとつながるルートの素地になった。

新たな経験を重ねる中で、ベトナム航空からのスカウト話が舞い込んできた。ナショナルフラッグキャリアのパイロットだ。心は決まった。ただ当時、日本から海外の航空会社への転職例はほとんどなく、外務省や国土交通省などとの折衝に2年がかかった。10年、妻そして小学生と園児の娘2人とともにベトナムへと移住。同社初の日本人パイロットになった。

当時のベトナム航空のパイロットは7割が外国人。前職の経験もあり、ごく自然に溶け込めた。機長になる夢は持ち続けていたが、なかなか声がかからない。すると、同僚パイロットたちが「オカダを機長にしてほしい」と、会社に働きかけてくれたのだ。かつて「しがらみ」に阻まれた機長昇進が、ベトナムでは「しがらみ」のおかげで前進したのだ。15年、日本人初の、ベトナムのナショナルフラッグキャリアの機長が誕生した。

飛行機は離陸時、向かい風のほうが揚力を得やすい。岡田機長も、さまざまな試練や挫折という逆風を受けながら、それを力に変えて高みへと上昇してきた。きょうも4本線の肩章を身に着け、岡田機長はベトナム国内外の空を飛んでいる。(ベトナム版編集・北原知也)


関連国・地域: ベトナム
関連業種: 社会・事件

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