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アンコール遺跡修復に奮闘 上智大、当局は人材不足に直面

上智大学がカンボジアの世界遺産アンコール遺跡で修復作業に奮闘している。遺跡の中核をなすアンコール・ワットの修復作業は第2期に入り、2021年末ごろの完了を見込んでいる。一方、西参道を含め、世界遺産に登録されている約100の遺跡群全体の修復を巡っては、当局が資金や人材の不足に直面。国際的な支援が進む中、カンボジア人が自らの手で遺跡を修復する意味が問われている。

ロープで縛り付けた石を引き上げる作業員たち=5月、シエムレアプ(NNA撮影)

ロープで縛り付けた石を引き上げる作業員たち=5月、シエムレアプ(NNA撮影)

酷暑で強い日差しが照りつける5月中旬。アンコール・ワットの本堂に続く西参道で、約10人の作業員が額に汗を流しながら石を掘り起こしていた。専用の道具で石にロープを巻き付け、複数人で一つ一つ丁寧に引き上げていく。途方もない作業が続いていた。

「時間はかかるが、カンボジア人に自分たちで遺跡を修復する意義を伝えていきたい」。アンコール・ワット修復工事所長を務める三輪悟氏(上智大学アジア人材養成研究センター特任教員=助教、45)は思いを明かす。

アンコール・ワット本堂の環濠(かんごう)に架かる西参道は200メートルある。1996年に始まった第1期の第1工区(約100メートル区間)修復は2007年に終わり、16年から第2期に当たる第2、第3工区(約100メートル区間)の修復が進んでいる。第2期の工事の進ちょく率は35%程度まできた。

上智大はカンボジア政府との協力で遺跡修復を進めている。作業員や専門家は、遺跡群を管理するカンボジア政府機関で、文化芸術省傘下のアプサラ機構が派遣。上智大はアドバイザー的な立ち位置で、日本からも大学教授が専門的な知見を教えるなどして関わっている。第2期の総事業費は7億円とも試算されている。

■歴史か、合理性か

アンコール遺跡群は19世紀半ばに世界に公表された。カンボジアがフランス植民地だった1907年、フランス極東学院が遺跡群の保存・修復を始めた。アンコール・ワットの西参道もフランスが修復を手掛けた箇所がある。

西参道に敷き詰められた石を観察すると、わだちでへこんでいる石や小さい穴が2つずつ開けられた石などがある。わだちは馬車の通り道だったことを表し、2つの穴は石を運ぶ際に持ち運びしやすいよう、フランスのチームが修復の際に開けたものだ。

「フランスは当時、合理性を取った」。三輪氏はこう説明する。一方、わだちを残したのは歴史をそのまま今に生かした形だ。歴史か、合理性か――。この議論は尽きない。フランスが今、同じ修復作業をした場合、合理性を取るかは分からないという。

上智大が西参道で進める遺跡修復は、こうした議論にカンボジア人を参加させている。チームリーダーのアン・ソピアップさん(42)は「できるだけ当時の状態で修復することが重要だ」と語る。建築家のマオ・ソクニーさん(49)も「オリジナルの構造を維持し、どうやって保存するかを考えるべき」と慎重だ。

世界遺産の修復は価値が高いが、現実の作業は厳しい状況にある。大きな課題は人材と資金の確保だ。

アンコール・ワット本堂に続く西参道=5月、シエムレアプ(NNA撮影)

アンコール・ワット本堂に続く西参道=5月、シエムレアプ(NNA撮影)

■給料は半分以下

アプサラ機構が進めているアンコール遺跡群の保存・修復は現在、西参道を含めて約15プロジェクトある。一方、アプサラ機構に所属するカンボジア人の専門家は、考古学者が29人、建築家が7人、構造エンジニアが2人のみ。地質学者や美術士、データ収集や材料を扱う専門家も必要だが現状はゼロだ。作業員も約400人しかいない。

アプサラ機構でアンコール遺跡群保全局の局長を務めるリ・バナ氏(上智大・考古学博士)は「遺跡群は広大だ。保存・修復を拡大したいが、現状では難しい」と表情が硬い。専門家はそれぞれ10~15人足りないほか、作業員も現在の2倍は必要との見解を示す。

人材が集まらない背景には資金不足がある。専門家になる学生はプノンペンの王立芸術大学などで学ぶことが多いが、民間企業に入れば初年度から月600米ドル(約6万6,000円)は稼げる。一方、公務員の給料は月約250米ドルと半分以下だ。

作業員も日当3~5米ドル、月100米ドルもいかないこともある。タイに出稼ぎに行けば数倍は稼げるため、定着しないことが多い。

アプサラ機構の予算も限られている。アンコール遺跡群への入域料は主力の収入源だが、北部プレアビヒア州の世界遺産など、アンコール遺跡群以外にも振り分けられている。

■祖先は何を残したのか

アンコール遺跡群に対する考え方が時代とともに変わりつつあり、修復作業を難しくしている。リ・バナ局長によると、フランス統治時代前はパゴダ(仏塔)内に学校があり、人間と文化、宗教、伝統を学ぶ場があった。「祖先はどこから来て、何を残したのか」と、学校で考える時間があった。

内戦を経て、テクノロジー優先の現代に変わる中で、その意味を問うことがなくなりつつある。リ・バナ局長は「アンコール遺跡群に尊敬の念があっても、安い賃金で生活できなければナショナリズムは維持できない。遺跡を守る次世代が育っていない」と危機感を示す。

「人材と資金の不足が遺跡修復の課題」と語るリ・バナ局長=5月、シエムレアプ(NNA撮影)

「人材と資金の不足が遺跡修復の課題」と語るリ・バナ局長=5月、シエムレアプ(NNA撮影)

東南アジア地域の中で最大規模の世界遺産とあって、国際支援は多いが、各国の方針は異なる。アプサラ機構は、国際基準に基づいて遺跡の修復を進めているが、舵取りは難しい。

アンコール遺跡群を作りあげた祖先は、自らの手で遺跡の保存・修復もやっていた。資金や人材が不足する中、現代に生きるカンボジア人たちが遺跡群を守る意味をどう見つけるのか。その答えはまだ出ていない。

(竹内悠)


関連国・地域: カンボジア日本
関連業種: 観光社会・事件

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